第332話 ど男戦士さんとかけ放題
「すみませんでしたティト指導者。お急ぎの所を私たちの都合で足止めしてしまって」
「いやいい。俺も久しぶりに、若い騎士に稽古をつけることができて楽しかった」
「ワシちょっと欲求不満。もうちょっとビシバシしごいてやりたっかたぞい。せっかく胸はないけど良い尻しとるのに――勿体ない!!」
こらエロスと、相棒の剣を男戦士がたしなめる。
師であるティトを尊敬している女軍師だったが、どうにも彼が手にしている魔剣については、そんなものを持っているのかと怪訝な顔をした。
ほんと、どうしてこんなものを持っているのか。男戦士もこの時ばかりは考えた。
おおよそ大英雄の持つ剣ではない。
いや、自分がそのようなたいそれたものではないとは思っている。だが、それでも、かつての自分の弟子に見せるのに躊躇われるものであるのは間違いなかった。
それはさておき――。
「では、我々はリィンカーンにて先に待機しています。ティト指導者、教会との折衝が無事に終わることを、私も願っています」
「あぁ」
「任せておいて。まぁ、ちゃちゃっと教会なんてしばいて帰って来るんだから」
そう言ったのはここまで空気だった女エルフ。ふと、そんな彼女の方を向いて、女軍師は複雑そうな笑顔を造った。
どこか寂し気なその表情に女エルフが気後れする。
それをフォローするように女軍師は、白い彼女の手を両手で握りしめる。
思いのほか女エルフの手を握る力は強い。
【軍師】という肩書だが、彼女もまたリーナス騎士団の騎士だ。
それなりに筋力・握力があるということだろうか。
そんなことを思って面食らっている彼女に向かい、真っすぐに視線を浴びせて女軍師は口を開いた。
「どうか、どうかティト指導者をよろしくお願いします」
「え、あぁ、うん。よろしく言われなくても、よろしくするつもりだけれど」
「指導者は、全部自分で抱え込んでしまうような所がありますから。またあの時のように、全部自分でしょい込んで――」
「カツラギ」
それは言わなくていい話だとばかりに、男戦士が重みのある言葉を発した。
びくりと震えたカツラギの姿に、また女エルフがどうしていいか分からないという表情をする。
師には逆らうことはできないのだろう。
カツラギは最後にきつく――その手の骨が砕けるのではないかと思うくらいに――女エルフの手を握りしめると、無言で彼女お顔を見てそれから離れた。
リーナス騎士団という過去。
その立ち場を捨てて冒険者となったいきさつ。それら全て、女エルフの知ることのなかった事実である。
鬼族の呪いの時もそうだった。
男戦士は、自分たちに迷惑をかけまいと、そんな大切なことをいつも言わない。
いつもそうして黙って、抱え込んで処理しようとする。
「――ティト」
男戦士たちに背中を向けて、南の方へと去っていくリーナス騎士団の騎士たち。その背中を眺めながら、ふと、女エルフが口を開いた。
男戦士からの返答はない。
けれども、構わず、彼女は続ける。
「迷惑なんて幾らだってかけてくれたっていいのよ。私たちは、相棒なんだから」
「……モーラさん」
「一人じゃ受け止められないものでも、二人ならばきっと受け止められるわ。そのために、私たち、こうして一緒に旅しているんじゃない」
そう言って、先ほど強く握られた手で、女エルフは男戦士の手を握る。
男戦士が自然と向けた視線に、彼女は微笑みを添えて応えた。
すると、そんな二人の手に、二つの手が更に重なる。
「聞き捨てなりませんね。まるで二人パーティみたいに」
「だぞ、僕たちが居るってことも忘れて貰ったら困るんだぞ」
「コーネリア。ケティ」
頼もしい仲間たちが男戦士の手を取る。ありがとう、朴訥に言った彼だったが、その表情はいつになく穏やかなものだった。
「しかし、幾らだってかけてくれてもいいだなんて――なかなか出て来る言葉じゃありませんね」
「あぁ、言葉選びのセンスが半端ないな」
「……ちょっと待て。私はそういうつもりじゃ」
「マヨネーズはかけても大丈夫なんだろうか」
「練乳はセーフですかね。牛乳はもちろんありでしょう。けれどもやはり」
「はいはいはい、ストップストップ!! かけていいのは迷惑だけ!! 他の余計な物はかけんでよろしい!!」




