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どエルフさん  作者: kattern@GCN文庫さまより5/20新刊発売
第一部第三章 獣人娘と砂漠の遺跡
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第43話 どエルフさんとクダン

 砂漠の都市国家ロラン。

 大国間の貿易により巨万の富を得たこの都市には、大豪商や大貴族だけが知るとある秘密があった。


 都市の地下、とある豪商の館の真下から続く迷宮の中に飼われている、二つの神聖生物だ。


 一体は、豊穣と繁栄をもたらす一方で、生贄を欲し呪いを振りまく存在、ミノタウロス。

 一体は、失われし神々の叡智を人間にもたらす賢者、クダン。


 都市に立ち寄った狂気の魔法使いの手により、人と牛を掛け合わせることで生み出された二体の牛の亜人は、長い年月をそこに幽閉されて過ごすこととなる。

 そしてそれは都市が滅び、人々からその存在が忘れさられてからも続いた。


「私は彼らに乞われてたびたび知識と魔術を与えていました。それらにより彼らは多くの利益を得たそうです」

「この砂漠を移動する魔術も?」

「私が教えたものです」

「流石は失われし神々の知識だぞ!! すごいぞ!! 他にはどんな知識をしってるんだ――」


 興奮気味に尋ねるワンコ教授を抑えて、それで、と、続きを求めるエルフ娘。

 彼女も女修道士も、いつになく同情的な表情で、神聖生物の一体――アルビノのクダンの語りを聞いていた。


「兄と私の情報は豪商や貴族以外の誰も知るところではなかったのです。百年の歳月を私たちは都市と共にしました」

「百年ですか」

「エルフにしても百年の歳月は長いわね」

「しかしある時、貴族の子弟の一人がうっかりと、私と兄の存在を外国に漏らしてしまったのです」


 それは世間知らずの貴族のたわごととして最初は扱われた。

 しかし、その噂は、世迷言にしても魅惑的な――それこそ、人を突き動かす旨みを内に秘めていた。


 その噂がたってから数年の間に、この大豪商の館へと、幾人もの間者が送り込まれたのだ。


「彼らの多くは私たちにたどり着くことさえできませんでした。それほど、貴族たちは巧妙に、そして慎重に私たちの存在を秘匿していたのです」

「それが、どうしてこんなことに」

「隠し通路に気付いたものが少なからずいたのです。それらはすべて兄様の手にかかり、決してその情報を外に漏らすことなく、迷宮の中で果てました」


 だがそれがかえってよくなかった。

 放った間者が帰還しないということが続けば、噂に余計な尾ひれがつく。それでなくても怪しんだ各国の者たちが示し合わせ、都市国家に圧力をかけたのだ。


 結果として、都市国家ロランの国力は疲弊し、次いでそこに付け込んだ、大国の合同軍による侵略により、幻の都の命運はついえた。


「破壊された都市を、各国の調査員たちは徹底的に調べ上げ、私たちを見つけ出そうとしました。結果はいわずもがなです」

「隠し通路を見つけた奴はミノタウロスに屠られて、結局誰もたどり着けずということか」

「そうこうしてるうちに探索は打ち切られ、都市の存在すら忘れ去られて――今に至ると、そういうことね」


 はい、と、アルビノの娘は静かにうなづいた。


 目頭を抑えたのはエルフ娘。

 神聖生物という稀有な産まれゆえに、悠久に近い刻を地下で過ごさなければならなかった、彼女の運命を憐れんだのだろう。

 女修道士までもが、人目をはばからずに涙を流していた。


 そんな彼女たちに代わって、男戦士が頭を下げる。


「すまなかった。君の兄と知っていれば、他にやりようもあったものを。こんなことになってしまい」

「気にしないでください。兄は、もとより正気を失っていました。貴方たちを襲ったのも、しかたのないことです」

「そうか――いや、しかし、すまない」


 どうぞ、気になさらないでください、と、言うクダンの少女。しかし、その表情には、ある種の決意がすでににじみ出ていた。

 それを察したからこそ、男戦士の顔色が曇った。


「兄も私も、自分の運命を呪って生きておりました。だからこそ運命にここまで抗ってきたのです」


 今、その運命がやっと終わろうとしている。

 私はそれがうれしいのです、と、はかなげに笑う少女。


 次に彼女は男戦士の前に首を差し出して、そして、その通路の闇の中に溶けてしまいそうな穏やかな声で、救いを請うた。


「お願いします、兄を倒した優しき騎士さま。この私たちの運命を哀れと思うなら、どうかその剣で幕を引いてくださいませんか」

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