3話
ある夜、竜の女性が赤子を拾った。女性は自身をセレスと名乗り、赤子をアイリスと名付けた。
アイリスは幼い頃から聡明だった。セレスが研究室に籠っても泣かず、一人で遊ぶだけだった。
「……すまん、研究に熱中し過ぎた」
「ううん。ねえセレス、これね、おしろ。がんばってつくったんだ」
「ああ、凄いな。お前も大きくなったものだ、こんな立派な城を造るなんて」
「えへへ…ねえ、がんばったからなでなでして」
「それくらい幾らでもするよ。今夜は何が食べたい?」
やがて大きくなり、野草を育てるようになるとそちらにばかり注意を注ぐようになった。
「セレス、この子のびょうきなおるの?げんきになる?」
「ああ、大丈夫。病気のところを切れば直ぐに良くなる」
「や、やだよ!いたいよ、ここまで育てたんだよ?はっぱ切っちゃかわいそうだよ…」
「……アイリスは優しいな。でも、そうしないとこの子は死んでしまう。そっちの方が可哀想だ」
「……いたく、しないならいいよ」
「分かった、約束するよ。ほら、泣かないで」
補助もなしに義足をつけるようになると一人で山を歩くようになった。
「びええええ!!いだいいいいい!!」
「お前なあ、だから川ではしゃぐなと言っただろうが」
「うう、しみるぅ。………だって鮭いたんだもん」
「食い意地張り過ぎだ。昨日獲ったばっかだ、ろ」
「いった!叩かないでよ!!」
さらに大きくなると一人で町にも行った。
「こんにちは!インクと羊皮紙ください!」
「あら、初めましてだねお嬢さん。お使いかな?」
「はい、セレスが町に来られないので!」
「セレスってのはお母さんかい?大変だねえ。ほら、飴もあげよう。今後ともご贔屓に」
「はい!ありがとうございました!」
家事を一人でこなすようになると、セレスの世話を焼くようになった。
「あのさあ、インク壺蓋空いたままで倒れてたんだけど」
「ああ、寝てるうちに引っ掛けたんだろう。処理は任せた」
「なんで私がセレスの世話しないといけないの……」
「子供の頃お前の世話をしたのは私だ。その恩を返す時だよ」
「セレスそんな年じゃないじゃん……」
アイリスはいくつになってもセレスが隣にいると思っていた。彼女が自分とは全く異なる存在だと知っていたから。自らが死んでから数百年後、彼女が来るものだと思っていた。
しかし現実はそうもいかなかった。セレスは急激に老いていき、その時間は儚く過ぎていった。一年で彼女は年老いた。並びかけた肩は離れ、触れることも叶わなかった。
________________アイリスは母を失ったその日から、朝食にスープを作らなかった。