第148話 ど店主さんとギルドマスターのお仕事
「よし、お前さんたちもう大丈夫だぞ。奴隷商なんかに捕まって怖かっただろう。さぁ、パンとスープをたんとおあがり」
所変わって、ここは商人ギルドの寄合所。
店主の差配により、パンとスープが奴隷の少女たちの前に運ばれてくる。街でもそこそこ名の通った大衆食堂のお手製のそれに、彼女たちはすぐにかぶりついた。
よっぽどまともなご飯を食べさせてもらってなかったのだろう。
こちらも困惑するようながっつきぶりに、食事を持ってきた大衆食堂のおかみが目を剥いていた。
男戦士たち一行もその場面には立ち会っていた。
だが、おかみと違って――そういう荒事を見慣れている彼らの中で、目を剥いたのは、少女たちと同じ背丈くらいのワンコ教授だけであった。
「あんたたちよかったね、偶然にしたってこの街を通りかかって。うちのギルドマスターはこういうのに五月蠅いから」
「商売人とか抜きにして、人に値段をつけるって行為が俺は気に入らねえんだよ」
立派な方だったんですね、と、女修道士が頷く。
流石にこれにはいつも店主のやることなすことに噛みつく女エルフでも、口を噤んで同意するしかなかった。
崇高な志を持っているからこそ、ギルドマスターが務まるのか。
はたまた、ギルドマスターという責務が、彼に尊い人間性を与えたのか。
その辺りは定かではない。
ただ、奴隷として売られていく宿命だった少女エルフたちを救い、温かいパンとスープを与えたというその事実だけが重要だろう。世に人格者と呼ばれる人は数多といるが、実際にこのように行動に移せる人間というのはいないものだ。
しかし。
どうしても男戦士たちの頭を過るのは、この後のことである。
「助けたのはいいが、これからどうするつもりなんだ」
「教会に相談していただければ、成人するまでの保護はできますが」
「問題は職場よね。エルフ族って、村から出たら冒険者になるか、そういう仕事をするかのどちらかだから――」
そういう仕事、と、言葉を濁して行ったが、要するに水商売である。
魔法の才能に長けるエルフ族とはいってもそれを習得する場がなければ、使える者も使えない。技能のない者たちが辿るのは、男性・女性を問わず体をひさぐ――そういう安易な道しかない。
あるいは知己を得て、普通の職業に就くものや、水商売で得た財を持って大きく躍進する者もいるが――。
「知人なんてまずいないからねぇ」
人間社会でエルフが生きていくというのは、そう易々としたものではない。
それは、女エルフもよくよく知っていることであった。
今は無心にパンをかじっている少女たち。
彼女たちに待っている未来が、その肩の向こうに見えるからこそ、女エルフの身が震えた。
同族の少女たちを憐れみながら、しかし、何もできない自分に彼女は目を伏せた。
そんな女エルフの肩を、そっと男戦士が叩く。
「大丈夫だ。店主を信じろ。あの人は、エルフのためだったら、なんだってやる男だ」
「――ティト」
「同じエルフ好きとして、俺はあの店主を尊敬している。きっと、今回も何かいい方法を考えてくれるに違いないさ」
なんといっても、趣味が高じてエルフ専門店なんてものを構えた男である。
いまさらどうして、少女エルフたちの扱いに苦慮するような、そんな姿は思い描けないだろう、と、男戦士が言う。
確かに、と、頷く女エルフたち。
あんな暴挙をなせるだけの行動力があって、これくらいのことで、どうにもできないということはないだろう。
「ティト。それとモーラちゃん。悪いが、ちょっと依頼があるんだ」
ふとそんな納得をした彼女たちに、いつの間に近づいたのか、店主が声をかけた。
いつもは半笑い、商売人らしく人当たりの良い笑顔を常にたたえているその顔が、今回ばかりはどうして真剣な男の顔になっていた。
なんだ、言ってみてくれ、と、その顔に応える男戦士の表情も真剣だ。
同じ男として、そして、エルフを愛する者として、期待に応えたい。そんな思惑が彼の瞳からは溢れていた。
「ずっと前から思っていたんだ。あの子たちのような、身寄りのない少女エルフちゃんたちのために、俺にしてやれることはないだろうかって」
「ずっと思ってたの。それはそれで気持ち悪いわね」
「同意見だ。流石だな店主さん、さすがだ」
「同意見なんかい!!」
同じエルフとして喜んでいいやら、悪いやら、と、女エルフが難しい顔をする。
手を取り合う男戦士と店主。そして、何かを覚悟した男店主は、目を瞑り、一度大きく深呼吸すると、その考えを男戦士たちに告げた。
「――俺、彼女たちが人間社会でちゃんと働ける、場所を用意してやろうと思うんだ」
「場所?」
「まさか、エルフ専門店でバイトさせるって言うんじゃないでしょうね」
まぁ、ある意味ではそうかもしれない、と、女エルフの言葉に頷く店主。
男戦士の手を離すと、彼らに向って男の背中を向けた彼。
店主はそうして、これまでの人生でいろんなものを背負って来た、その背中を存分に彼らに見せつけて言った。
「俺、エルフ喫茶をはじめようと思うんだ」
年齢を感じさせる背中に反して、その言葉はなんとも軽くそしてミーハーだった。




