第168話 ど戦士さんと青い真実
女エルフが暗黒騎士の相棒と思わぬ再会を果たしたその時、はたして、男戦士たちの処刑が開始されようとしていた。
磔にされた二人を前にして、急ごしらえの木製の台座に上がったのは女王カミーラである。そんな彼女の後ろに、まるで侍女のように本来であればこの場を取り仕切るべき立場である、エリザベートが続く。
女王と第一王女の登場に群衆が沸く。
男戦士もヨシヲもその熱気に思わず後ろを振り返ろうとしたが、それは、強く戒められた体によってままならなかった。
「聞け、我が国民たちよ!! この者二人は、いやしくも、我が城に忍び込み、下着泥棒を働こうとしたど変態である!!」
女王が発した言葉に、場が、おぉう、と、どよめいた。
身も蓋もない説明である。いや、それには深い事情があるのだが――言い逃れ用のない事実には違いない。確かに、ヨシヲがやろうとしたことは下着泥棒である。
女が主体である白百合女王国である。広場に集まった人々も多くが女性であれば、下着泥棒の言葉に思わず嫌な空気が立ち込める。
すぐさま飛び交ったのは礫。人の拳大はあろうそれが飛び交い、男戦士とヨシヲの体を打った。
投石は原始的な攻撃なれども、意外とダメージの大きいものだ。当たり所や、当たる石によっては、死んでもおかしくない場合もある。
一つ、大きな石が、男戦士の頬に当たる。上手く合わせて、頬骨からずれたそれだったが、口の中を切ったのか、唇の隙間から血が滴り落ちる。
それでも礫の嵐はやまない。
「やめよやめよ!! こやつらの罪は、女王国の法によって下される!! 我が愛しき臣民たちよ!! 下着を盗まれるという行為に対して、打ち震える怒りは同じ女として分かるが、文明に生きる者としてここはこらえるのだ!!」
女王陛下の言葉によって、ようやく投石が止んだ。
しかしながら、いささか止めるのが遅い。男戦士も、ヨシヲも、体中に赤いあざをいくつも造っていた。
致命傷ではないがなかなかひどいありさまである。
その怒りはもっともだが、感情に任せてここまでのことができる民衆は怖いと、男戦士はここに来てうすら寒いものを背筋に感じた。
「では、これより女王にしてこの国の元首である妾が直々にそなたらを裁く」
老女とは思えぬ張りのある甲高い声を響かせて女王が宣言する。
彼女は後ろを振り向き、そこに控えていた第一王女に目を向けた。それに合わせて、少し戸惑った様子で、第一王女は手にしていた書簡を女王へと渡した。
それは、これから処刑する二人に対して、白百合女王国の警察組織が調べ上げた、身上調査書であった。
「まず、冒険者ティト!! 我々と政治的に敵対する、中央連邦共和国のギルドに所属する男戦士だ!! 男尊女卑の文化圏からやって来た男――つまり、我々女の敵である!!」
ひどい言われようだ。
その理屈が通るならば、この世の男はみな敵ということではないか。
しかし、女王陛下のその宣言に、その場に居た民衆たち――彼女の親愛なる臣民たちは狂喜乱舞した。
どうやらこの国に、革命が必要だという、ヨシヲたちの言葉は本当らしい。
「どういうつもりで入国してきたのかはこの際問題ではない。彼の男は、けがらわしい男でありながら女の格好をし、みだりにこの国の風紀を貶めた。さらに、侍女に化けて妾の寝所に侵入し、下着を盗もうとした――よって死刑、火あぶりの刑とする!!」
随分と話が盛られていた。男戦士はすぐさま抗議をしようとしたが、口の中を切ったせいで、うまく声をあげることができない。
まいったな、そう、思た矢先、ヨシヲと目が合う。
これがこの国のやり方である。最後の時まで揺らぎないその革命家の瞳が、男戦士を慰めるように、そして、男としての尊厳を示すように、静かに日の光を宿していた。
ここに及んでこの潔さ――。
「やはりただ者ではないな、ブルー・ディスティニー・ヨシヲ!!」
「続いて、レジスタンスの首魁にして、この国の転覆をはかろうとせし者!! ブルー・ディスティニー・ヨシヲ――またの名を、東の村の農家の三男坊にして、無駄に雷魔法の適正だけはあっただけの一般人、ブルック!!」
「なっ、なにぃっ!?」
思いがけず暴露された革命の戦士の本名に、男戦士は戦慄した。
というか固まった。
ヨシヲ――またの名を一般人ブルックが、初めてその顔を青くする。
どうやらそれは本当のことらしかった。
「この男、自分は異世界から転生してきた、この世界を救う運命にあると周りに風潮し、妄りに女王国の平和を乱した――さらには、男たちによる革命を企図しレジスタンスを結成、その活動の一環として妾の下着を盗もうとした!! この欺瞞、その妄言、もはや弁明の余地はない!! よって、同じく死刑――火あぶりの刑とする!!」
わぁわぁ、と、盛り上がる群衆たち。
死刑執行の声と共に、男戦士たちの足元の薪に火がくべられる。
しかし、今の男戦士にとって、《《そんなことはどうでもよかった》》。
「どういうことなんだヨシヲ!! お前は、この世界を救うために、異世界から青い運命に導かれてやって来た、伝説の戦士ではなかったのか!!」
「――ティト。信じてくれ。俺は間違いなく、伝説の青い戦士だ!!」
「証拠は!! 証拠は何かあるのか!!」
「ある訳がないだろう!! 俺は異世界から転生してきたんだぞ!!」
ちょっとキレ気味に言う青い戦士。
それは、男戦士が初めて見る、ヨシヲの激高した顔であった。
何を言われても最後まで革命の戦士然としていた彼のその狼狽えぶり。
あぁ、そうだな、それもそうなんだが、と、男戦士が言葉を失う。
「そんなもの――俺の頭の中にある微かな記憶だけがすべてだ!!」
「微かな記憶だと!?」
「――お前は青い運命に導かれてこの世界を救うのだ。そういう声が聞こえるのだ」
ここ二・三年、と、小さな声で付け加えたのを、男戦士は聞き逃さなかった。
そして察した――あ、これ、厨二病的な奴だ、と。




