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鬼子の冒険譚  作者: 菜月
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置手紙

『親愛なるアイリスへ


 まず、お前を一人残して死んでしまうことを謝罪させてくれ。お前に寂しい思いをさせることなんてしたくなかった。これは紛れもない本心だ。16年前誓ったのだが、破る羽目になるとは思わなかったんだ。本当にすまない。これは言い訳にしかならないが、私自身寿命を今迎えるなんて思ってもいなかったんだ。今更遅いが、お前が成人したのを見届けてから死にたかった。だからごめん、責めてくれても構わない。寧ろそうしてくれない方が辛い。

 さて、お前が覚えているかは分からないが、私は10年前の約束を果たそうと思う。念の為書いておくが、私の正体についてのことだ。まどろっこしい説明は面倒だから、早速本題に入りたい。


 私は同一ケースの個体を見たことがないからどう表現すればいいのか分からないが、簡単に言うならば竜人だろう。ややこしいが、竜の特徴を得た人間でも竜と人間のハーフでもない。人間の形を得た竜というのが最適な表現だと思う。

 説明は詳しくできないし、信じられることでもないと思うが、私は昔姿形が完全なる竜だった。私が何年も前から若いままだったのも、死を前にして急速に老けたのも、竜の特徴の一種だ。だが、一度人間を喰らったときに呪いか何かの類でこんな姿になってしまった。……誤解を招きたくないから言うが、別に好きで食った訳じゃない。私だって死にかけてたんだよ。アイツは常日頃から死ぬなら私に食われて死にたいとか宣う変態だったし。


 すまん、話が脱線した。兎も角、私は竜だ。竜の体が変形したのが私の正体だ。そして、お前に謝罪しなければならないことがもう一つある。私がお前を拾った理由だ。


 私がお前を拾ったのは、人体実験の為だった。お前はまだ幼い赤子に竜血を分け与えたらどうなるか、そのための実験体だった。

 竜血は強い毒だ。人の欲を刺激し、野生の獣より凶暴な怪物に変える。だが、それは成体にしか通用しなかった。小さな子供の願いは体が追い付ず、死んでしまう。だからこそ、私はお前を使った。根源的な欲しか持ち合わせない赤子を使った実験をしてみたくなった。奇形であることが、どれだけ影響を与えるのか知りたかった。そんな最低な理由でお前を拾った。新しい生物を創りたくて私の血を飲ませた。

 結局実験は成功したよ。私はお前を人間とも竜ともつかない中途半端な存在に変えてしまった。きっと崖から落ちても骨も折れないだろう、並大抵の毒なんて効かないだろう、肉を焼いても皮膚は焼けないだろう。お前は死のうとしても、死ねないだろう。

 何より許せないのはお前が私の血を飲まないと1年も保たない体になってしまったことだ。お前を赤子のうちに縛り付け、結局は未来を奪う羽目になった。何回悔いても悔やみきれない。


 きっとこれまでの文章を読んで私に幻滅しただろう。だけど、一つ明確にしたいことがある。醜い保身に見えるかもしれないけれど、頼むからこれだけは信じてほしい。

 私はお前のことを愛している。

 何時からかはこの際考えないようにする。お前を拾ったことを後悔した日なんていつの間にかなくなっていた。いや、アイリスが親切な人に引き取られていたら、なんて後悔はしていたな。お前の為なら家を去り、資料をドブに沈めることも見世物になることも厭わない。この命を投げうって尾を切り落としたっていい。この白銀の髪も新緑の瞳も春の水面より輝く鱗も何ものも通さない角も万病を治す肝も爪も指も足も腕も皮膚も肉も骨も脳も血までもどんな屑にも捧げてやる。それほどお前が大切なんだ。お前は、アイリスは私の唯一無二の娘だ。身勝手なことだが、あと一年、お前が耐えれなくなるまで好きに生きてくれ。この家で過ごすのも、麓の町で人との交流を楽しむのも、幼い頃読み聞かせた物語の主人公のように旅をするのも、全てお前の自由にしてくれ。貯えもあるだろう、床下に金がある。お前が気づかないうちに何回か町に降りて、ちょっとした仕事をしていたんだ。良かったら使ってくれ。


 最後に、書き忘れていたことがある。人里に行くなら私のことは決して人に話してはいけない。ここのことも言っては駄目だ。最初の方に書いた通り、私と同じ存在は見たことがない。今の時世は知らないが、むやみやたらに新しい存在を知らせてはいけない。アイリスにも危険が及ぶ。


 じゃあ、私は残された時間を過ごすよ。

 ありがとうアイリス、愛してる。


                             お前を何より愛するセレスより』

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