第359話 ど戦士さんと魔脳使い
さて。
痴話喧嘩もそこそこに、話は白百合女王国陥落へと移った。
これには逃がし屋との再会を喜んでいた男戦士も、痴話喧嘩に肩を怒らせていた女軍師も、彼らのやり取りをどうしていいのかと傍観していた中央騎士団の団長たちも、なんだとと声を荒げた。
その反応を予測していたように、逃がし屋は淡々と話を進める。
口ぶりは、いつの間にか軽薄なものではなくなっていた。
「暗黒騎士と彼と同等の武将が四名。エルフの魔法使い、魔法剣士、メイド、それに巨人だ。白百合女王国女王カミーラは、全軍を撤退させた後、王城にて単身最後まで奮戦してみせたが、どうにも分が悪いだろう」
「――女傑カミーラが」
「あの女王が破れたとなると、白百合女王国は壊滅したと言っていいですね」
「しかし、どうして白百合女王国。あそこを攻める理由が、今一つ分からない」
「それは女傑から頼まれた――『なんとしても娘のエリザベートを、暗黒大陸に渡してはならない』という依頼にヒントがあると考えている」
「……なに?」
第一王女の名に反応したのは男戦士だ。
かつて彼女と、そして孤軍奮闘して果てたと思われる女王とも知己を得ていた彼には、その名前に敏感に反応したのだ。
どういう意味だと、すぐに彼は弟子に尋ねるが――。
「残念ながら、逃すという依頼は頼まれたが、その理由までは聞いていない。そういう契約ですからね、まぁ、仕方ない」
「……そうか」
「もうちょっと気を回していればよかったんだが、なにぶん、暗黒大陸の動きが性急だったこともあり、こっちにも確認している余裕がなかった。すまない、指導者。無理にでも食い下がって聞いておくべきだった」
「いや、エリザベートはモーラさんの義妹だ。守ってくれただけでありがたい」
「しかし、暗黒大陸の狙いは、白百合女王国自体ではなく、エリザベート王女だということになるわね。どうして彼女を狙うのかしら――」
「それについては演算結果がでたわ」
ふと、部屋に馴染みのない声がする。
先ほどカロッヂが入って来た扉の前に白衣の女が立っていた。
黒髪に泣き黒子、豊満な胸の前で腕組みをし、不敵に笑う彼女の周りには、三つの魔導書が浮遊している。しかもその魔導書は、読み手も居ないのに自ずから開かれて、はらはらとめくられていた。
パシリパシリと雷撃の音がする。
それは魔導書間に走っていた。
いったいこれは何事と、これまた連邦騎士団の団長たちがざわつくなか――。
「バトフィルド!!」
彼女の名を男戦士が弾むような声色で叫んだ。
同時に、黒髪の艶嬢の表情が綻ぶ。
「ティト指導者。ご無沙汰しています。ご健勝そうでなによりです」
「カロッヂに続いてお前まで――よく来てくれた」
「貴方に呼ばれれば、私はたとえ地の果てだって駆け付けてみせますよ」
そう言って、ウィンクをしてみせる艶嬢。
その場に居る男が、一瞬に魅了されそうな、怪しい迫力を伴ったそれ。事実、女騎士の従士がかぁと頬を赤らめる中――男戦士と逃がし屋は苦笑いをした。
相変わらずだな、と。
女軍師については溜息まで吐き出している。そんな三人の古なじみの反応を、涼し気に流して、彼女は男戦士の隣へと座った。
「カツラギ、カロッヂも久しぶりね」
「あぁ。誰かさんと違って、女を磨くのに余念がないな、バトフィルド」
「だーれーのーはーなーしーだーこーのーごーくーつーぶーしー」
「貴方たちは相変わらずね。ティト指導者は、少し、痩せられましたか」
「どうだろうか。いや、それよりバトフィルド、分かったのか?」
「えぇ」
呟いて、艶嬢は瞳を閉じる。
彼女は空中で、さっとピアノを弾くように指先を走らせる。
すると、彼女の周りを飛んでいる三つの魔導書が、激しく雷鳴を走らせて動き始めた。
その緑色の光が空中に像を結んだかと思えば――。
「なんだこれは?」
「家系図?」
「おっと、これは……。なるほど、そういうことか、バトフィルド」
何か納得したように逃がし屋が声を上げる。
男戦士の弟子ではあるが、知能は彼よりあるらしい。
女軍師よりも察しのいい彼に、流石ねと微笑んで、艶嬢はその像を指さした。
そこに描かれているのは四つの見知った名前。
その家系図の起点に記載されたそれは――唾棄すべき暗黒大陸に君臨する魔神の名であった。
「【魔脳】により、各地の伝承と歴史資料、また現在の白百合女王国王族の遺伝子情報から統合演算したわ。これは白百合女王国の失われた系譜図。見て、びっくりよ――その始祖には、暗黒大陸の神が関係しているわ」
「「なっ、なんだって!!」」
暗黒大陸が白百合女王国を狙った理由。
どうやらそれは魔神シリコーンにまつわるものであるらしかった……。
「私が――いえ、【魔脳】が嘘を吐くと思いますか? ティト指導者」
そうだがと口ごもる男戦士。
しかし、それは到底、男戦士には信じられるものではなかった。




