第319話 どエルフさんと首都
さて、なんやかんやとありつつも、一行は順調に行程をこなし――。
「……つ、ついた」
「……連邦共和国首都リィンカーンだぞ!!」
【連邦共和国首都 リィンカーン: 中央大陸連邦共和国。その最大版図を誇る州にして、最も肥沃な大地を持っているのが、ここアブラカタブラ州である。その首都、リィンカーンは、大陸連邦の要として最古より存在しており、かつて大陸全土を掌握したソソもまた首都とした場所である。現在は、連邦共和国の礎を築いた名士、アブラカタブラ・リィンカーンの名を採って、このような首都名になっている。なお、治安はよい。すこぶるよい。まったくもって心配ないくらいによい】
流石に大陸最大の国家の首都である。
都の入り口である門の前には、人が川のように列をなしている。男戦士たちが通って来た主幹道路を含めて、幾つかの交易路が首都には繋がっており、それがたった一つしかない都の入り口に合流することでこの混雑を生み出していた。
都は見上げると首が痛くなりそうなくらい高い煉瓦造りの塀で覆われている。人が十人、肩車をしても超えることができないだろう。その上には、敵兵の姿などどこにも見えないというのに、弓兵たちが等間隔に整列していた。
連邦騎士団の正規兵か、それともこの首都の常備軍か。
なんにしても、地平の果てを睨んでそこに立ち尽くす彼らは、実に頼もしく男戦士たちの目に映った。
さすがの大首都である。
最悪、暗黒大陸の軍勢に対し敗走を重ねて追い詰められたとしても、ここに籠れば半年は戦うことができるだろう。そう男戦士は判断した。
戦士の性か。
それとも元騎士としての名残か。
そんなことを感慨深く思っていると。
「ちょっとティト、ぼーっとしないでくれる!! さっきから、鎧が当たって痛いんだけど!!」
隣を歩いていた女エルフが頬を膨らませて文句を彼に言ってきた。
徐々に多くなる人通り。必然、ひしめき合う人の波の中にあって、すし詰めになり身を押し付け合う格好となった彼ら。男戦士違って、皮鎧を使っている女エルフは、男戦士のプレートメイルが擦り当たる感覚に耐えかねるように、声を上げた。
すかさず、すまないと謝る男戦士。
しかし、文句を言われても、身体を動かす余裕などどこにもない。横にずれようにも、そこには皺枯れた顔をした麻の服を着た老婆が、おぼつかない足取りで歩いているのだ。
前を歩くのも、膨れ上がった背嚢を担いだ行商人だ。
この状況ではどこにも、女エルフのためにスペースを作ってやることは難しい。
眉間に皺を寄せた男戦士に代わり、青年騎士がまぁまぁと声を女エルフにかけた。
「混雑しているのはここだけですから、もう少しだけ我慢してください」
「本当に? 首都に来るのは初めてだけど、信じていいのね?」
「あれ、モーラさん初めてなんですか?」
「だぞ? こっちの方に冒険に来ることはなかったんだぞ?」
残念ながら、と、女エルフ。
男戦士とコンビを組んで、冒険者稼業を始めるまで、ろくすっぽに村から出なかった女エルフである。その後、冒険で色んな所に出かけはしたが、もっぱら拠点の街を中心にして活動しているため首都に来るのはこれが初めてだった。
対して女修道士とワンコ教授は、パーティに加わるまでミクロ国家群に活動拠点を置いていた。
教会の本部も、ミクロ国家の最南端の国にある。
また、ワンコ教授が所属している大学もまた、ミクロ国家の一つにあった。
そのため、男戦士たちが拠点としている街へとやって来る過程で、この首都を通っていた。また、それでなくても、何度となく首都へやって来る用事があった。
まったくお上りさんは彼女一人という訳である。
「このくらいの混雑で音を上げるなんて、なさけないんだぞ、モーラ」
「そうですよモーラさん」
「……うぅっ、悪かったわね堪え性がなくって」
だが、ふとその時、女エルフは思い出した。
そういえばからくり侍の奴はどうしたのかと。
東の海の果てからやって来た彼女もまた、自分と同じくお上りさんではないか。この混雑の中を難儀しているのではないのか。
さりげなく、女エルフは後ろを振り返ってみる。
だがそこには期待した――人ごみにもみくちゃにされた、からくり侍の姿はない。
どころか、彼女は忽然とその場から姿を消していた。
あれと思わずつぶやいたのも束の間。
「ティト殿ぉー、モーラ殿ぉー、先に中で待っているでござるよぉー!!」
突然、頭上より声がしたかと思うと、再び正面に女エルフが顔を戻す。見れば、目の前の門の上、弓兵たちと肩を並べたからくり侍が、こちらに手を振っていた。
毅然として街を見下ろしていた弓兵たちに動揺が走る。
唖然と、青年騎士が口を開いてその場に足を止めた。
「あの子、なにやってるのよ!!」
「ほう、この人ごみの中を抜けるばかりか、塀を飛び越えて見せるとは。戦士技能だけでなく、盗賊・狩人技能も相当と見えるな」
「感心している場合じゃないでしょ」
止まれ曲者、と、からくり侍に弓を向ける弓兵たち。
そんな彼らをからかうように身をひるがえしたからくり侍は、ひょいと男戦士たちに背中を向けると、塀の向こうへと姿を消した。
待て待てぇと、弓兵たちが塀の中へと視線を向けて怒号を上げる。
「……あとで、連邦騎士団の方から説明をしておきます」
うんざりとした感じで言う青年騎士。
そんな彼に女エルフは、自分のことでもないのにごめんねと謝るのであった。
「それならロイド、もう一つ頼んでおきたいことがあるんだが」
「なんですかティトさん?」
「俺のエロ魔剣がどこかに行ってしまった。探しておいてくれないか?」
「……はぁ?」
素っ頓狂な声を上げたのは女エルフだ。
何を言っているんだと男戦士の腰を見ると――たしかにそこには、あるはずの魔剣の姿がなかった。
いったいこれはどうなっているのか。
何故剣がいきなりなくなっているのか。
唖然とするより早く。
「いやぁっ!! ちょっと、痴漢よぉっ!! って、剣!?」
「でへへっ、姉ちゃんええ尻しとるのう!! グーッド!! のほぉ、そっちのボインちゃんもええのう!! マシュマロに俺様を挟んでちょーよ!!」
「いやぁ、なにこの変な剣!!」
「やぁーん!!」
桃色の声が前の方から聞こえてきて一同は察した。
人の体を操ることなど造作もない魔剣エロスである。
おそらく、この人ごみの中を、その術でもってかき分けて移動したのだろう。
からくり侍といい、エロ魔剣といい、厄介事しか起こしてくれない。
「……勘弁して」
女エルフが頭を抱えたのは無理もなかった。
やはり仲間は無暗やたらと増やすものではない。
「くっ、エロス。なんてうらやま……もとい、抜け目がないんだ!! なるほど、万の大軍がやって来たとしても、奴が人の体を操って……」
「おい、うらやましいって言ったか、おい」
「……敵と戦い続ければ、数の多寡など問題ではない!! 魔剣おそるべし!!」
「おい、ティト、こっち見ろ、オラ」




