第596話 ど聖剣さんと力関係
「ところでティトくん」
「はい、なんでしょうか、セレヴィさま」
「やだもうさまだなんて。将来的には親子になるかもしれない間柄なんだから、そんな他人行儀はよしましょうよ」
正体明かしてから距離のつめ方が早い。
男騎士が黙る前でつつつと歩み寄る大魔導士――の魂が宿っている聖刀。
彼女はさりげなく男騎士の隣に回り込むと、何を思ったかその腕に自分の腕をからめてくるのだった。うふふふと思わせぶりな微笑みと共に、割と強くその身体を押し当ててくる。
女ばかりのパーティーに居るが、このようなイベントには縁のない男騎士。
それでなくても相手はパートナーの養母。どうしていいかわからず、彼は知力が底上げた状態にも関わらず、バッドステータス混乱状態へと陥ってしまうのだった。
どうすればいい。
助けを求めて問いかけたのは彼の腰の魔剣。
すぐさま大魔導士の女房役、かつての相棒はため息と共に彼らの間に割って入った。と、言っても、今や剣の身、自由には動けぬ身である。
差し挟めるのは言葉だけであった。
「だぁーもう、やめてやれセレヴィ。お前、ほんとそういうのやめろよな。一度心を開いた相手に対して警戒感なくなるの、マジで見てる方が引くんだよ」
「なーにーよー!! いいじゃない、娘の婿にデレデレしたって!! それともなにぃ、スコティってばやきもち妬いてるのかしら? そんな剣だけの状態になって、妬いちゃってるのかしら?」
「んなわけねえだろ!! 妬くか馬鹿!! ひいてんだよ!! ったく、面倒くせえな、本当にお前って奴はよう!! 酔っ払いかよ!!」
「酔ってまぁせぇん」
間延びした感じで言う女エルフの養母。
絶妙な腹立ち具合に、魔剣が男騎士の身体を一部だけ乗っ取って殴ろうとする。
それをひょいと身を翻して避けると、にひひと女エルフの養母は口元を隠して笑うのだった。
やってやったやってやったという表情である。
「図星、ねぇ、図星なの、スコティ?」
「だから違うって言ってるだろ!! おめえ本当にぶっ飛ばすぞ!! このアホエルフ!!」
「人間って図星を突かれると怒るものよね。んふふ、そう、妬きもちですか。まぁ、会えない時間が愛をなんとやらとはよくいうものね。恋しかったのねスコティ。私が居なくなってから、きっと大変だったのね」
「人の話を聞け!! だぁもう!! よくそれで人の親ができてんな!!」
「エルフの親でぇすぅ」
「ほんと腹立つ!!」
完全に話の主導権は彼女が握っている。
なすがまま、煙に巻かれる魔剣エロス。
ともすると、男騎士パーティの中で一番老練している感じのある魔剣。そんな彼が、成すがまま、言われるがままに手玉に取られている。
にわかに男騎士にもそれは信じがたい光景であった。
さきほどの言い合いでは、幾分五分五分の力関係に見えたが、どうやら、二人の力関係は女エルフの養母の方が強いらしい。
似ているように見えて、力関係については男騎士たちとは真逆。
まぁ確かに、そうでなければ、剣になってまで彼女を救おうだなどと思いはしないだろう。魔剣は口こそ悪いが、その献身については紛れもなく、女エルフの養母に対するまごころとおもいやりからくるものだった。
それはそれとして、腹が立つのは本当らしいが。
「んふふー。スコティってばー、本当に素直じゃないんだからー。かまってほしいならかまってほしいってちゃんといいなさいよねー。ほんと、昔っから貴方ってばそういうシャイな所があるわよねー」
「だから違うって言ってるだろうが」
「ティトくん、という訳で、スコティが拗ねてるからエルフソードを借りてもいいかなぁ。ねぇ、ちょっとだけ、ちょびっとだけ」
「貸すなティト!! 俺様が身動き取れないのをいいことに、この女何をするかわかったもんじゃない!!」
「しないわよぉ。ちょっと振り回したり、叩いてみたり、曲げてみたり、磁力魔法をかけてみたりとか、そんなだから。エルフソードがどれくらいの強度があるのか、アンタの力で強化されたのかデータを取りたいだけだから」
「絶対貸すなよ!! 頼むぞ、ティト!! いや、ティトさま!!」
剣の身でなければそのまま飛んで逃げ出すような剣幕。
しかしながら――。
「……すまんエロス。のろけるなら、貸し出すので余所でやってくれ」
「のろけて!! ないわい!!」
男騎士にはそのやり取りが、ただののろけにしか聞こえないのであった。




