プロローグ
__________汚らわしい
__________呪われている
__________早く殺してしまいたい
__________産まれなければ良かった
__________ああ、可哀そう
__________こんな奴、慰み者にすらならない
__________子供たちになんて言えばいいか
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寒空の下、山に閉ざされた村の一角で、村中の大人達が集まっていた。
夕焼けすら届かない閉村の中そこだけは篝火に照らされていて、大人達の顔が嫌悪に満ちていることは一目で分かった。
その中心では、一人のちいさな赤子を抱いた女性が今にも世界が終わりそうな顔をして佇んでいる。腕の中の赤子の肌は赤く少し皺になっていて、生まれてから一夜も明かしていないことが伺えた。
大人達は口々に非難の言葉を紡ぎ、その全てを赤子に向ける。半ば同情のような台詞もあるが、それらは全て母親に向けられている。赤子の味方は誰一人いなかった。
「なあ、殺したら祟られちまうんだろ。なら、さっさと棄ててしまおうぜ」
一人の若者の提案だった。
忌子は無暗に殺したら村を祟る。村の言い伝えとされている言葉だ。死んだ忌子の霊が農作物に疫病を振り撒き、村中の人々を飢えさせる。
そうなったら今の蓄えでは村全体で冬を越せない。そう考えた結果だった。
人々は直ぐさま賛同した。実際は直接殺していないだけなのだが、揃いも揃って責任転嫁に躍起になっていた。
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それからの行動は早かった。夜も更けない内に数人の大人が松明を手に、赤子の母親の付き添いをして一本の獣道に向かった。
そこは狼達の住処に近く、見つかったら直ぐさま無残な最期を遂げるだろう。故に、動くことの出来ない赤子には丁度良かった。
「恨むなら狼共を恨めよ」
道中で一人の男が嘲笑混じりに言った。周りも続いて嘲笑う。殺すのは狼だから、棄てただけの自分等は悪くない。
傲慢にもそう考える奴等は、誰かに罰せられることはないだろう。それは理不尽極まりないものだが、本当に赤子は恨むことすら出来ない。目すらよく見えていないのだから。ならば、激しい痛みを与えた者を恨む他ないのだろう。
不意に、とさっ、と軽い音が小さく響いた。母親だった女性が赤子を岩の上に置いたのだ。
冷たい岩の上で何も纏わない赤子は、あう、と小さくぐずり再びの眠りに就いた。もはや、狼に喰われなくとも直ぐに凍死してしまうだろう。
人々はすぐに退散し、数秒後にはごうごうと響く川の唸りと枝葉の擦れる音しか聞こえなくなっていた。
赤子は数分で意識を取り戻したが、幼いながらに周りの惨状に絶望した。目の見えない赤子にとって、今世界にあるものは冷たく硬い何かと、化け物の鳴き声、冬の寂しい臭いのみだからだった。
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「何故、こんなものがここに……」
一人の美しいひとが通った。女性であろうそのひとは長い銀髪を頭の後ろで結い上げ、人ならざる無機質な光を新緑の瞳に灯していた。名画を彷彿とさせる均衡のとれた身体は、ゆったりした服を纏ってなお余分な肉がついていないことが分かる程だった。
都に行けばすぐさま色欲まみれの人々に金を貢がれるだろうその美しさは、しかしある二つの特徴により歪められていた。
________額の上部より伸びる捻じ曲がった一対の角と、尻から伸びる太い尻尾。それは正に異形の証であり、神話に例えるなら竜人であろうか。
兎も角、美しいひとは死にかけの存在から一瞬視線を移しかけたが、赤子の忌み子たる証を目に留めた。
「ほう、奇形児か。珍しい」
そのひとは数瞬考える素振りを見せたが、赤子をゆっくりと抱き、羽織っていたローブに包んだ。
「冷たいな」
それだけ呟き、二人はそこを去った。
柔らかく、温かい感触に包まれた赤子は、左脚が異様に萎縮していた。
補足
忌み子は奇形以外にも、不貞の子や犯罪者の子供とかがあります。