第521話 どエルフさんと冥府への旅
暗黒大陸との激突から一晩が明けた。
死屍累々。中央大陸連邦共和国首都リンカーンの城壁の前に広がる戦禍の傷痕を眺めながら、壁の魔法騎士はしばし時を忘れていた。
そんな彼の元に――彼が最も信頼する部下が姿を現す。
「何をサボってるんですかゼクスタント団長。戦後処理についてバルサ殿が探しておられましたよ。まったく、暗黒大陸の連中と来たら、来るだけ来ておいてこんな調子でモノを残して行きやがるんだから。勘弁して欲しいですよね」
「……カロッヂ」
逃し屋である。
言葉では咎めながらも、まぁ仕方なしという感じで壁の魔法騎士の隣に並ぶ彼。
リーナス自由騎士団の男二人。
彼らは並んで首都リィンカーンの正門前の楼門に登ると、彼らが守った平和――その正門から続く道を行く人々を眺めるのだった。
戦いは終わった。
しかしながら、死屍累々の原野を越えて街を訪れる者はまだ少ない。
街を去る者の方が多いくらいである。
ちょうど緑の外套を纏い大剣を担いだ男が楼門の下をくぐった。
金色の髪をした可憐な少女に、大柄な体躯をしたリザードマン。そして、ツルッパゲのエルフを伴っている。
彼らは正面の門から、西の国へと向かう街道を歩き始めた。
一度、緑の外套を着た男がこちらを振り返る。
その顔をじっと見返すと、彼は顔を引き締めて何かを視線で壁の魔法騎士に託す。それっきり、彼らは旅路を急ぐように二度と振り返らなかった。
「ハンス殿はこれからどうすると?」
「西の王国にあるリザードマンの国にしばらく逗留するそうです。それから、暗黒大陸に渡ることができないか、自分なりにやれることをやってみると」
「……できた人だ」
「俺もそう思いますよ。なかなか居ませんね、今のご時世にあんな御仁」
暗黒大陸との戦は終わった。
今は先にも言ったように、戦後処理の只中である。
しかしながら、完全に撤退した暗黒大陸側に対してこれ以上の後詰は必要ない。各国から集まった兵たちは、各々帰路につき始めていた。
大剣使いは言った通りだ。
西の王国へと暗黒大陸の動静を見据えるべく早くも動き出した。
隊長そしてヨシヲの二人組は、訳も語らず北の衛星都市を巡る旅へと出立した。
連邦騎士団は首都リィンカーンの復興に勤めている。
ただし、暗黒大陸と結託した第三部隊の団長は、多くの捕らえられた暗黒大陸の将兵たちと同じく処断された。
世は全てことも無しとはとてもじゃないが言い難い。
だが落ち着くべき所に落ち着いた。
そして、彼らリーナス自由騎士団と、教会の面々、そして伝説の大英雄たちは、しばしこのリィンカーンにとどまって、その復興に力を貸すことになった。
まだまだ、暗黒大陸の爪痕がこの中央大陸から消えるのは遠いだろう。
しかしながら、魔神はここに倒された。
魔女ペペロペも倒された。
男騎士たちが守った平和はそう簡単に破られるものではないだろう。
しばし、束の間ではあるが、この大陸に安堵が満ちることだろう。
この平和をどこまで維持していけるか。
そして暗黒大陸へと戻った不穏の種火をどうやって取り除くか。
それを彼らは考えなければならない。
「ティトたちは?」
「赤海の向こうにあるという冥府神の住まう島へと向かうことにしたそうです。なんとしても失ってしまった仲間――女修道士を復活させると言っていました」
「……アイツらしいな」
頬の端を微かに釣り上げるリーナス自由騎士団その団長。
血風吹きすさぶ首都リィンカーンの地。そこに温かい風が微かに吹いた。まるで彼の心にこれまで暗澹とかかっていた仄暗い感情を吹き飛ばすように。
壁の魔法騎士が天が仰ぐ。
雲一つないその蒼天にまばゆいばかりの太陽が輝いている。
◇ ◇ ◇ ◇
「死者の蘇生は肉体の損壊度によってその実現の困難が異なります。姉さまの使った|愛・胸破V驚拳《ラブラブ・アへ顔・ダブルピース》は、肉体の損壊のいかんにかかわらずその身体を復元する奇跡中の奇跡。それだけにそれを行使する術者にかかる負担は大きくなります」
