第664話 男騎士と護りの一手
【魔剣 ダインスレイブ: 北海傭兵団に伝わる魔剣。緑の模様が刀身に煌めくカトラス。その刀身に魔力を通わせることにより、敵の急所へと至る道筋こと致死の霧を発生させる魔剣である。その霧を走るように剣を繰り出せば、相手に確実にダメージを与えることができる。問題は、そのような剣技を繰り出す技術があるかどうかであり、魔剣としての権能はそれほど強くはない】
フレーバーテキストの通りである。
魔剣ダインスレイブは、敵の致命傷へと誘う道筋を浮かび上がらせる、恐るべき魔刀に間違いない。しかしながら、それを操る腕がなければ、十全に使いこなすことはできない。
まさに、使い手を選ぶ魔剣であった。
しかし、それをあえて任されているということは、それだけの実力があるということ。
「参りますよ!! このGTR、死者が出ても問題としないと運営からは聞いています!! 北海傭兵団の名にかけて、貴殿の首をもらい受ける!!」
「威勢がいいな――だが、そうやすやすとくれてやるわけにはいかん」
「そうだぜ。こいつの首はそんな軽いもんじゃねえ」
ダインスレイブが放った霧。
その一番複雑な軌道――男騎士の背後へと延びるそれを手繰って、若船団長が舞うような剣筋を見せる。
男騎士の身体を躱すようにして、左半身に飛び込んだ彼は、身体をつま先で回転させながら、また横薙ぎの一振りを男騎士へと打ち込んだ。
これに、男騎士、急いで合わせる。
先ほど魔剣を防いだような曲芸ではない。
魔剣エロスを両手で抱え、柄を天に向けるような格好になった彼は、血溝の辺りでダインスレイブの刃の先を受け止めた。
致死の軌道を寸前の所で止めてみせる。
若船団長の剣士としての才覚もさることながら、男騎士の才覚もまた一級品である。彼の死角を衝くことは容易ならざることであった。
にやりと笑って、若船団長。また、カトラスで魔剣を弾いて船底を蹴る。
くるりくるりと、踊るような足さばきで、縦横無尽の船の上で身体を動かす若船団長。そして、そんな身軽な若船団長の、神出鬼没ともいえる太刀筋に、全て紙一重で反応して見せる男騎士。
まさしく実力者同士の白熱の戦いに、つい、傭兵団の者たちも、男騎士の仲間たちも、手をとめてその成り行きを見守った。
「……すごい、一進一退の攻防。どちらも譲らない激しい戦いだ」
「ござる。ティト殿と互角にやりあう人物がまだこの世にいるとは」
「だぞ。けど、魔剣の権能によるところが大きいんだぞ。ティトの方が、騎士としての経験値が高いんだぞ。大丈夫なんだぞ。きっと、大丈夫なんだぞ」
そう言いながらも、ワンコ教授の顔色は今一つ冴えない。
男騎士の剣の腕前を信用していない訳ではない。彼の冒険者としての経験を今更になって軽視している訳でもない。どちらかと言えば、あまりに若い船団長と、その若さに見合わない剣才に、警戒しているのだった。
何かあるのではないか。
世に、才能溢れる剣士なぞまたぞろいる。
中にはこれ一芸というものを極めて、男騎士に肉薄するようなものもいるかもしれない。今、男騎士が目の前にして戦っている者は、そういう一芸を極めた者ではないのか。
もくもくと剣を合わせる男騎士たち。
それを眺めながら、ワンコ教授は若船団長の動向をつぶさに観察する。
一方で、男騎士も剣を合わせながら、この若い魔剣使いの青年の真骨頂がどこにあるのか、それを探っていた。
魔剣ダインスレイブ。
致死へと至る剣筋を見せる魔性の剣。
しかしながら、ただそれだけの権能で魔剣と呼ばれるものなのだろうか。
実は何か、隠し玉があるのではないのか。この通り、致死と言いつつ、その剣筋は男騎士の魔剣によってことごとく遮られている。
まったく持って、致死の一撃ではない。
矛盾する状況に男騎士が眉根を寄せたその時だ。一段、これまでよりも踏み込みの深い攻撃が男騎士に迫って来た。
必殺の一撃という奴である。
逆に言えば、これを躱せば相手は大いに体勢を崩すことになる。冷静に、男騎士はその太刀筋を見極めて、いなす段取りを整えた。
「……エロス、すまんが耐えてくれ」
「……いや、待て、ティト。《《受けるんじゃない》》」
魔剣の囁きに、とっさに受けの構えに入っていた男騎士が、強くその柄を握りしめる。強襲した横薙ぎの一撃を、腕を添えた魔剣エロスで受け止めるつもりだったが、肘で剣の腹を押して、襲い来る敵の太刀筋を受けるのではなく弾いてみせた。
それと共に。
「ちぃっ!! 気付いたか!!」
弾いた先で、魔剣ダインスレイブの剣先が、にょきりと動いた。
硬質な剣先がちょうどその反りに合わせて更に折れ曲がる。
それこそ、受け止めたモノの背後に回り込むように。
危ない。
もし、剣を受けていたら、今頃は餌食であったであろう。
男騎士の背中に冷たい汗が流れた。
「……なるほど。それがその魔剣のもう一つの権能」
「いいや、違うんだな、それが」
そう言って、また若船団長が構え直す。するとどうしたことか、彼が握っていたカトラスは、いつの間にか鋭利な反りのない直刀へと姿を変えていた。
これはいったい。
一瞬の気の緩みに漬け込むように、鋭い突きが男騎士を襲った。




