表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩集 詩学のすすめ  作者: fengleishanren
3/20

どうして西洋の真似を?

 近代以降の日本の詩のルーツは西洋の詩にある。明治の先人たちは日本には詩が無い事を知っていた。だからこそ西洋の詩を日本語に輸入出来ないかと考えて、躍起になった。結局このとき新体詩に始まった試みは挫折し、目標は達成されないまま放棄された。


 西洋詩は、日本の詩が到達すべきゴールを既に持っている。漢詩を日本の詩とするなら、日本の詩も例外ではない。だが、そもそも西洋詩を継承した上で日本語の特徴を活かした「漢詩以外の」詩を作り上げる事が、元々先人たちの崇高な悲願であった。にもかかわらず、後続の多数派が、言語的にそぐわない云々と理由をつけて、工夫も努力もしない事が当然であるかのように決めつけ、詩とは到底言えないものを詩と呼ぶ様になり、現在に至る。

【どうして西洋の真似を?】


それはそもそもはじめから、西洋言語の詩みたいな

日本語の詩はどうすれば書けるか悩むところから、

今の流れは始まった。だから西洋詩はすべて、

日本語詩から見てみれば、元祖のようなもののはず。


であるにも関わらず、気にも止めない人ばかり。

西洋詩の事知らないで、自分だけしか分からない、

「詩」しか書けない者ばかり、増えて本質見失う

日本語の詩の将来は、お先真っ暗間違いない。


と最近までは思ってた。しかし世の中なかなかで、

まんざら捨てたものじゃない。新たな担い手登場し、

希望の光が見えてきた。彼らは日本の外にいて、

真摯に勉強続けてる。西洋言語はお手の物。

詩学に馴染み、韻を踏み、明治の文士が目指してた、

形に近づく試みも、今までよりは進むはず。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