第489話 壁の魔法騎士と暗黒大陸の巫女(別視点)
黒い革製の拘束具を身に付けて、透けた黒色のローブを纏った女が姿を現す。
目はレザーのアイマスクにより隠されているが、その鼻先を向けられただけで、耐え難い嫌悪感が体を走った。
恐怖、絶望、戦慄、畏怖。
なんにしてもそいつは間違いなく、人の心を凍り付かせるような冷たいモノ。
暗黒大陸の大魔女ペペロペ。
彼女はピンク色をした魔法の杖――でかくて太くて歪な形――を手にして、怪しく口元を吊り上げていた。
空中を浮揚する彼女は、その真下に居る女ダークエルフに、これ以上の危害は加えさせないといわんばかりに、壁の魔法騎士の前に立ちはだかる。
ぴりぴりとした空気が二人の間に流れた。
「……魔女ペペロペ。満を持して登場か」
「えぇ、意外とやるものね、中央連邦大陸さん。いえ、リーナス自由騎士団さんというべきかしら。あの男――大英雄スコティが死んでから、この中央大陸を守護する役目をはたしているだけはあるわ」
「我らの興りは関係なかろう」
「関係あるわよ。私はあいつに殺された。そして、今はあいつの愛しい愛しい女の体を乗っ取って、この世界に顕現している。ほんと、思い出すだけで忌々しい」
リーナス自由騎士団と、救国の大英雄スコティに直接的なつながりはない。
しかしながらその興りは彼の英雄の失踪を端に発している。彼の不在により、中央連邦大陸の国々は大きくその安定を欠くこととなり、共和国と王国での国境争いと言った大陸内での紛争が多く起こるようになった。
それを綺麗に納めるためには、国との間に中立に介入し、どちらの言い分も汲み取る様な存在が不可欠であった。
言うまでも無く、それがリーナス自由騎士団である。
どの国にも属することなく、土地も持たず、ただ名誉と武力だけを手にして、この中央大陸を鎮撫する気高き騎士団。リーナス自由騎士団とは、そういう目的で組織された者たちであり、今もなおその在り方は変わらなかった。
もし、一人、大英雄がこの地に存在していれば。
何者にも縛られず、神をも殺す力を持ちながら、決してそれを肩入れする勢力のために使わない、圧倒的な存在があったならば。
リーナス自由騎士団のようなものが、発生する必要はなかったことだろう。
災厄の魔女の恨み節はある意味で的を射ている気がした。
しかし――。
「魔女ペペロペ。お前を討ったのは大英雄スコティだけではあるまい。お前が今その体を支配している、大魔導士セレヴィ、大僧正クリネス、小さき賢人、そして――」
空気を裂いて何かが飛ぶ音がする。
渦を巻いて飛んでくるそれは、人の身長ほどある大戦斧。
斧により巻き起こされた旋風が暗黒大陸の巫女の脇を通り過ぎると、大上段から赤ひげを垂らした影が、その妖艶なる魔女へと向かって飛び掛かった。
手にした剣はそう――かつて男戦士に貸し与えた名剣。
緑のエルフソード。
「ふんっ!!」
気合一閃。
息と共に振り下ろしたそれは、惜しいかな魔女ペペロペの体を裂くことはなかった。だが、彼女の顔を壁の大魔法使いから引きはがすだけの効果はあった。
同時に――。
「久しぶりだな、災厄の魔女!!」
「……生きていたか、ドワーフの大戦士!!」
稀代の魔女の微笑みに、少しばかりの影を落とした。
はたして現れたその男は大戦斧の持ち主。
そして、彼の駄剣とよく似た、緑のエルフソードの持ち主。
エルフを愛し、エルフのために生き、志を同じくするエルフを愛する者たちを率いる、義賊にして掛け値なしに男の中の男。
男戦士のかつての好敵手にして――このどエルフワールドにおいて、おそらく最も頼りになる大ドワーフ。
そう、彼の名を、君たちは既に知っている。
知っているがこの名を紐づけるのは初めてになる。
「ドワーフの首領にしてスコティと共に魔女ペペロペに抗った者。故あって名を偽りこの時を待っていたが、今こそ名乗りを上げさせてもらおう。俺様の名はドエルフスキー。そして、真なる名を――ドワーフの戦士エモア!!」
未だ到着せぬ男戦士たちに先んじて戦場に駆け付けたのはそう。
ドエルフスキー、どこまでも、頼りになる男であった。
「親分!! 俺たちもいるんだにぃ!!」
「ふんがぁーっ!!」
「という訳だ!! ドエルフスキーとその一団!! 義によってではなく、長い宿縁に終止符を打つべくこの戦いに加勢する!! さぁ、ここよりは、英雄の歌に紡がれた、魔女と戦士の戦いだ!! 自由騎士団の若造どもよ後は俺に任せな!!」




