第207話 どエルフさんとアイスゴーレム
「はやい、はやい、すごいんだぞぉ!!」
「これはなんとも快適ですね」
「そうね。これは流石に快適だわ。いやぁ、幸運な出会いに感謝という奴ね」
ハーティが曳く犬ぞりに乗ったワンコ教授、女修道士、そして淫乱ピンクの熊の格好をした女エルフ。
その後ろを走るのは、頂点を削って食い込み辛くなったとはいえ、まだまだ走るのに適していない形状の三角木馬にまたがった男戦士とスコールだ。
結局、三角木馬なんぞに乗れるかという話になり、じゃんけんの結果、男戦士が貧乏くじを引くことになった。
まぁ、この手のことには動じない男戦士である。
雪原を三角木馬に乗った男が、狗族の男に曳かれて走っていくなど、シュールもいいところの姿だが、まったくぜんぜんこれっぽっちも意に介さない感じであった。
お尻は時々、痛そうに掻いていたが。
「しかし、絶景だなヴァンの氷河は」
「だぞ。万年かけて、この氷が海まで流れ出ると言われてるんだぞ」
「ほえー、気の長い話ね」
「モーラさんなら生きて見れるんじゃないですか」
「エルフでも万年生きてる奴なんていないわよ。寿命のないハイエルフとかなら話は別だけれど」
「パイエルフがどうしたって!?」
「なんでお前はこういうときだけ敏感に反応するんだ――って、ちょっと待って」
女エルフがソリの上で立ち上がった。
視界最悪、ピンクの熊のかぶりものをぐっと手で押さえて、前方確認用の穴に目を近づけると視線を凝らす。
氷河の中、ごそりごそりと蠢く何かがそこには見えた。
すぐにそれがなんなのか、女エルフは気が付く。
「アイスゴーレムだわ!! 気を付けて!!」
【モンスター アイスゴーレム: ゴーレムと同じ原理で、魔力を持った氷が人の形を模した疑似生命モンスター。主に氷穴や寒冷地、高山などに発生する。普通のゴーレムと違い、再生能力に難はあるが、土と違って氷でできているため攻撃能力は高い。なお、非常に純度の高い水よりできているため、削って食べると美味しいことで知られ、高級食材としても知られる。一度砕いてシロップを混ぜ込み、再度固めた食べ物は、誰が言ったかガリガリゴーレムくんと呼ばれ、王侯貴族の間で親しまれている】
もちろんモンスターがいないなどとは思っていなかった男戦士たちである。
ソリの上で臨戦態勢をとる。しかしながら、足場が不安定、かつ、動作中のソリでは、いかんせんコンディションとしては最悪である。
できればこちらに気づいてくれるなと女エルフは念じたが、大雪原の中を疾走するソリと三角木馬に、気が付かないあ訳がない。
ゴーレム特有の言葉にならない咆哮をあげると、三体のアイスゴーレムが、女エルフたちのほうに向かってきた。
「まずいわ。ハーティ、いったんソリをとめてちょうだい」
「いや、このまま逃げ切ろう。淫乱ピンク――いや、モーラどの、何かかく乱の魔法などは使えないだろうか」
「使いたいけどこの格好じゃ身動きがとれないのよ」
会敵したら、まずは男戦士に任せて、ゆっくりと戦闘準備をしようとしていた女エルフ。すっかりと魔法の杖などは後ろの荷台である。
そうこうしているうちに、アイスゴーレムの一体がソリの横から襲い掛かる。
「私に任せてくださいモーラさん!!」
「コーネリア!!」
そう言ったのはソリに腰かけたままの女修道士であった。
彼女が構え、突き出したその手には、いつもの野太い杖は持たれていない。
そう、持つ必要がないのだ。
「お忘れですか、この私には力強い精霊王の加護があることを」
「――そうか!!」
作者もすっかりと忘れていた。
と、今にも殴りかかろうとするアイスゴーレムに向かって、彼女はその名を唱えた。
「我が求めに応じてその力を示せ――火の精霊王イフゥ・リート!!」
「|アオアオオフアオアオアオフーッ《んほぉ、久しぶりかつ予期せぬ出番に興奮しちゃうーっ》!!」
女修道士が気に入られ契約している火の精霊王。その紅蓮の炎がアイスゴーレムを一瞬にして溶かした。
おぉ、と、狗族の戦士たちが驚きの声を上げる。
次々に襲い来るアイスゴーレム。それに対して、イフゥ・リートを召喚して、次々に溶かして回る女修道士。
精霊王の火力恐るべし。三体のそれらは、氷河の一部と変わり果て、やがてあたりに静寂が訪れた。
「さぁ、これで一安心です。上流に急ぎましょう」
「あぁ、そうだな」
男戦士たちが真顔でそういう中、狗族の戦士たちがまだ驚いた表情をしている。
これはいったいどうしたのだろうか、と、男戦士たちが首をかしげる中、女エルフは例によっていつもの、いやな予感をひしひしと感じていた。
「まさか、まさかという奴だな」
「あぁ、淫乱ピンクの熊おそるべし」
何をそんなに驚くことがあるのか。そもそも、倒したのは淫乱ピンクの熊の着ぐるみを着ている女エルフではなく、普通の格好の女修道士の方だ。
しかしそう、その格好に問題があった。
「股から炎を噴き出して、邪悪なるものを焼き払うとは、なんという恐ろしい神通力」
「そのような凶悪かつ卑猥な攻撃方法をする者を、俺たちは知らない」
そう、女修道士の手は、座っている関係上、女エルフの股から出ていた。
そしてそこから、イフゥ・リートの炎は噴射された。
淫乱ピンクの熊、股から炎を出して悪しきものを氷の大地に還す。
それは北の大陸の狗族に伝わる話に、あらたなエピソードが追加された瞬間だった。
「流石だな淫乱ピンクの熊、さすがだ」
「さすがだ」
「さすがじゃなぁいっ!!」




