第275話 ど男戦士さんと鬼になるとき
「全裸なのはいい、それは許そう」
「……うむ」
「しかし、せめて前を隠してくれ。ただでさえ女所帯なんだから」
「いや、そんなこと言っている場合じゃないだろう、モーラさん」
「だまらっしゃい!! だいたい、アンタはいつだってそうよ!! なんでもかんでも、変な方向に話を持って言ってくれて本当に――どうしたいのよ!!」
クライマックス。
シリアスモードもシリアスモード。
さぁ、ここに今、最終決戦が始まろうという所に、全裸で突っ立つ男戦士。
そりゃまぁ、女エルフも怒ってというか、呆れてお冠になるのはしかたない。
そしてそんな風に迫られれば男戦士も全裸正座まったなしである。
局部を太ももの間に挟んで見えなくした男戦士。
申し訳なさそうに彼が目を伏せる中、お説教はまだまだ続く。
「何かこう、隠すのに適当なものとかなかったの!!」
「……前に戦った時に手に入れたミノタウロスの角なんかがあるけれど」
「あれは遺品でしょ!! そんなことに使われる、クダンちゃんの気持ちにもなってみなさいよ!!」
「いや、けど、前に一回つけてるし」
「そういう問題じゃない!! もっとこう、死者に敬意を持てと!! というか、フルプレートメイルの兜でもかぶせとけばいいでしょ!!」
「そんなことしたら、兜が被れなくなるじゃないか!!」
「あんたが受ける精神的被害より、こっちの精神的被害の方が大きいのよ!!」
完全に、コウメイそっちのけで痴話喧嘩。
これはどうしたらいいのだろうかと、コウメイが乗った青の鉄人も、空中で静止して手をこまねいていた。
いつものどエルフワールド炸裂である。
こうなってしまうともう、誰も彼らを止めることなどできない。
「……だいたい、今更裸の一つくらいでなんだというんだ!! さんざん、これまでだって俺の全裸をモーラさんは見てきたじゃないか!!」
「人を痴女か何かみたいに言うな!!」
「どエルフだからって、なんでもかんでも許されると思ったら大間違いだぞ!! 俺だって、本当はこんな風に全裸になりたくなんかないんだ!!」
「だったら、ならなけりゃいいでしょ!! そう思うなら何かで隠せよ!! せめて内また気味にして、見えないように努力するとか!!」
「しかし、しかしだ……男が内またで、股間を隠しながら立つ。そんなポーズで、はたして格好がつくだろうか。やはり男なら、大股開きで!!」
「格好の話はどうでもいいから!! というか、全裸の時点でもうどうあがいてもしまらないわよ!!」
「そんなことはない!! 尻の穴くらいは締まらせられる!!」
「そんなもん締めてどうすんのよ!!」
あの、そろそろ、こっちに話を戻してもらっていいでしょうか。
そんな控えめな声が、空から降り注いでくる。
あの大宰相コウメイも、怒り心頭の女エルフを前にしては、迂闊に声も出せぬという塩梅らしい。
しかし――。
「ちょっと今大事な説教中だから、少し黙っててくれる!!」
「……はい」
コウメイの要望は無慈悲にも却下された。
それくらい、抗いがたい剣幕だったのだ。
はたしてローブの下に忍ばせている水着のせいか。
それとも、ここクライマックスに至ってまで、まだしょうもないことをする、男戦士に愛想をつかしてかは分からない。
とにかく、今日の女エルフは、ちょっといつもより怒りっぷりが激しかった。
「だいたい、鬼に変身して戦うって言うけど、どうするのよ!! 鉄の巨人との体格差を考えなさいよね!!」
「それはその、いや、もうなんていうか、そうしないと収拾がつかなさそうだし」
「献身は美徳かもしれないけど、無謀な自己犠牲はただの蛮行よ!! 勝ち目があって言うならともかく、勝機もないのにそういうことしない!!」
「……けど!! そうしないと、モーラさんたちが危ないと思ったから!!」
「……ティト」
うるり、と、女エルフの瞳に涙が浮かぶ。
が、しかし。それに乗じて立ち上がろうとした男戦士に、すぐにその涙は乾いた。
「ステイ!! ステイステイ!! とにかく、立ち上がるな!! 内またからそれをはみ出させるな!!」
「……くっ、では、いったいどうやって鬼に変身しろと言うんだ!?」
「そのまま全裸正座のままで変身すればいいじゃない!!」
なるほど、その手があったか、と、納得する男戦士。
そして、納得するんかい、と、呆れかえる女エルフと背後の一同。
ポンと手を叩いた男戦士は、よし、それでは、と、息を吐くと、全裸正座の状態のままきりりとした表情で前を向いた。
「我が身に宿るは猛り狂う紫の巨鬼!! 怨鬼降身、地殻を貫き、天に哭くもの!! 赫青鬼アンガユイヌ!!」
正座したまま、男戦士の腹の紋章が紫色に光る。
そのまま、むくりむくりと体中の筋肉が盛り上がったかと思えば、男戦士は、鬼へと変貌した。そうして、元の身長の倍くらいまで大きくなると、彼は魔剣エロスを握りしめると、立ち上がって大きく天に向かって咆哮したのだった。
「オォォオオオオオンン!!」
鬼への変身に前後して、股間のマグナムは何処かへと消えた。
よし、と、女エルフが納得したように首を縦に振る。
そうして彼女は振り返ると、コウメイに向かって指を向けた。
「かかったわねコウメイ!!」
「なっ、なに!?」
「変身する僅かな隙を狙って、攻撃をされたら――そう思って、わざとこんな小芝居を打ってみせたのよ!! おかげで、こっちは無事に戦闘準備完了よ!!」
「いや、そんなことしなくても、物語のお約束的に、変身中に攻撃なんて……」
というか、本気で怒ってるんじゃなかったのか。
困惑する鉄の巨人――の中のコウメイ。
さぁ、やっちゃいなさいな、という、女エルフの号令と共に、紫の巨鬼が、それに向かって躍りかかった。
かくして、最終決戦の火蓋が切られた。
「……本気で怒ってるのかと思ってました」
「……だぞ」
「まぁ、八割くらいは本気よ。そりゃねぇ」
ですよね、と、女修道士とワンコ教授が女エルフを見る。
しかしながら、そのおかげで、好機を得ることはできた。
今回ばかりは字義通り、流石だなエルフさん、さすがだ、という所であろう。




