第669話 ど男騎士さんたちと乱戦
高速艇。
喫水量を少なくし、船体を極力軽く、そして、櫂を備えて人力での操舵を可能にしたそれは、短距離であれば大型船を上回る速度で移動することができる船だ。
普段は船の間の連絡に使われるそれだが、今回のように、敵船団に奇襲を仕掛けるのに使われるということもままある。
今、男騎士たちが乗る白百合女王国の海賊船に近づいているのは、二つの船影だった。
一つ――。
「やるなぁ。北海傭兵団とやりあうのを楽しみにしていたんだが、がぜんこっちに興味が移ったぜ。はてさて、北海最強の戦闘集団を相手に、海上でそれを上回るとは、どれほどの奴らか――」
「はぁ……これだからハル兄ぃは。根っからの戦闘狂なんだから。もっと大局を俯瞰してみてくださいよ」
「そうだぞぉ、ハル。カゲの言う通りだ、もうちょっと周りをよく見てだなぁ」
「まぁけど、仕掛けるタイミングとしては悪くないでしょうね。いつものヒット&アウェイで足止めと行きましょう。他の船団も仕掛けるだろう――うん、悪くない」
「……え、肯定しちゃうのカゲ。お兄ちゃん、まだちょっと攻めるには早いと思っていたんだけれど。というか、これ、レースなんだからおとなしくしておいた方が」
「よし、んじゃまぁ、いつもの通りだ。俺が刀持ってぶっこんで、カゲが鉄砲で援護、兄貴が船でいざという時のお留守番」
「異議なし」
「よし、決まりだ」
「いやいや、お兄ちゃんを無視して話を進めないで。ちょっと、ハル、カゲ」
紅海中央の覇者。
かつて、東の島国の重大な水路であるセットウッチを支配した海賊集団――モッリ水軍。その将である三人が乗る高速艇であった。
そしてもう一つ。
「隊長!! 敵船団の船尾が見えてきました!!」
「なにぃっ!! どんな形だ!!」
「非常に丸い形をしています!! ご覧ください、百人乗っても大丈夫なあの船影!!」
「……むぅ!! なんと、ミステリィ!!」
双眼鏡を手に、男騎士たちの乗る船を窺い見る巨人。
人間の背丈を大きく上回るその巨躯を、狭い高速艇に無理やり詰め込めば、当然のように船は傾く。今にも転覆しそうなその船を、なんとかかんとか前に進むことで保っているその姿は、その台詞よりもミステリィであった。
そんな巨人を首領に抱く、彼らこそは――伊能ガリバー探検隊である。
両船、どちらも大将を率いての奇襲である。
奇襲にしてはいささか大胆な立ち回りと言える。
「まぁ、まずは顔合わせって奴だな。向こうさんに挨拶しておかないとはじまらねえ。これから数日間、ドンパチやりあう仲になるんだからよう」
「ハル兄のその輩脳はほんとどうかと思いますよ。まぁ、けど、あいさつは大事ですね」
「……弟が二人ともヤンキーでお兄ちゃんつらひ」
モッリ水軍から出たのは、モト・ハル・カゲの三兄弟。
どちらも潮風に焼けた肌を持つ、逞しい海の男たちである。しかしながら、いささか二人の弟たちの方が、血気に逸っている感じがあった。
彼らが率いる、セットウッチの海賊衆が約二十名。
どれもこれも北海傭兵団の精兵たちに勝るとも劣らない者たちである。加えて、三兄弟はなかなかの武芸達者のようであった。
「皆さん、これからこの伊能ガリバーが、謎の海賊集団――パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムに突撃いたします!! こう、ご期待!! チャンネルはそのまま!!」
伊能ガリバー冒険隊からは、その船団名にもなっているリーダーが自ら出陣。
謎のカメラ目線でそう言った男は、よっこいせと高速艇の上に立ち上がると、手に錨を握りしめた。
ぐるりぐるりとそれを頭上で回すと、彼はそれをえいやと男騎士たちの船へと投げつける。ちょうど鉤爪のように船の縁に引っかかったそれを、よいしょと引っ張るとその膂力で、どんどんと船を近づけていく。
一方、モッリ水軍。船に最低限の人数と――総大将のモトを残して、次々と海へと飛び込んでいく。海賊集団、それも、軽装で敵船に乗り込んで捨て身で戦うスタイルの彼らにとって、泳いで敵船に張り付くのは造作もないことであった。
かくして――。
「敵影見えました。こちらに近づいてきます――と、高速艇から飛来物!! 避けてください!!」
「ほう、あの距離から攻撃を仕掛けてくるとは、なかなかの手練れがいるようだな」
「うわっ、なにあの巨人。あんなのがあの小さい船に乗っかってるの? しかもこっちに向かってくるし」
「おうおう、活きのいい海賊連中が泳いでこっちに渡ってきやがる。紅海にもなかなかやる奴らがいるじゃないのよ」
「……大丈夫。稽古の通りやればちゃんとできるわ。エリィ。自分を信じるのよ」
GTR第一レース後半戦。
モッリ水軍と伊能ガリバー冒険隊との戦い。
その火ぶたが、ここに切って落とされた。




