第654話 ど男騎士さんと記憶を探る
「うぅむ、あの謎の大陸商人コードX。どこかで見た覚えがあるのだが、はたしてどこだっただろうか。向こうもなにやらこちらに因縁がある感じだし」
「……店主じゃないの?」
「ティトさんは冒険者歴が長いですからね。その中で知り合った方ではないのですか?」
「……店主じゃないの?」
「だぞ。わざわざ大陸からティトを追ってやってきたなんて、ちょっと危険な匂いがする相手なんだぞ。ティト、気を付けるんだぞ。あの包帯の男たちは、トトカルチョ的にも、ライバル的にも今回のダークホースなんだぞ」
「……うぅん、店主じゃないの?」
「私の知り合いにあのような商人はいませんね。おそらく、中央大陸連邦の商人と思われますが。うぅん、いったい誰だか分かりませんが、海を泳いで渡ってくるだなんて、なかなかすごい気合です」
「……そう言えば、エリィはあまり面識がなかったわね。アレね、店主っていうのよ。名前は知らないんだけれど、なんかね、こういう場面でよく現れるの」
「「……いったい何店主なんだ!!」でござる!!」
「……はい、ロイドもセンリも二人してよくボケたわね。うん、アンタらこそ面識ないはずよね。なのによくボケられたわね。その心意気にお姉さんちょっと感動した。お姉さん、ちょっとだけだけれど感動しちゃったわよ。そう、店主なのよ」
謎の大陸商人コードXを店主と言い張って引かない女エルフ。
そんな訳ないだろうと男騎士が否定するも、こういう時に強気なのが彼女である。いやアレは絶対に店主だと、死んだ目をして強弁した。
いつもいつも店主には煮え湯を飲まされている女エルフである。
ビキニアーマーから始まり、恥ずかしい装備をおすすめされては、その度に怒鳴っている女エルフである。
実際に着もした。
着た上で、その効果で逆転を果たしたこともあった。
けれども、彼から受けた辱めを決して許した訳ではなかった。
そう、女エルフにとって、店主とは不倶戴天の敵である。
エルフについてのソウルメイトである男騎士よりもよっぽどはっきりと、彼女にはそれが分かった。
しかし――。
「いや、何を言っているんだモーラさん。店主なら、今頃中央大陸の拠点の街で、エルフ喫茶のマスターとして頑張っているはずだ。彼がこんな所まで来るはずないだろう。常識でモノを言ってくれ」
実害を与えられたことのない男騎士にはそれほどピンとこない。
むしろ、同じエルフ好きとして、好感すら持っている相手である。
女エルフのように、生命の危機を感じて本能的にその正体を見破るような、そんな相手ではないのだ。
なので平然と女エルフの言葉を否定する。
そして、否定された時点で女エルフもすべてを察する。
もう、何を言っても無駄なのだ。
こいつは一度言いだしたら聞かないのだ。
というか、そんなおつむがあったらこんなややっこしいことにはならないのだ。
そんな感じで、彼女は瞼を綴じて、はいはい分かりましたよと引き下がった。
ここまでくどいくらいにあれよこれよと文句を言っておいたくせに、あっさりと引き下がったのだった。
店主の横暴にもなれているが、男騎士の融通の利かなさにもなれている。
それを女エルフは悲しいくらい知っていた。
パートナーが故によくわかっていた。
「うぅむ、過去に縁のあった商人か。そう言われてみると――あまりこうパッとした思い出がないな」
「おや、ティトさん? 冒険は長いのでは?」
「いや、消耗品ならばともかく、基本的な装備なんかは信頼できる店を使っていたからな。よっぽどのことがない限りは、なじみの店以外で装備を買うようなことはしなかったんだ。だから、こう、恨みを買うような商人に心当たりもなければ、恨みを買った心当たりもないというか」
「だぞ、なじみというと――例の店主なんだぞ?」
「あぁ、彼との付き合いは長いからな。もう、モーラさんと旅をする前からの付き合いになる。彼以外に親しい道具屋と言われても――」
うぅんと頭を捻る男騎士。
すぐにそれは落胆とため息に変わってその顔に現れた。
ダメだ思いつかんという言葉も添えて首を振る彼に、しかたないなぁという感じの温かい声がかかった。
「ほんと、知力が人間の最低値を地で行っているだけはありますね、記憶力も推理力もからっきしとはこれいかに」
「だぞだぞ、そんな曖昧な脳みそをしているのに過去にあったかもだなんて、気のせいに違いないんだぞ」
「まぁ、東の島国は暑いですからね。ちょっと熱にやられちゃったのかもしれません。今日のレースは次郎長さんたちに任せて、ティトさんは休んでおられた方がいいんじゃないですか」
「そうですよティトさん!! ここまで連戦だったじゃないですか、人間たまには休みも必要ですよ!!」
「そうでござるよティトどの!! 人間、何事もメリハリが大事でござる!!」
「みんなすまんな。知力は低いんだが、これでも勘には自信があったんだ。今回もその勘がびんびんと、アイツは俺の知っている誰かだと告げていたんだが――」
どうやら気のせいだったようだ。
笑顔で済ませようとする男騎士。
温かい笑顔と毒舌でそれを受け入れようとする彼の仲間たち。
これが冒険者のあるべき姿――。
そんな空気を醸し出した矢先。
「いや、だから!! 店主でしょ店主!! 店主しかいないわよ!! アンタの勘大当たり!! 間違いなし!! 体つきで分かるでしょう!!」
「……男の身体だけで誰か判別できるのかモーラさん!?」
「……そんなに男の身体をまじまじと見てどういうつもりですかモーラさん!?」
「……だぞぉ。あんまりそういうのはじろじろ見るもんじゃないんだぞ、モーラ」
「……お義姉さまのストライクゾーンはどれだけ広いんですか!! ヒロインだけに!! なんにしても」
流石だなどエルフさん、さすがだ。
たまらずツッコんだ女エルフにカウンターツッコミ。
男騎士パーティたちは、口々にお約束で女エルフを撃退した。
もちろん――。
「知ってた!! どうせこんなオチなんでしょって!!」
そこも女エルフ。
織り込み済みであった。




