84話 ランクアップ
街が鮮やかな夕日に彩られる頃。
ほんのりと石けんの香りを漂わせ、ボクらはギルドへと足を運んだ。
今日の冒険はもうお終いだからね。
装備は外して、みんなは打ち上げ気分のラフな格好になっていた。
ボクが着ているのも、白のブラウスに濃紺のミニスカートという組み合わせ。
そう、これはデートの時にハルちゃんが買ってくれた一張羅。
お気に入りの一着だ。
でも……、今にして思えば、ボクは完全に油断していたんだと思う。
一仕事終えた開放感から、気を緩めすぎてしまったんだ。
まだ出掛ける予定があるって分かっていたはずなのに。
何でボクはスカートを選んでしまったんだろう……。
仲間内なら平気な事でも、大っぴらに人に見せるとなると話が違ってくる。
それを意識したら、途端に恥ずかしくなってしまったのだ。
着替えに戻ろうにも、サクヤは【転移】で帰ってしまったし……。
もう一度送迎をお願いしたって、こんな理由じゃ、サクヤは鼻で笑って拒否するに違いない。あの子は、ボクを甘やかしてくれないし。
だからって、歩いて往復していては受付の時間が終わってしまう。
そんなこんなで、ボクの初めてのスカート外出は、覚悟のないまま幕を開けてしまった。
周りの目にビクビクとしながら、みんなの背中に隠れる。
下着が見えちゃうかも……、なんて怯えていたわけじゃないよ?
ボクの場合はそれ以前の問題っていうか……。
スカートという存在その物が、酷く照れくさい代物と感じていたんだ。
未だに女装って意識が拭えないんだと思う。
だから、それを少しでも誤魔化そうと、手に持ったポーチでスカートを隠し、猫背気味に体を縮めていた。
――――そういう態度がいけなかったのだろうか…………。
ギルドは血気盛んな冒険者達のたまり場だ。
気持ちよくエールを呷る男達にとって、こんなオドオドとする姿は酷く鼻についてしまったに違いない。
自信なく俯き加減だった所為で、視線が合うことはなかったけれど、目の端々に映る男達はボクをジロリと睨みつけ、ヒソヒソと陰口を交わしている。
酒場の喧騒にかき消され、その内容までは聞き取れなかったが、きっと「酒が不味くなる」なんて言っているのだろう。
あちこちから容赦のない視線が浴びせられ、ボクはさらに小さくなっていった。
自信のなさから、自意識過剰になっているだけかもしれない。
それでも……、弱気な時に浴びる視線というのは、酷く心に突き刺さるものだ。
場違いな格好で来てしまった事を、ボクは既に後悔し始めていた。
早く用事を済ませて帰りたい……。
そんな想いに駆られながら唇を噛みしめていると、ハルちゃんがボクを覆い隠すように抱きしめてきた。
「ハル……ちゃん?」
ボクが無遠慮な視線に怯えている事に、彼は目聡く気づいてくれたらしい。
口に出さずとも全てをくみ取り、ボクを守ってくれている。
最近のハルちゃんの『出来る男っぷり』はなんだろう。
こんなの……、もっと惚れちゃうじゃないか……。
「ありがと……」
赤く染まる頬を隠すように、ボクは彼の胸に顔を埋める。
こんな顔、とても見せられないや。
あぁ……、何をしているんだろうボクは……。
これじゃまるで、乙女みたいじゃないか。
高鳴る鼓動を少しでも鎮めようと、彼の腕の中で目を閉じる。
落ち着いて呼吸を整えよう……。
そうすればいつも通りのボクに戻れるはずだ。
鼻から息を吸って……、ゆっくりと口から吐き出す……。
そう……、深呼吸の手順を意識して…………。
ス――――、ハ――――。
ダメだコレ――――――ッ!
今度は彼の香が別の角度からボクを刺激して、頭がクラクラとしてくる。
これじゃ堂々巡りだよっ!
そんな風に、自分の内で巻き起こる変化に翻弄されていると、意外な呟きが頭の上から降ってきた。
「ユウ君に服あげたの、失敗だったかなぁ……」
ガ――――――ン!
比喩的な表現なんかじゃなく、本当に頭の中で銅鑼を鳴らされたように目眩がした。
ちょ……、ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってよっ!
ボク、あの時すっごく嬉しかったのにっ!
ハルちゃんが選んでくれたから、ボクも勇気を出してスカートを穿こうって思ったんだよっ!? それなのに失敗って何!? 酷くないっ!?
