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言葉を持たない少女  作者: 風の子ふうこ
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言葉を持たない少女

真っ青な空、真っ白な雪原。遠くで何かが動いている。眩しくて手をかざさなければ見えないよ。2匹のキツネが戯れているのかな?

双眼鏡で覗いてみよう。

あっ、2人の子供だ。幼い子供が2人、雪を投げ合ったり、雪の中にダイブしたり、追いかけっこをして遊んでいる。とっても無邪気で微笑ましい光景。もう少し近くに行ってみよう。

お兄ちゃんと妹なのかな?笑い声が響き渡る。

ん?2人とも女の子?女の子の声だ。お兄ちゃんと思った子はボーイッシュで運動神経抜群そうだけどお姉ちゃんなんだね。「あーちゃん、早う早う!こっち来てみ〜!」「すごいで!うさちゃんの足跡、ずっと続いてるで〜!」

関西弁だ。ここは長野県の田舎村。関西からやってきた子なのかな?

一方、妹の方は時々「あー」という声を立てる以外は言葉を発する事は無い。時々じーっと何かを見つめては、ハッとしたようにお姉ちゃんの後を必死に追いかけている。2人共身のこなしがとっても軽やかで、キツネのように見えたのはそのせいだ。

お母さんらしき人が2人を呼びに来た。

「かける〜、お昼ご飯出来たで〜!」やはり関西弁だ。

「は〜い!あーちゃん帰るで〜!」3人の姿は小さくなって消えていった。


もうすぐ4月だというのに昨日雪が沢山積もった。野々瀬家は1週間前に京都から長野に引っ越してきたばかりで、こんな雪原を見るのは姉妹にとって初めての事だった。

野々瀬家は4人家族。妹のあーちゃん(歩あゆみ)は4月から小学生になるのだが、これを機会に家族は住まいの環境を変える事を選択し、特別支援学級のある学校の近くに引っ越してきた。

あーちゃんは自閉症だ。いつもニコニコしているし、運動神経も抜群だが、この子は言葉を持っていない。自己表現も出来ない。嬉しいであろう時も、悲しいであろう時も、怒っているであろう時も、いつもニコニコしているのだ。


姉のかけるはあーちゃんより2つ年上。もうすぐ3年生になる。母親がランナーで、高校生の時は全国高校駅伝を走った事もあり、子供が産まれるまでは市民マラソンにも出場していた。1人目の子供を授かった時、走る事が好きな子供になって欲しいと駆という名前は付けたらしいが、駆本人は、それが男の子の名前みたいに思えて気に入っていなかった。小さい頃から友達に「それ男の名前やろ」と言われる事も多く、「そんなら」とわざと男の子っぽく振る舞うようになっていった。言葉遣いも男の子みたいだ。自分の事を「オレ」と言う。妹が自閉症だという事でたまにからかわれる事があったが、「あーちゃんの事はオレが絶対に守ったる」と、妹の面倒をとてもよく見るお姉ちゃんだ。


2日後、また新しい雪が積もった朝。駆と歩はまた雪原の中で戯れていた。駆がキツネの足跡を発見した。どこまでも続く一本に伸びた足跡。「あーちゃん、来てみ〜。ずっとずっと続いてるで」

あーちゃんは近寄ってきて、いつものようにニコニコしながらその足跡をじっと見つめた。

「たどってみよ。キツネがおるかもしれへん。」2人は足跡をたどっていった。ずっとずっと続いている足跡。わくわくドキドキが止まらない。どれ位の時間が過ぎたであろうか。今まで夢中に足跡を追っていた駆が急に現実の世界に呼び覚まされた。 2人はいつの間にか知らない林の中に入ってしまっていた。

「あかん。遠くまで来過ぎた。」そう思った駆は立ち止まり、自分達が来た方向を振り向いた。キツネの足跡と自分達が付けた足跡がずっと続いていたが、その足跡は永遠に続いているように見えた。あたりに少し霧が出てきた。「早う帰らな」「あーちゃん」と言って振り返り、駆は焦った。あーちゃんの姿が見えなくなっていた。

「あーちゃん、あーちゃん!」思い切り叫びながらあーちゃんの足跡を追いかけたが見当たらない。悪い事にその先は雪が固く締まっていて、足跡も良く見えないし、霧もだんだん濃くなってきた。駆は怖くなって泣きべそをかいた。

「あーちゃん、あーちゃん、お母ちゃん、お母ちゃん!」と泣き叫んだ。


駆はどうしたらいいか解らなくなって泣き叫んでいた所に、母親が息を切らしながらやってきてくれた。

「駆!」母親が駆を抱きしめた。

「ごめんなさい。あーちゃんがおらへん。」駆は母親にしがみつきながら泣いていた。

「お母ちゃんが来たから大丈夫や。手を離したらあかんで。すぐに見つけたる。」駆はちょっと安心して母親の手をギュッと握ってついていった。

「あーちゃん、あーちゃん」と2人は叫びながら、見えにくい足跡を辿っていった。暫くすると母親が「しー!」と言って唇に人差し指をくっ付けた。

「クークー」小さな鳴き声がする。よく見るとそこには巣穴があって周りが草で覆われている。そこに2匹の子ギツネがいて、可愛い目をこちらにずっと向けていたのだ。そして何とその隣で、あーちゃんがスヤスヤと眠っているではないか!

母親はびっくりして「あーちゃん」と言って抱き起こした。あーちゃんは何事もなかったように、いつもと同じようにニコニコしながら立っていた。

駆はこんな時にニコニコしているあーちゃんを見て、色んな感情が一気に沸いてきて泣きながら、あーちゃんを突き飛ばした。あーちゃんは尻もちをついた。

「駆!」母親の鋭い声がした。

「あんたがしっかりとあーちゃんを見てへんからや!」とピンタがとんだ。

駆は泣いた。「オレが悪いんや。けどオレはあーちゃんを守ろうと、ずっと頑張ってきたのに。」

小さくつぶやいた。

母親はハッとした。「ごめんね、駆」母親の頬に涙が伝った。

歩は尻もちをついたまま、駆と母親の顔を見ていた。歩の頬にも涙が伝った。自分が悪かったと感じたのかもしれない。これが歩が何かを感じて初めて流した涙だったかもしれない。

母親と駆は歩のそんな涙を初めて見た。

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