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どエルフさん  作者: kattern@GCN文庫さまより5/20新刊発売
第六部第三章 シスター・ウォーズ ~エピソードⅠ 謎のモノリス~
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第538話 ど第一王女と国破れて

 国破れてなんとやら。

 長大なる歴史の中には、国の荒廃など些細なことである。

 しかし今を生きる人間たちにはたまったものではない。


 中央大陸の西端に覇を唱えし白百合女王国。そこは今、暗黒大陸による度重なる蹂躙によって、もはや人が住まうのに適した場所とは言えぬ有様であった。


 崩れて路傍に転がる瓦礫に石礫。

 筵をひいて毛布にくるまって震える家族。

 息の浅い寝たきりの老婆に、拳が血で濡れた中年の男。


 おおよそ、この世の地獄を想起させる惨状がそこにはあった。


 偽男騎士パーティとの邂逅から二日。

 男騎士たちは白百合女王国の首都へと到着した。


 かつて、男騎士が捕縛され、そして、鬼と化して激戦を繰り広げた城はもはや跡かたもない。また、彼とヨシヲが縛につき、処刑されそうになった広場には、死んだ目をした民たちが溢れかえっていた。


 絶え間なく流れる呻き声に腐臭。


 思わずその瘴気にあてられて、駆け出しそうになったのは第一王女。大丈夫ですかと叫びそうになったその口を慌てて女エルフが止めた。


「ダメよエリィ。今、貴方が出て行っても危険だわ」


「……けれど」


「やむを得ない事情があったとはいえエリィさんは国を捨てて逃げた所謂裏切り者です。ここは顔を出すのは得策ではないでしょう」


 途絶えた女王の血脈。その出現に希望の目を向ける者もいるだろう。

 一方で、それに怨嗟の目を向ける者もいるだろう。


 これからの新しい世を期待して、疎ましく思う者もいないとは限らない。

 彼女が無防備にこの場でその姿を現せば、結果として待っているのは、この国の民の余計な混乱である。


 最終的に白百合女王国を再建するにしても今は忍従の時。

 耐えてと耳元でささやく女エルフに、第一王女は苦渋の表情で頷いた。


 あらかじめ用意しておいたフードで顔を隠す第一王女。

 彼女を伴って、男騎士たち一行は荒廃した白百合女王国の状況を確認した。


 大通り、広場、市場、どこもかしこも破壊されている。

 市場の機能どころか闇市さえも機能していない。

 おおよそ街としての機能は停止している。

 白百合女王国の首都は言葉にするまでもなく崩壊していた。


 逃げ出すように街から出ていく人の姿も何度となく見かけた。その度に、第一王女が目の端を拭う。それがどうして、女エルフにはいたたまれなかった。


「だぞ。これを自分たちの力だけで立て直すのは難しいんだぞ」


「暫定的な政府が残っていれば、復興することも容易かったかもしれません。けれど、正規軍も逃げ出したとあっては、なかなかに難しいでしょうね」


「やはりティントォたちが言った通り、ある程度の組織力を持った者たちが、古い王政に代わって上に立つ方が、復興には早いかもしれないな」


 ぐっと、第一王女が唇を噛み締める。

 やはり自分では、いなくなった女傑カミーラの穴を埋めることはできないのか。悔しさが滲み出る表情に、隣に立つ女エルフの表情まで曇る。


 元は彼女は白百合女王国の騎士団を取りまとめ、街の治安を守る立場にあった。

 その騎士団は、暗黒大陸との戦いで壊滅。彼らが居れば、また復興についての話は違っただろう。だが、その存在意義から壊滅の運命は避けられない。


 偽男騎士たちが語ったことはあながち間違いではない。

 今、この白百合女王国にとって必要なのは、しっかりとした行政を行うことができる組織である。


 騎士団は壊滅。

 王宮の者たちも死に絶えた。

 ギルドも焦土と化した首都から見切りをつけて早々に姿を消している。

 盗賊ギルドさえもだ。


 もはや、この国に依って立とうという組織はこの街にはいない。

 唯一希望があるとすれば、外部から助けの手が差し伸べられること。


 梁山パークをはじめとするレジスタンス。

 この国を革命しようとする組織が、付け入るには格好の状況である。


「……どうにか、ならないでしょうか」


「エリィ」


「国を立て直すのに組織が必要なのは分かります。けれども、それをどこの馬の骨とも知れぬ、不逞の輩に委ねるのは、王族の末として見過ごせないものがあります」


 レジスタンスたちがまっとうな意志を持って活動しているかは分からない。

 国に不満を持つ者たちの多くが、現状をよりよくしようという思想の下に動いているのは間違いない。しかし、それが実際に、国をよりよくするものであるか、大衆の幸せにつながるものかは大きな剥離がある。


 崇高なる目的は時として人を不幸にする。

 あるいは私利私欲のためにそれを掲げる者も世の中には多い。


 そのような者たちの手に、みすみす民が惑わされるのは許せない。やはり第一王女は王の系譜に連なる者であり、そして、なにより自国の民――女性だけだが――を愛した、女傑の娘に違いなかった。


 なんとしても、元の白百合女王国のような平和を取り戻したい。

 そんな想いで彼女は隣に立つ義姉の手を握り締める。


 そのか細い手の温もりが、女エルフに伝わったその時――。


「こらっ!! 何をしみったれた顔をしているのよ!! それが音に聞こえし白百合女王国の民草なの!! お養母かあさまの薫陶を忘れたのかしら!!」


 突然、甲高い女の声が荒涼とした街の中に響く。

 それに合わせて、馬の嘶きと車輪の音がけたたましくなり始めた。


 街の入り口からやって来るのは隊商の一団。

 幌の中にはちきれんばかりに荷物を積み込んだ彼らは、街の者たちにはない生気を顔に帯びていた。


 それに当てられたように、白百合女王国の民たちの顔が明るくなる。


「おぉ!! ローラさま!!」


「ローラさまが御帰還なされた!!」


「皆、見ろ!! 我らにはまだ希望があった――第二王女さまが御帰還なされたのだ!!」


 第二王女ローラ。

 黒いショートボブの髪にあばたが頬に載った顔。

 それは第一王女とは似ても似つかない。


 また、まだ童女の域を出ない、あどけなさの残る少女であった。


 しかし妙である。

 そもそも、白百合女王国の系譜は一子相伝。暗黒神の器となりうる血脈を無駄に拡散させないために、子は一人しか成さない、男子は殺す、そのような忌むべき習慣を持ってきた国である。


 だというのに、第二王女とはこれいかに。


 どういうことと混乱する女エルフたち。

 しかし、一番事情をよく知っているだろう第一王女が――。


「ローラ!? どうして彼女がここに!?」


 現れた第二王女。

 そんな彼女を知っているような驚きの表情を見せた。

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