「ユウ君……、外でスカート穿くのはダメ」
「何でっ!? ボクの格好、そんなにおかしい!?」
彼の胸元を掴んで抗議すると、ハルちゃんは腰をかがめて不満を漏らしてきた。
「似合ってるから困るのっ! 見てよみんなの顔! あれ絶対ユウ君に見とれてる! これじゃ、私の方が落ち着かないよっ!」
「へ……?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
予想だにしていなかった彼の視点。
ボクはただただ服装の整合性を気にしていたが、彼は違ったらしい。
でも、冷静になって周りを見てみると、彼が言った事も的外れではない気がしてきた。確かに……、ボクに寄せられる男達の視線は、少なからず熱を帯びているようにも見えてくる。
ボクと目が合うと慌てて視線を逸らす人。
誤魔化すようにエールを呷って、酷くむせ返る人。
彼らの頬が赤いのはアルコールの所為? それとも……。
中にはスケベそうな顔つきで、ボクの太腿を凝視する人もいたけれど、男達の視線は概ねボクを肯定的している物だった。
ボクの格好を笑っている人なんて一人も居やしない。
それが分かった途端、緊張で強張っていた体から力が抜け、腰が砕けそうになってしまった。
そうか、ギルドって見方を変えれば『男の園』って感じだもんね。
男性冒険者が受付のお姉さんを口説いている光景を、何度か目にした事もある。
極端に女性不足な環境の所為で、彼らは常に飢えているのだろう。
そんな飢餓状態に在っては、ボクみたいな紛い物であっても、外見さえ着飾ってしまえば食指が働いてしまうらしい。
男の悲しい性ってヤツか……。
何だか彼らを騙しているようで、いたたまれない気分になってしまう。
「あはは……、ご愁傷様って感じかな? ボクなんて、中身は男なのにね」
「それだよ! ユウ君て、今まで女の子っぽい事してこなかったから、端から見ればいくら可愛いくても『子供』って意識の方が強かったのに……。まさかスカート一つでこんなにも化けるなんて……」
「こ、子供ぉっ!?」
同い年の男の子を捕まえてその言い草。
いくらハルちゃんといえど、さすがにちょっとムッとしてしまった。
当の本人は周囲の視線ばかり気にして、ボクが非難がましく見上げていることに気づいてもいないし。彼にとってこの抱擁は、ボクを守るためではなく、周囲への牽制のつもりだったらしい。
そもそも彼は、ボクを喜ばせようと服を選んでくれた訳からね。
それが原因で自分の『敵』を増やしてしまったら、本末転倒もいいところだ。
そりゃ「失敗した」と嘆くだろうさ。
普段のボクなら、それでも彼のフォローに回っていただろう。
だけど、ボクの中に残る男としての虚栄心が、少しばかり癇癪を起こしていたらしい。
ボクは彼を押して抱擁から抜け出すと、ステップを踏むように数歩下がった。
そして、舌を出して彼の不用意な発言を非難すると、ツンと顔を背けて体ごと彼に背中を向けてやる。
勢いよくターンしすぎた所為か、スカートがフワリと翻ってしまった。
すると、男達の視線が一斉にボクの腰元へと急降下する。
あ……、もしかして見えちゃった?
いや、いいよもうっ! どうせボクなんて子供なんでしょ!?
そんな子供パンツで喜ぶならどうぞご覧あれって感じだ!
