裏切られた令嬢は
裏切られた令嬢は
貴方以外なんて、何もいらないのに
「…すまない、レリアナ。僕は好きな人がいるんだ。彼女を婚約者にしたい。僕の不貞を理由に、婚約破棄してほしい」
「…え」
「本当にすまない!君という素晴らしい婚約者を持ちながら、浮気するなど…!だが、彼女は立場も心も弱い。僕が守ってあげなければならないんだ!」
「…この、場では決めかねますわ」
「本当にすまない…君には新しい、誠実な男性を用意しよう」
「決めかねると申しております!」
「…ならば僕の方から婚約破棄するだけだ。…本当に、すまなかった」
それでは、と席を立つ王太子殿下。待って、まだ貴方に、好きだと伝えておりませんわ。
ー…
私はレリアナ・ファタリテ。公爵令嬢ですの。この国の王太子、ラウル・トライゾン王太子殿下の婚約者ですわ。
私は、幼い頃よりずっと王太子殿下をお慕いしておりました。優しくて、かっこよくて、紳士で、強くて、賢くて。そんな王太子殿下の婚約者であることが、私の誇りでした。それに何より、本当に王太子殿下が大好きだったからこそ、辛い王太子妃教育にも耐えられましたの。
王太子殿下も、私を婚約者として誰よりも尊重してくださいましたわ。熱い燃えるような恋とは言えませんでしたが、穏やかで暖かい、信頼関係で結ばれていましたの。
ところが、ここに来て突然の裏切り。平民の女、ジャクリーヌ・ピヤージュ。彼女の愛くるしい笑顔と、平民ならではの考え方、貴族にはない王太子殿下への馴れ馴れしい態度。王太子殿下は彼女に心を奪われてしまいましたわ。でも、私、一時の気の迷いだと思っていましたの。だから、邪魔も虐めも何もせず、放置していましたわ。
ですが、王太子殿下はそうではなかった。本気で、ジャクリーヌを愛してしまいました。そうして、立場も心も弱いという彼女を王太子妃として迎えようと…いえ、もしかしたら、王太子の地位を捨ててでも彼女と一緒になろうとしている。
…こんなことになるのなら、もっと早く、愛していると伝えていればよかった。そうしたら、彼女ではなく私を選んでくれたかもしれないのに。
ええ、わかりましたわ。王太子殿下がそういうお考えなら、私にも考えがあります。
ね、ラウル様。
ー…
「うぅ…」
目を覚ましたラウル様。ああ、戸惑う表情も素敵ですわ。
「…レリアナ?ここは一体…?」
戸惑うラウル様に教えて差し上げます。
「ここは離宮の一室ですわ。国王陛下が、私達のために特別に用意してくださったのですの」
「僕達のため…?…ぁ。そうだ、僕は…リリの所に行こうとして…」
「ええ、ジャクリーヌ様との逢瀬のために出かけようとしたところを、襲われたのですわよね」
そう、私は国王陛下に直談判した。このままでは王太子殿下は平民の女に惑わされてとんでもないことになると。国王陛下はそれを憂慮され、私に協力してくださいましたの。
「…っ!レリアナ!こんなことが許されると思うのか!」
「いいえ、思いませんわ。…でも、婚約者がいながら他の女にうつつを抜かすラウル様が悪いのですわよ?」
「…っ。そ、それは」
「第一、言ったでしょう?ここは国王陛下が用意してくださったのです。国王陛下は私に協力してくださったのですわ」
「…な、なんだって?」
「ラウル様を捕えたのも、近衛騎士の皆様ですわ」
「そんな…」
ラウル様は絶望してしまいました。でも、大丈夫。私、ラウル様には意地悪をするつもりはありませんわ。むしろ、絶望させた後どろどろに愛して差し上げますの。
「ジャクリーヌさんは王太子を誘惑し、国内の秩序を乱そうとしたとして内乱罪で囚われましたわ」
「なんだって!?」
「処刑は火刑に決まりましたわ。もちろんご家族の皆さんも一緒に。処刑するために処女を奪おうとしたのですが…」
「…っ!なんてことを!」
「そもそも処女ではありませんでしたわ」
「…え」
「まったくもう。ラウル様ったらどこまでされていましたの?」
わざと呆れたような表情を作る。ええ、紳士なラウル様なら結婚前に契りを交わすことはないでしょうけれども、ね。
「ま、待ってくれ、本当にリリは処女じゃなかったのか?何かの間違いではなく?」
「ええ、最近“使った”形跡もありましてよ?まったくもう、ラウル様ったら」
「…う」
「はい?」
「違う、僕じゃない…僕は、そういう意味でリリに触れたことはない…」
「…まあ!では、ジャクリーヌさんはラウル様以外にも男がいたのかしら」
びっくりしたような表情を作る。まあ、実際には知っていたのですけれど。恋に溺れたラウル様には何を言っても無駄だと判断して言いませんでしたが。
「そういえば、騎士団長令息のレノー様や、魔術師団長令息のセラフィン様を誑かした罪にも問われていましたわね。私、てっきりそこに関しては冤罪だと思っていましたけれど、どうやら本当のことみたいですわね」
「そんな…レノーと、セラフィンが…?俺とリリの関係を知っていたはずなのに…。リリは…レノーと、セラフィンは、俺を裏切っていたのか…?」
絶望に染まるラウル様。ああ、可哀想なラウル様。私が。私だけは、ラウル様を裏切りませんわ。愛して差し上げます。
「まあ。可哀想なラウル様。恋人にも、側近兼お友達にも裏切られるなんて!」
「…っ!」
ぼろぼろと涙を零すラウル様。ああ、勿体ないわ。私はラウル様の頬に手を添え、涙を舌で掬い上げます。
「何をするっ!」
「ねえ、ラウル様。愛しておりますわ」
「…は?」
「恋人にも、お友達にも裏切られ、お父様にも愛想を尽かされた可哀想なラウル様。でも、私だけは、愛しております。私だけは、裏切りませんわ」
「…っ?本当に…?」
身も心もぼろぼろなラウル様は、絶望から差した唯一の光に手を伸ばします。それが罠だとわかっていても。
「ええ、ですから。ラウル様も私を愛してくださいませ。そうすれば、私達は幸せになれますわ」
「レリアナ…」
「レナと呼んでくださいまし」
「レナ…レナ…」
よろよろと私の方に寄ってきて、抱きしめてくるラウル様。案外簡単でしたわね。
「ねえ、ラウル様。ラウル様はこれから、平民の女に誑かされた馬鹿な王太子として後ろ指を指されてしまいます」
「…うん」
「ですから、王太子位は弟君のセヴラン様に譲りましょう?そうして二人きりで、ここで、幸せに過ごすのです」
「…わかった、そうしよう」
ああ、愛しのラウル様。これで貴方は、私のものですわ。
真実の愛を手に入れましたとさ