第703話 どエルフさんと助太刀
血風が舞う。
振り回す鎖鎌が容赦なく北海の益荒男たちの肌を裂き、腕の腱を切り、むこうずねを裂いていく。分銅が容赦なく指先を砕き、眼球を破壊する。
否、鎖鎌の手にかかった者はまだいい方だ。
鉄砲を手に暴れまわる、からくり娘の攻撃には一切の容赦がない。
戦闘不能などという生ぬるいものではなく、その照星は目の前に立つ海賊たちの急所を確実に捉えている。
引き金を引き絞れば、すぐに死は海賊たちを襲った。
レース内においての戦闘については認められている。
今、小野コマシスターズが北海海賊団に対して行っている戦闘行為及び虐殺ともいえる一方的な攻撃は、咎められるようなことではない。
運営もその生々しい戦闘を、淡々と実況している。
しかしながら――。
「あれはいくらなんでもやり過ぎだ」
正義感の強い男騎士の目には、彼女たちの行いを見過ごすことができなかった。
すぐさま、風のパンツこと生足チャーミングマーマンを装着して、男騎士が船べりに足をかける。
そんな彼の背中に手をかけたのは女エルフだ。
「落ち着いてティト!!」
気持ちは分かるが冷静さを欠いてはいけない。
そんな感じで、男騎士を見る女エルフ。
目の前で繰り広げられる、一方的な虐殺。
行き過ぎた暴力の応酬に心を痛めての行動だったが、確かに女エルフの言う通り、衝動的と言えるものだった。
これはレースである。
しかも生死をかけるのは織り込み済み、危険なことを皆が承知して行っている、そういうい性質のものだ。
こちらも、かなたも、このような事態になることは織り込んでいるはずなのだ。
覚悟もなくこの場所に、彼らも集まっていはいない。
それでも助けに行くのかと、女エルフは視線で男騎士に問う。
なぜそこで言葉にしてそれを問わないかと言えば、女エルフには彼が用意している答えが、既に分かっていたからに他ならない。
この男、一方的な殺戮を前にして、黙っていられるほどに心は荒んではいない。なにより彼は先日の暗黒大陸との戦いを経て、騎士としての心を取り戻していた。
騎士の矜持にかけて、このような凶事を見過ごすことなどできはしなかった。
「モーラさん。レース一日目で、俺たちが北海傭兵団を攻撃しなければ、彼らはここまでむざむざとやれることはなかったかもしれない」
「そうかもしれない、けれど、そこに責任を貴方が感じる必要はないわ」
「さっきも言ったように彼らはこのレースにおけるキーマンだ。ここでみすみすとやられて貰っては、後で困るのは俺たちの方だ」
「彼らが欠けたことでまたレース展開が変わることもあるでしょう。何も、こだわる必要なんてないじゃない」
「……モーラさん、俺は」
「じれったいわね!! 別にそんな無理に理由付けなんてしなくてもいいじゃないのよ!! 貴方がそういう面倒くさい性格をしていることなんて、長い付き合いよ、こっちもよく知っているわよ!!」
敵を助けることに理由が必要だろうか。
必要であろう、それは結果として自分たちの首をしめる行いに違いないのだから。けれどもそこに、もっともらしい理由が必要かどうかは別である。
女エルフの顔が柔らかくなる。
全部わかっているわよと、男騎士の相棒である彼女は、どれだけ知力を振り絞っても出すことができない敵を助ける理由を察して微笑んだ。
そう、この男が面倒くさいのを、女エルフはよく知っている。
「目の前で人が死んでいる。どういう理由であろうと、どのような取り決めであろうと、俺はこれを見過ごすことはできない」
「そうよ、最初からそう言えばいいんじゃない。本当に、バカねアンタってば」
「……いいだろうかモーラさん。このような、自分たちの理には決してならない行動だが。それでも助けに行ってしまって」
「言うまでも無いでしょう。アンタのおせっかいに振り回されるのは、もう慣れっこよ」
つまり、好きにすればいいということだ。
止めておいて送り出すのかと、男騎士がきょとんとする。
しかし、女エルフが胸を小突くと、なんとなく彼女が止めた理由が分かった。
その背後には、男騎士の行いを肯定するように、彼に信頼の視線を向ける仲間たちの姿がある。
男騎士一人ではない。
目の前で行われる、一方的な攻撃に胸を痛めているのは彼だけではなかった。
類は友を呼ぶ。
底抜けのお人よしの男騎士についてくるような物好きたちである。
おおよそ、どいつもこいつも冒険者としては人が好過ぎる。
いまさら説明するまでもないだろう。
よし、と、頷く男騎士。
その顔色には喜色が滲んでいた。
単騎飛び出そうとしていた彼は、落ち着いて状況を整理すると目の前で繰り広げられる惨劇を回避するために、何が必要なのかをすぐさま導き出した。
「モーラさん、俺、それとケティさんで助太刀に走る。リーケットとアンナ、ロイドとセンリはここで待機。他の船からの奇襲に備えてくれ」
「了解!!」
「すまないな皆。しかし、こんな俺についてきてくれることに感謝する」
行くぞと号令をかければ、すぐさまワンコ教授が海を凍らせ、そこに女エルフが飛び降りる。それに先行して、風のパンツを見に纏った男騎士が、颯爽と海風を切って疾駆しだした。
目指すは、再び北海傭兵団の船である。
間に合ってくれ。
呟く男騎士の顔は、まさしく英雄の風格を感じさせるものだった。




