第312話 どエルフさんとどろり濃いミルク
「どろり濃いミルクとは!? いったいどいうものなんです、モーラ氏!!」
凄く真面目な顔をして、女エルフに迫る青年騎士。
頭が痛そうに額を抑えて、待って、落ち着いて、と、女エルフは彼に言う。
その横で、得意満面な笑顔をするのは男戦士だ。
どうだ、俺は彼女のことをここまで知っているんだぞ――といわんばかりである。
とりあえず、腹が立ったので女エルフはそんな男戦士に、火炎魔法をくらわした。
一瞬にして定番のアフロヘアーになる男戦士だったが。
「何故なんだモーラさん!! お茶はやっぱりミルクティーに限るなと、前に言っていたではないか!!」
「言ったわよ、あぁ、それは確かに言ったわよ!!」
「だろう!! 濃厚なミルクティーが好きなんだろう!!」
「そうも言ったけれど!!」
「つまり――どろり濃厚が大好きなんだろ!!」
「そうは言ってないわよ!!」
何故だ、と、叫ぶ男戦士に、女エルフがまた火炎魔法を浴びせかける。
疲れのせいか、それとも、人前で要らぬ恥をかかされたせいだろうか。
今日はちょっとその一撃にも容赦がなかった。
戸惑いもなかった。
そんな二人のやりとりを眺めながら――。
「くそぉっ!! 私としたことが、なんと迂闊な!! 淑女の嗜好すら読み取ることができないなんて――それでいったい何が騎士というのか!!」
いきなり声を荒げたのは青年騎士だ。
彼は膝を折ると、土がむき出しになった街道を手袋で覆った手で叩いた。
土煙がやにわに舞って、街道に吹く風に乗って揺れる。
その心の底から悔し気な声色。
そして表情に、女エルフが流石に申し訳なさそうに顔をしかめた。
「うん、まぁ、確かにミルクティーが好きなのは認めるわ。けど、そりゃ、贅沢というものでね。私も分かっているつもりよ。お茶が飲めるだけでも十分幸せよ」
「いいえ!! そんな風に貴女に気を遣わせてしまっている時点で、私は騎士として失格です!! ミルクポーションくらい、当然、用意しておくべきでした!!」
「馬鹿者、ミルクポーションではない!! どろり濃いミルクポーションだ!!」
「ティト殿!!」
「だから、その余計な修飾語はやめい!!」
復活した男戦士に、すかさず今度は雷撃魔法を浴びせかける女エルフ。
日焼けサロンいらず。
こんがりと焼かれた男戦士がその場に倒れた。
この話、どう収集をつけるつもりなんだ。
女エルフの口からため息が漏れる。
そんな中で、うっ、うっ、と、青年騎士が嗚咽を漏らしだした。
「情けない……私は自分が情けない!! 格好ばかり取り繕って、中身がまるで伴っていない、騎士のはりぼてのような自分が恥ずかしい!!」
「……いや、恥ずかしいのはどっちかというと、うちの男戦士だから」
「馬鹿者!! 泣いている暇があったら、自分に何ができるのか考えるんだ!!」
「ティト殿ぉっ!!」
しぶとく立ち上がった男戦士。
まだ言うかと、また魔法を放とうとしたのだが――。
危険を察知したのか、それとも学習したのか、すかさず青年騎士へと彼が歩み寄ったのでそれは叶わなかった。
険しい顔の女エルフをよそに、男戦士が青年騎士の肩を叩く。
顔を上げた彼に男戦士は、さすがに年長者、そして、元指導者という敬意の念を抱かせる、力強い顔を向けたのだった。
「考えるのだ、今の自分にできることを。今の自分が尽くせるベストを」
「考える……自分のベスト……!!」
「戦場でも冒険でも、時にどうにもならないことが起こるものだ。その時、生死の際を分けるのは、最後の最後まで考え切る知恵があるかどうかだ」
「なるほど」
「ミルクが手元にない、それは仕方ない。ならばそれとして、自分にできることを考えるんだ。最後まで諦めなかった者こそ、真の勝者であり、騎士なのだ!!」
「……分かりましたぁっ!!」
青年騎士が立ち上がる。
嫌な予感しか、もう女エルフはしなかった。
彼はにわかに女エルフの方を見ると、どうぞ自分の姿を見ていてくれ、とばかりの、凄みのある顔つきを見せた。覚悟を決めた男の顔である。
しかし。
その覚悟がどうしようもないものなのは――彼の口が開かれるより前に分かった。
この話の流れはあれだ。
いつもの奴だ。
と、女エルフは直感していたのだ。
「モーラ氏、御迷惑をおかけしました。今から、貴女の欲しているどろり濃いミルクを、用意したいと思います」
「いや、用意って。どうするつもりよ」
「《《私が、おっぱいから出します》》!!」
「いらんわ、そんなミルク!!」
鎧を脱ぎ捨て、上半身裸になり、唐突に厚い胸板を白日の下に晒す青年騎士。
引き締まったその白桃のような肌が、太陽の光を浴びて輝く。春に咲く花のように、鮮やかな赤みを帯びた突起がついたそれに、そっと手を添えると、彼は――。
「うぉぉおおおおっ!! でろぉおおおおっ!! 俺のミルクぅううううっ!!」
サービスシーンにしては、考えうる限り最悪な台詞を口にしたのだった。
「やめんか!! いらんと言うとろうが!! そもそも出てたまるか!!」
「気合いだ!! ロイド!! 成せば成る!! 揉めば出るさ雄っぱいも!!」
「お前もなに焚きつけてんだアホ戦士!! 出たら困るわ!!」
やめろやめろと青年騎士を止めにかかる女エルフ。
そんな彼女の横で、男戦士もまた、ひょいとその鎧を脱ぎ捨てると、ごつごつとした諸肌を太陽の下に晒したのだった。
腐女子のみなさまおまたせいたしました。
「ロイド安心しろ!! お前だけに出させはしない!!」
「流石ティト殿ぉ!!」
「俺も出そうではないか、漢のミルクという奴を!!」
ふぬぁあああああっ!!!!
騎士二人の魂を震わせたような雄たけびが晴天に木霊し、女エルフのやだもーという声が続いて青空に吸い込まれた。
やだもー、このアホたち。




