第594話 ど聖剣さんとその目的
「まぁ、なんだ。お二人がたいそう仲のいい間柄ということはよく分かった。すまない、そういう事情とは露知らず」
「「そういう間柄じゃない!!」」
ツッコみがハモっている時点でもうお察し。
二人の仲は男騎士が知力を底上げしなくても分かるほどであった。
なかなか、阿吽の呼吸で会話を成立させることができるというのは、男女の仲でも難しい。
それこそ最良のパートナー。
熟年した歳月を要するものであった。
男騎士にしても、それは長年共に旅をした相手がいるからよく分かる。
そして、その養母だからなおさらしっくりくる。
女エルフだったらこう言う切り返しをしてくるだろうな。
そんな納得感のあるやり取りであった。
「聞いてティトくん!! スコティってば昔からこうなのよ!! なんでもかんでも私のせいにしてきて、自分から謝るようなことは絶対にないの!! ねぇ、ひどいと思わない!! 同じ男としてもどうかと思わない!!」
「あ、こら!! なにティトを巻き込んでんだよ!! お前な、そういうところが昔から小狡いんだよ!! なぁ、ティト、お前も分かるよな!! 女ってさ、こういう時に、すぐに人に共感を求めやがるんだ!! めんどくせえったらありゃしない!! 自分で思っているなら思っているで、それでいいじゃねえかよ!! どうしてそこに他人の同意が必要なんだよ!! そういう所だよ、お前も、モーラちゃんも!!」
「いや、エロス、お前もさりげなく俺に同意を求めているから、なんとも言えないんじゃ」
「ティトくんはアンタと違うわよ!! 私の養娘が選んだ男よ!! アンタみたいな年がら年中発情期、知力をそういうことにしか使わないちゃらんぽらんとは、同じ戦士でも違うのよ!! もっと紳士なの!! 紳士!!」
「はーん、何が紳士だ!! 臍で茶が湧くってえの!! 男なんてどう取り繕ったって内面は性欲まみれのどろどろ野郎ばっかりなんだよ!! そもそも、俺とティトは魂のちんち〇仲間なんだよ!! 同じ心のちんち〇を持っている男だから分かる――こいつは間違いなく紳士じゃない!! ど変態だよ!! というか、お前とそう変わらない、見るとこどこにもなんにもない、三百歳エルフに惚れてる時点でお察しだろ!!」
「エロス!? 何気に酷くないか!!」
相棒の突然のディスりにどう返していいかわからない男騎士。
彼はたまらず突っ込んだが、それ以上何も言うことはできなかった。
さりげなく、自分もそういう変態だとカミングアウトしているのではないか。ともすると、これは悪口の体をしたのろけなんじゃないだろうか。
そんなことまで考えてしまったのだ。
なんにしても、この二人が言い争っていたのでは、一向に話は進まない。
現状を速やかに把握した男騎士は、まぁ待て落ち着けと、二人の痴話げんかに待ったをかける。
「とりあえず、お互いに言いたいことはあるだろうけれど、ここはひとつ落ち着いて欲しい。俺たちは可及的速やかに、問題を解決する必要がある」
「……えぇ、そうね。そのためにわざわざ、《《こんな謀略》》を企てたくらいだものね」
「誰のせいだと思ってるんだよ!! だいたい、お前が最初から名乗り出て――へぶっ!!」
黙らない魔剣を叩いて黙らせる。
天下の名剣エルフソード。
破魔の剣と呼ばれるその刀は、叩いたところで刃こぼれ一つしない。
ただし、魔剣に宿った魂を震え上がらせ黙らせることはできたようだ。
すっかりと大人しくなった魔剣エロスに代わって、男騎士が聖刀に宿る大魔導士――そして女エルフの養母に問うた。
「セレヴィどの。今回の一件、貴殿は白百合女王国に危害を加えるつもりは、毛頭なかったと考えてよろしいか」
「もとよりそのつもりよ。むしろ、偽ティトくんを上手いこと操って、いい感じに遅延工作を仕掛けるつもりだったんだけれど――あそこまでポンコツだと逆に難しいわ」
やはりと納得する男騎士。
その前で、やれやれと嘆息する女エルフの養母。
木の洞にもたれかかる偽男騎士に視線を向ける顔はいささか冷ややかだった。
憐みとも蔑みともとれるその視線。
彼女が決して、偽男騎士に特別な思い入れがある訳ではないことは、その感情の熱が籠っていない凍り付いた瞳からお察しである。
ここに完全に男騎士は、女エルフの養母に対する猜疑の心を解いた。
「私の目的は二つ。一つは、さっきも言ったように、梁山パークの指揮系統を混乱させて、貴方たちが体勢を立て直すための時間を作ること。そしてもう一つは、偽の英雄を泳がせることで、貴方たち本物の英雄たちが行動をしやすくすること」
「……やはりか」
「偽物がいると、逆にいい目くらましになって冒険が楽になったりするのよ。もっとも、ここまで使い物にならない偽物だと、どうしようもないんだけれどね」
「……だから!! そういう人を見る眼がないところだよ、俺が心配なのは!! 冒険者ズレしたところがお前のダメな所だって!!」
はいはい、分かった分かったと男騎士がまた愛剣を叩く。
そして、酷いなと言った手前ではあるが――まったく同じようなことを、つい最近女エルフに対して注意したことを思い出し、男騎士は奥歯を噛むのだった。
心のちんち〇仲間。
男騎士はその言葉を妙に納得して受け止めた。




