第340話 どエルフさんと教会の闇
「で、結局その【教会の闇】がいったいなんだっていうの? その中に匿われている奴が、私たちをここに呼べって言った訳? それともアンタらの崇める神様が? なんにしても、もったいぶらずにさっさと要件をいいなさいよ!!」
こういう時、頼りになる――というかせっかちなのが女エルフだ。
いつまでたっても見えない話の要領に、ちょっとキレ気味に彼女は法王へと食ってかかった。
すみませんと頭を下げる法王。
その腰の低さは社会経験の少なさから来るものだろうか。
それとも、姉である女修道士の仲間ということもあり、敬意から来るものであろうか。なんにせよ、大国を意のままに操る人間のおもいがけず軽い頭に、女エルフは苛立たしそうに眉間に皺を寄せた。
そんなほいほい謝るんじゃないわよ。
なんて説教が始まりそうなのを男戦士が後ろから止める。
意外にもこの男は、話の先が見えないこの状況で、いつも以上に冷静であった。
「まぁ、その【教会の闇】により、俺たちが導かれたのは分かった。それはとりあえずそういうものだと思うことにしよう」
「……はい。そう言っていただけると助かります」
「それで俺たちはどうすればいいんだ。その【教会の闇】の中に居る者と戦えばいいのか、それとも、会えばいいのか」
しかしながら、女エルフとは別ベクトルで、自分たちがやるべきことをしっかり男戦士は見据えていた。話の要点――彼らが呼び出された要件を男戦士は法王に問うた。
止められた女エルフの視線も一緒になって、法王に向かう。
二人の視線を受け止めたまだ若い女法王は、再び、何かを覚悟するように頷くと、赤い革張りの椅子から立ち上がった。
すぐに向かったのは、本がずらりと並べられた本棚の方。
その棚に収まっている本の一つを引き抜くと――。
ずっ、ずずずっ、ずずり――。
引きずるような音とと共に本棚が横へと移動した。
そしてそこに――ぽっかりと開いた暗い闇が現れた。
隠し扉、そして、隠し通路である。
「これが、歴代の法王が隠してきたモノ。【教会の闇】へと続く階段です」
「……つまり、俺たちに会えというんだな、【教会の闇】の中に棲まう者に」
「そういうことになります」
壁にぽっかりと開いた人ひとり分の高さの穴。
その深淵を覗き込んで、女エルフとワンコ教授がほぁと間の抜けた声を上げた。そんな彼女たちを割って、男戦士と法王はその闇の中へと少しの戸惑いもなく歩み入る。
ちょっとちょっと、と、女エルフがあわてて男戦士の背中に声をかけた。
「いくらなんでも無防備過ぎやしない? もしかしたら罠かもしれないのよ?」
「彼女がそんなことをするような人間には、俺には思えない」
「どこからその信頼は来るのよ!!」
「大丈夫だ――何と言っても彼女はシコりんの妹じゃないか。シコりんの妹が、そんな悪い女だと、俺にはとても思うことができない」
「それはそうだけど!!」
「なぁ――プリケツちゃん!!」
大真面目な顔をして、男戦士は法王リーケットを見た。
「はいプリケツの名に懸けて、そのようなことはないと誓いましょう」
それに対して力強く頷く法王リーケット。
そしてずっこける女エルフ。
シリアスにシリアスを重ねる展開。ここに来ての唐突のプリケツ呼びと、渾身のキメ顔に緊張の糸が切れた。ずっこけるのは仕方なかったし、ギャグ小説のオチとしてそれは仕方のないことだった。
「というか、大陸最高の権力者相手にプリケツなんてよく呼べるわね」
「モーラさん、それがティトさんじゃありませんか」
そうかも知れないけれど、もうちょっと話の流れを考えて欲しい。
女修道士の手を借りて立ち上がった女エルフは、たまらないという感じに頭を抑えながら、かぶりを振るのだった。
ほんと、知力1はこれだから困る。
もうちょっと思慮分別、そして、恥じらいを持って発言して欲しいものだ。
「しかしプリケツちゃん、シコりんと顔は似ているが、性格は真面目なのだな」
「コーネリア姉さまも充分真面目ですよ。教会では、もっと不真面目というか不道徳というか、自己保身に走る輩は多く居ますから」
「なんにしてもプリケツちゃんのような思慮深い者が教会を取り仕切っていると考えるというのは心強い」
「……そんな。テレテレ」
「プリケツちゃんの期待に応えられるよう、俺としても全力を尽くそう。約束だ、プリケツちゃん!!」
「……ありがとうございます、ティトさん」
「プリケツプリケツ煩い!! やめいっ!!」
女エルフのキレ気味の声が【教会の闇】へと続く、階段の奥へと響いた。




