第129話 ど起動戦士さん
キイロマダラヘビ――もとい、一部の蛇毒は傷口から、その対象の体内に侵入することにより効果を発揮する。
いわゆるこちらの世界で言われるところの出血毒だ。
体内に蓄積することで中毒症状を起こす神経毒や食虫毒と違い、出血毒は傷口の細胞を破壊して出血を止めなくする効果がある。
このため免疫機能や代謝を高めて毒を治す、浄化魔法での回復が難しい。
森で暮らすエルフの端くれである女エルフである。
蛇の毒についてはそのあたり、よくよく熟知していた。
助からない、と、女オークは言った。
だが、それは広く言われている人間世界での知識の話。
過去に何度か、ヘビに噛まれた同胞が、早急に傷口からそれを吸い出すことで、命を取り留めたのを彼女は知っていた。
「お願いよ、ティト。死なないで――」
懸命に、何度も、何度も。
女エルフは、男戦士の頬についた傷口から、その毒を吸い出す。
しかし、吸えども吸えども、出血は止まらない。
キイロマダラヘビの毒がそれだけ強烈だということだろうか。
「無駄よ。そんなことをしても、焼け石に水って奴だわ」
「――うるさい!! ティトを、ティトをこんなことで、死なせない!!」
「ははっ、流石はカップル冒険者。泣かせてくれるねぇ」
「こいつはね、どんな時だって、馬鹿で、おっちょこちょいで、スケベで、どうしようもない奴だけど――それでも私の大切なパートナーなの!!」
毒を吐き捨てて、女エルフが女オークを睨み付けた。
再び、見上げる格好となったその二人。
女オークの背中の後ろには、多くのオークたちの群れ。
コーネリアの目つぶしを喰らって、怒っている彼らは、熱い鼻息を鳴らして女エルフへとその視線を向ける。
この後、どうなるのかは、流石にどエルフと呼ばれる女エルフだ。
杖なしに魔法を使うこともできるが、この数を相手に立ち回るのは難しいだろう。
恐怖に身体が震える。
思わず、男戦士の手を彼女は握りしめた。
(――ティト。お願い、私に力を貸して)
心の中で女エルフがそう願った時だ。
誰にも聞こえない小さな声で、眼の前の女オークがぽつりと声を漏らした。
「半分は同胞のよしみだ。楽には殺してやる」
「えっ?」
予想外のその台詞に、女エルフが瞳を開く。
そこに向かって女オークは手に持ったナイフを振り下ろした。
その刃先は正確にエルフの胸元を狙っている。
即死――そんな言葉がエルフの脳裏をかすめたその時だ。
「――なんだと?」
女オークの手が、寸前でぴたりと止まった。
その表情は青ざめており、信じられない、という感情を口に出すまでもなく発している。かちりかちりと歯を鳴らして、彼女はバックステップで、後ろへと下がった。
のそり、と、女エルフが背後に物が動く気配を感じた。
「馬鹿な、ありえない、そんな、たつことができるだなんて――!!」
「――まさか!! ティト!!」
喜色を顔色と声色に現して、女エルフが後ろを振り返る。
はたして、そこには――男戦士がたっていた。
「――どうして!! どうしてこの状況で!! 勃つことができるんだ!!」
その股間をもっこりとさせ、しなびた顔をしながら、男戦士は女エルフの顔をまっすぐに見ていた。
「――さすがだ、モーラさん。その舌技まさしく昇天ものであった」
「この状況で、あんた、アンタって奴は、本当に」
「流石だなどエルフさん、さすがだ。オラ、ちょっと元気が出てきたぞ」
「そんな元気を出さなくていいのよ!! この、バカァっ!!」
いつものツッコミと共に、男戦士が飛び上がる。
果たして今度は本当に、彼は二つの足でその場に立ち上がったのだった。
「――やれやれ。モーラさんが毒の扱いに長けていて命拾いしたぜ」
「ちっ、この死にぞこないが!!」
「死にぞこなっていても、お前らごときに後れはとらん!! いくぞ、モーラさん!!」
そう言いながら、女エルフを振り返る男戦士。
まったくもう、と、涙をぬぐいながら、女エルフは立ち上がった。
「それより、早く、そっちのたってるのをなんとかしなさいよ」
「すまない、大切な仲間を傷つけられるのを、おぼろげながらに見せられたのでな、今は、どうしても、いろんなものがたってしまってしかたがないんだ」
とりあえず、こいつらを倒してから、これはどうにかするよ。
そう言うや男戦士は剣を鞘から抜き放ち、オークの群れに突っ込んだのだった。