ボクは色気の欠片もなく、ズンズンとフロアを縦断し受付へと邁進していく。
気になって後ろを振り返ると、ハルちゃんが少し困り顔になっていた。
胸にチクリと感じる罪悪感と、満たされる加虐欲。
ふふんっ、いい気味。ボクだって怒る時は怒るんだから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こんな時間では、ギルドの窓口も既に一つしか開いていない。
ボクらの申請は待ち時間も無く、スムーズに処理されていった。
「では、ベルベッティ様は赤色へ、他の皆様は黄色へのランクアップ、という事でよろしいですね?」
あ、そうか……。
ボクは何の疑いもなく、全員が黄色ランクになれるって思っていた。
ベティさんはパーティに途中参加したからズレちゃうのか。
「彼女が黄色になるには、どれぐらいポイントが足りてないんですか?」
「残り一〇七ポイントですので、そう遠くないうちに達成出来ると思いますよ」
「なら、それまで待つか?」
どうせなら、みんな揃ってランクアップした方が気持ち良いだろう。
シロさんの提案に賛同しようとしたら、ベティさんは首を横に振っていた。
「構いませんわ、元々決めていた事ですもの。それに、やはり記念という物は大切にするべきですわ」
記念という程ではないけれど、冒険者界隈では三〇層がちょっとした区切として見られている。そこを超えて初めて、周りから脱初心者として扱われるのだ。
彼女が言ったのはそういう事なのだろう。
ボクらは顔を見合わせて少し迷ったけれど、彼女の意見に従いそのままランクアップをお願いすることにした。
「はい、承りました。担当の者を呼んで参りますので少々お待ち下さい」
受付のお姉さんは手続きを進めると、担当官が現れるまでの間、ポイントについて話してくれた。
ランクアップに関わるポイントは大別して四つ。
一つは討伐実績。
これは買取所で魔石を売却した際にカウントされている。
倒せば倒しただけポイントが加算されるので一番分かり易いだろう。
二つ目は踏破実績。
基本的に、ダンジョンはフロアボスを倒して上層へと上がっていく。
到達階層がイコールその人の強さの証明となる為、コレも評価基準になるってわけ。フロアボスの撃破が条件になるので、フロアに踏み入っただけではダメ。
だから、一〇二層に連れて行ってもらったボクも、到達階層は三一層という事になる。あと、レイドを組んだ場合、単一パーティ以上の成果が出せてしまうため、その際にはポイントにマイナス補正が掛かるのだそうだ。
三つ目はクエストの実績。
達成による評価に加え、受注頻度、成功率、依頼者からの評判などを考慮して加点される。不人気だったり、緊急のクエストである程ポイントが高い。
最後が街への貢献度だ。
ギルドが発注元となるクエストをこなしたり、ユグドリアの為になる結果をもたらした場合など、ギルドから特別報償としてポイントが加算されることになる。
また治療や支援など戦闘行為に含まれない貢献度もここに含まれる。
報告を元にギルドの方で評価して加点されるってわけ。
定量的に算定しづらい部分だからね。
ちなみに、黄色ランクまではポイントさえ満たせばランクアップ出来るが、そこから上は少し審査が厳しくなるらしい。
だから、ポイントだけでは黄色ランクで頭打ちになる筈なんだけど、マーロウは戦ってたら最上位まで上がっていたと言っていた。
それだけアイツが規格外の傑物だったって事なんだろう……。
そんな話を交わしていると、初老の男性が僕らの前に現れた。
「あぁ、貴方たちでしたか。いよいよ昇格されるのですね」
顔見知りの空気を醸し出したおじさんは、ボクらを赤色へと昇格させてくれた人事官の人。珍しい昇格例なので、ボクらのことを覚えていてくれたらしい。
ランクアップもこれで二回目。
説明は端折り気味に儀式が進められていった。
おじさんはボクらの左手首に数珠のような魔道具を巻き付けると、そこに魔力を注いでゆく。それに呼応するように魔道具が輝き始めると、数珠の結束が解れ、左手首の周りを衛星のように珠が飛び回った。まるで、輝く天球儀みたいだ。
小さな恒星達がスピードを増すと、連動するように冒険証まで輝き始める。
そんな小規模の天体現象に見とれていると、星達は徐々に輝きを弱め、元通りの連なりへと回帰してゆく。
腕から数珠を外された時、ボクの冒険証は黄色く染まっていた。
全員のランクアップが完了すると、おじさんは優しげに言葉を掛けてくる。
「灰色は冒険者の卵、赤色は基礎を終えたばかりの新人。そして、黄色は一人前として扱われるランクです。それは貴方達が保護対象ではなく、肩を並べるに足る冒険者として認められたという証。おめでとう、よく頑張りましたね」
だけど、彼は祝辞を送りながらも微かに表情を陰らせる。
その目は期待を寄せるというよりも、何処か寂しげにさえ見えてしまった。
「貴方たちの歳ならば、もう少しゆっくり歩んでも良いのではと思ってしまうのですがね……。年寄りの老婆心とうるさく聞こえるかもしれませんが、決して生き急ぐことのないように……。そう願っていますよ」
「はいっ!」
オルシバさんやエルさんもそうだけれど、この街で上に立つ人達は本当に優しい人が多い気がする。きっとみんな、沢山辛い想いをしてきたのだろう。
彼らの打算のない慈愛を胸に、ボクも一人前の冒険者として、みんなに安心してもらえるよう頑張っていこうと心に誓った。