「……なるほど」
「術に成功しても魂の半分を取って行かれるか、あるいは、全部を持って行かれる。失敗すれば術者もその対象者も両方冥府行きです。それほどの使用するのに覚悟のいる技が、あの技なのです」
男騎士。女エルフ。ワンコ教授。第一王女。
そして仰々しい礼服を脱ぎ捨てて町娘のような格好に身をやつした法王リーケットが彼らの前に立っている。
手には姉が残した形見のアイテム――神の愛の注入棒が握りしめられていた。
今、男騎士たちは、中央大陸連邦共和国首都リィンカーンは西の門の前に立っている。彼らは親しい者たちの見送り――女軍師や青年騎士、そして、オカマ僧侶――を受けながら、新たな旅立ちに向かおうとしていた。
理由はただ一つ。
「しかし、この魔法には一つだけメリットがあります。術が失敗した場合に、魂を冥府に囚われるということ。そして、冥府に捕らえられた魂とは別に、肉体はそのまま保存され続けるということです。これがどういう意味か分かりますか?」
「……分かる訳ないでしょ。アタシは僧侶じゃないんだから」
馬鹿にしないでよと女エルフが法王に突っかかる。
全大陸の人間の信仰を集める法王に対してなんたる口の利き方と、見る人が見れば咎められそうなものだ。だが、法王はその口ぶりに反論することはない。なにせ、彼女はこれから、この女エルフと長い旅路を共にすることになるのだから。
そう、同じ目的を抱いた長い旅を。
「だぞ!! 魂さえ冥府から呼び戻すことができれば、無事にコーネリアを復活させることができるということなんだぞ!!」
「……なにそれ、まったく理屈が合わないじゃない」
「肉体的な損壊のない死というのは、蘇生が非常に容易いんですよ。神聖魔法の極意は二つ、肉体の再生と魂の固着です。この場合、肉体の再生は既に完了――」
「小難しい話はいいわ。とにかく、コーネリアの魂を取り戻すことができれば、アイツは蘇るってことなのね」
はい、と、頷く法王。
彼女の顔にもまた、姉を救うのだという強い決意が漲っている。
そして女エルフたち女修道士の仲間には言わずもがなだ。
彼らは旅立つ。
仲間を取り戻すために。
再び共に旅をするために。
「だぞ!! だったら行かない訳にはいかないんだぞ!! 僕たちは、暗黒大陸の魔神も倒したんだぞ!! 冥府神なんてなにするものぞなんだぞ!!」
「お姉さま!! お任せください!! 暗黒大陸の脅威が去った今、今度はこのエリィがお姉さまをお助けします!! 冒険の経験はありませんが、剣の心得は多少なりともあります!! 全力でお姉さまをお助けいたします!!」
「……モーラさん、そして、ティトさん。姉のためにご迷惑をおかけします。しかし、私もあのような結末は不本意です。どうか、力をお貸しください」
力を貸すもなにもないと男騎士と女エルフが声を重ねる。
二人は気恥ずかしそうに咳き込んで、それから話を女エルフが続けた。
「コーネリアは私たちの大切な仲間よ。絶対に助け出してみせるわ」
「あぁ、コーネリアさんは俺の命をその身を顧みず助けてくれた。だったら、彼女を助ける手立てがあるのに、それをやらない訳にはいかない。君に請われようが請われまいが、俺はきっとそうするだろう」
力強く答える姉の仲間たち。
その言葉に、法王の瞳が少しだけ潤んだ。
その瞳を手の甲で拭って――。
「行きましょう、姉を取り戻しに!! 赤海の冥府島――ラ・バウルへ!!」
「「「「おうっ!!」」」」
法王と旅の仲間たちは出立の声を上げた。
【どエルフさん 第五部完】
少し忙しくなってきて転載時間が取れそうにないため、区切りのいいここで完結とさせてもらいます。
また時期をみて続きは投稿しますね。ここまでお付き合いありがとうございました。
もし少しでも楽しんでいただけましたなら評価・ご感想などいただけると幸いです。m(__)m




