第146話 どエルフさんと哲学
女エルフの必死の弁明――という名の鉄拳制裁――により、彼女にかけられたあらぬ疑いは解かれることとなったのだった。
「とにかく、私はもうちょと使えそうな書物がないか探してるから、あんたは一般文芸のコーナーでも見てなさい」
「分かったよ。じゃぁ、俺もモーラさんも使える本を探しておくとしよう」
「そうそうエルショタ系で途中でちょっとリバ入るような感じの――ってこらぁっ!! そんなん買いに来たんとちゃうわぁいっ!! たまには普通の本読んどけ!!」
といっても、特にこれと言って、書物に興味のない男戦士である。
読んどけと言われてもな、と、彼の眼は泳ぐばかりであった。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして。
「いやぁ、なかなか使えそうな本があったあった。ティト、そろそろ帰ろうか――」
「怒りはしばしば道徳と勇気の武器なり」
毒薬について書かれた研究書籍を何冊か見つけ、既に会計を済ました女エルフ。
両手で抱えるようにして本を持ち、男戦士を向かわせた一般文芸の棚へとやって来た彼女は、そこで棚に背中を預けながら実に似合わない真剣な表情をしている男戦士を目にした。
おもわず、ぼろりとその手の中から書籍がこぼれ落ちる。
その音に男戦士が読んでいた本を閉じると、これまたいつもの彼らしくない、どこか冷ややかな視線を女エルフに向けた。
「モーラさん。買い物はもういいのかい」
「えっ、えぇ、もう、済んだけれども――えっと、ティト、さん?」
「どうしたのかな?」
「いや、あんまりにも、なんかいつもと雰囲気が違うので」
そうかな、そんなに違うかい、と、頭を掻く――のではなく、梳いて言う男戦士。
どこかキザなその態度に、イラりと女エルフの眉間に皺が寄った。
またどうせ、ろくでもない本を読んで影響を受けたな、これは、と、女エルフが男戦士の手元を見る。
そこにはアリストテレスの言葉と書かれた、哲学書が持たれていた。
【キーワード アリストテレス: 古代の思想家。あまりにもその著作が多く、その知識の範囲が多岐に渡っているため、本当はアリスとテレスという二人の人物による共同著者名だったのではと言われている。時にブラックユーモアにあふれる作品をアリスト・Ⓐ・テレス。サイエンスに不思議な話に富んでいる作品をアリスト・F・テレスと呼んだりするとかしないとか】
「まぁ、あんたにしては、なかなか学のある本を選んだとは思うけれど」
「素晴らしい言葉の数々だった、うむ、なんだろう、人間として一回りも二回りも大きくなれる様な、そんな言葉の数々に俺は驚かされたよ」
「――こっちのが驚かされたわよ」
時にモーラさん、こんな言葉を知っているかい、と、男戦士がもったい付けたそぶりを見せる。
この手の哲学書は山村にひきこもっていた時に、あらかた読みつくしてしまった女エルフ。彼女は何も言わずに男戦士の言葉を静かに待った。
「多数の友を持つ者は、一人の友も持たず」
「あぁはいはい。みんなと仲良くしすぎると、本当の心中を晒せるような心やすい相手がいなくなるって奴ね。知ってる知ってる」
「吾人の性格は、吾人の行動の結果なり」
「アホなことしかしない奴は、やっぱりアホだっていう意味よね。行動が性格を表すとはよくよく考えると当たり前のことだけれど、謹んで生活したいものよね」
「幸福は自主自足の内にあり」
「自分でなんでもできるのが一番幸せってのは、本当にその通りよね」
「賢者は苦痛なきを求め、どエルフは快楽を求める」
「賢き者は平穏を求める者だよっていう哲学――おい、混ぜるな、おい、勝手に名言の中にどエルフ混ぜるな」
「アリストテレスの時代から、どエルフはいたのか。そう思うと、歴史の重みみたいなものを感じてしまうよ」
「おらんわ!! どエルフそんな時代からおらんわ!! というか、そもそもそんなのはお前の妄想、どこにもおらんから!!」
正しくは、「賢者は苦痛なきを求め、快楽を求めず」である。
あまりにも女エルフが、自分の学んだ言葉を知っているものだから、すねた男戦士が混ぜたのであった。
「そうやって波風の立つ言い方をするあたり、やはりモーラさんは賢者ではなくどエルフ――わざとそうしているんだね、分かるよ」
「そんなことを分かる前に、何度否定してもエロキャラ扱いされる私の心中を分かってちょうだいよ頼むから」
「ツンデレなんだろう。そしてマゾエルフなんだね。流石だなどエルフさん、さすがだ」
「――もう、勝手にせい」




