第493話 どエルフスキーとどクリりん(別視点)
かつて、暗黒大陸の魔女ペペロペが、中央大陸へと魔物を従えて迫るという危機があった。統一した国家を持たない無法者の群れである暗黒大陸。しかしながら、それを糾合した魔女ペペロペは、その兵力と、恐ろしいまでの魔力で、中央大陸西岸――西の国を蹂躙した。
この危機に立ち上がった者たちが居た。
今は南の王国だが、かつては中央大陸連邦共和国の一部だった田舎ギルドの所属。剣を振らせれば右に出る者はなく無敗。傍若無人と慇懃無礼を絵にかいたような、剣だけを頼みにして戦う悪童。その名を、大英雄スコティ。
そんな彼に率いられて共に戦った仲間が居る。
暗黒大陸の侵略により、故郷を失ったドワーフの王。戦斧を手にして進むその姿はさながら嵐の様。酒樽のようなその容貌をした、ドワーフの中のドワーフ。今は国を失って一人の兵と化した男。ドワーフの戦士――エモア。
同じく、結界魔法によりかろうじて魔女ペペロペの目を逃れているが、その脅威にさらされているエルフ族。彼らを助けるために立ち上がった、とある集落の長。人間たちと歩み寄ることを由としないエルフ族の習慣をあえて無視して、地位も何もかも捨てて暗黒大陸との戦いに身を投じた高潔な魔法使い――セレヴィ。
剣の腕こそたつけれど、それ以外については野生児もいいところ。問題行動ばかりを起こすスコティを監視しなくてはと教会がつけたお目付け役。しかしながら、その奔放さを愛し、その人間本来が持つ自由さを肯定する姿を愛し、神に背いてまで伝説の勇者に尽くした司祭。後に大司祭として教会に君臨した者――司祭クリネス。
エルフ、ドワーフに続く第三の種族。小人のスクーナの出身にして、荒野を荒らしまわっていた無法者。しかしながら、暗黒大陸の手の者と魔女ペペロペによって蹂躙された故郷を前にして立ち上がることを選んだ義賊。パーティの中で最も技巧派の彼は、戦闘でこそ役には立たなかったが、工作・流言・情報収集と、ありとあらゆる汚い手を使って、スコティたちの旅路を助けた。スクーナの盗賊――ハロ。
それは二百年前に語られた伝説。
女エルフがまだ百歳の頃、確かにあった伝説。
そして今もなお、人の心に焼き付いて離れない、救国の神話。
いま、ここに、その英雄の一人が姿を現した。ドワーフの戦士エモア。そう、彼こそはエルフを守る大義賊ドエルフスキー。
それは大英雄が世を忍ぶ仮の姿だったのだ。
「その大戦斧。未だに持っているとは驚いた。そして、エルフソードも」
「当たり前だろう。この二振りは、アリストの奴から託された神殺しの魔剣。何があっても絶対に失くしたりすか。そして、お前への恨みもな、ペペロペ!!」
「あらあら、随分と恨まれたものね。私、そんな悪いことしたかしら」
悪びれる風もなく、軽やかに笑う魔女。
しかし、その表情が唐突に翳った。
いや、陰に入った。
何事かと、戦場に居る皆が天を仰ぐ。すると、これはいったいどうしたことか。空に浮かぶ太陽に、ぽっかりと黒い穴が開いていた。
日蝕。いや、違う。それは暦の上では起こるはずのない出来事。
あきらかに何者かの意図によって引き起こされた事象。
まさかと魔女ペペロペが視線を向ければ――暗黒大陸の兵たちを待ち受ける壁の前で、乙女が天に向かって杖を掲げていた。その握り締める金色の杖は、その場にいるどの僧侶・修道士のモノよりも、豪奢で、そして、荘厳である。
乙女の名はリーケット。
教会の闇と結託した現法王。
「皆既日食!!」
そんな彼女がもたらしたのは、天候を操る儀式魔法。
なぜ、それを使うのか、どうして太陽の光を隠さなければならないのか。唐突に現れたこの闇の意味は何なのか。
そのすべてに応えるように、赤い光が戦場に走った。
「そうよぉん!! 私たちは、この時を待っていたのよぉん!! セレヴィの体を返してもらうわよ!! この性悪女!!」
「……貴様、まさか、何故生きている!!」
「何故だなんて無粋ねぇ、そんなの――大切な仲間を取り戻すためにきまっているじゃないのよォ!! オカマ舐めるんじゃないわよォ!!」
空より舞い降りたのは黒い翼を持つ魔物。
そう、彼女こそは、いや、彼こそは――またしても伝説の生き残り。
「エモァ!! アンタだけに良い格好はさせないわよ!!」
「……ったく、いつもいい所で出てきやがるな!! クリネス!!」
教会の闇。クリりんこと――クリネスであった。




