第549話 どエルフさんと交渉
男騎士たちが白百合女王国のカタコンベで抜き差しならないやり取りを繰り広げているその一方で――。
「ほら、皆、ちゃんと列を守りな。心配しなくても配給品はたんまりとあるよ。そんながっつく必要なんてないから、安心して待ってな」
「……なかなか度量のある王女ね」
「だぞぉ。エリザベートよりなんか王者の風格がある感じなんだぞ」
「ちょっとケティさん。ひどいです。私だって王族としての矜持というものが」
「お静かに皆さん。向こうに気づかれてしまいます。接触するのは確定事項ですが、予期せぬ出会いは避けるべきかと。こちらに有利な状況を作ってから、交渉事は進めるに限ります」
女エルフたちは男騎士のことをさておいて、第二王女の動向を窺っていた。
もちろん、男騎士のことを心配していない訳ではない。
そこは腐ってもパーティーリーダー。
一応、彼の人徳を慕って、集まっている者たちである。
しかし。
「まぁ、ティトのことだし、きっと大丈夫でしょう」
同時にこのくらいのことで驚かれない程度に信頼もされていた。
というか、別行動している時、どうせろくでもないことをしているのを、彼女たちもこれまでの冒険でなんとなく察している。
なにより大英雄が憑りついた剣――魔剣エロスがついているのだ。
何も心配することはない。
そう判断した一行は、男騎士を抜きに白百合女王国の奪還に向けて行動を起こそうとしていた。
第二王女に接触し、第一王女を担いで再び白百合女王国に王政を復活させる。
目的は至ってシンプルだ。
だが――。
「問題はどうやって接触するかよね」
「だぞ。接触の仕方によっては、敵視される可能性も無きにしもあらずなんだぞ。なにせ、第二位王女は長らく王宮を離れていたんだぞ」
「いや、流石に私の顔を忘れていることはないと思いますが――。けど、確かに、気難しい所がありますからね、ローラには」
「交渉はデリケートに行う必要がありますね」
男騎士パーティの頭脳メンバーが揃いも揃って慎重論を唱える。
実際問題、国が一つ亡ぶかもしれない瀬戸際の行動である。ちょっと迂闊なことはできないし、ほいと軽い気持ちで交渉ができる訳がない。
彼女たちが慎重になるのは仕方なかった。
そして――。
「だぞ、この手の交渉事は、コーネリアが得意だったんだぞ」
「今になってみると、コーネリアの人当たりの良さは得難いスキルよね。アイツのヒューマンスキルにいったいどれだけ助けられたことか」
「私が出ていくと厄介なことになるでしょうし」
交渉役の不在が余計に慎重論に拍車をかける。
実はぽややんといつも笑っているように見えて、こういう厄介な仕事を一手に引き受けていた女修道士。
そんな彼女の死は、思わぬ形で男騎士たちパーティに襲い掛かった。
研究一筋、交渉や人への説明などかなぐり捨ててきたワンコ教授は論外。
女修道士が来る前は、交渉事は男騎士にまかせっきりの女エルフもまた同じく。
必然、その期待は女修道士の代打である人物――。
「……仕方ありませんね」
法王へと向けられることとなった。
彼女が引き受けてくれたことで、ほっと場に和んだ空気が満ちる。
これまで頼りにしてきた女修道士の妹である。血がつながっているのだ、その交渉力について期待するのは必然だろう。
もっとも女修道士のそれが後天的に身に着けた能力ということも考えられる。
ただ、法王も法王で、背負っているモノがある。
これまでの人生で築いてきたものがある。
「教会のトップ。法王まで昇りつめた私の舌先三寸。見せつけてくれましょう」
「頼もしいわね、リーケット!!」
「だぞ!!」
「お任せします法王さま。どうか、お力をお貸しください」
大陸に多くの信者を持つ教会。
そのトップに君臨する女。
そんな女が、交渉下手なはずがない。
あの女修道士に増して、きっとその手の調整は得意なはずだ。
彼女については冒険を共にするようになって日の浅い女エルフたちだが、今はその肩書を最大限に信じることにしたのだった。
さぁ、やっておやり。
女エルフが意気込む。
すると法王。
「では、少し、準備をして参りますのでお待ちいただけますか」
「……準備?」
「だぞ?」
「何を準備する必要が?」
「えぇ、やはりこういうのは制服に着替えるべきかなと思いまして」
真面目な顔をしておかしな単語を吐き出す。
女エルフの顔が一瞬にして凍り付いた。
何言っているの、その言葉が出てくるのに時間はかからなかった。
そう、それはまさしく、彼女の姉を相手に培った、女エルフの阿吽の呼吸――ツッコミに他ならない。
やはり法王は女修道士の妹。
その辺りはバッチリコンパチされているのであった。
「なんで制服に着替える必要があるのよ!! 必要ないでしょ!! そんなの!!」
「だぞ。教会の権威を示すために制服に着替えるのは有効なんだぞ。流石は法王。よく分かっているんだぞ」
「そうですよお姉さま。なに言ってるんですか。制服に着替えた方がいいに決まってるじゃないですか」
「いや、制服じゃなくて、制服って言ってるじゃないの!! ルビ!! ルビをよく見て!! いえ聞いて!! お願いだから!!」
「やれやれ困りましたね。制服と聞いて、ブルセラと当て字を頭の中で当てるなんて。どれだけ脳みそがどエルフなんですか。流石ですねどエルフさん、さすがです」
「私の頭がおかしいみたいに言うのやめてくれる!! 実際、そう言ってるじゃないのよ!!」
「……はぁ、まったく。自覚なしですか。これは本当に困ったことですね。きっと、私が口にする交渉という言葉も、貴方の頭の中ではセック〇に置き換えられているんですね。姉の苦労が偲ばれます」
「置き換えられとらんわ!! というか、子供の前でそういうこと言うな!!」
そんなに交渉がお好きなら、貴方が交渉されたらどうですか。
こともなげに言う法王に、女エルフはだから違うと言うとろうがと、つっかかるのであった。
そう、まるで、女修道士のセクハラに突っかかるように。
やはり姉妹。
そのやり取りだけ切り取っても、その交渉能力に疑いの余地はなかった。




