81話 女鍛冶師
雑談の内容が、冒険の話題から下世話な物へとシフトし始めた頃、店の奥から店主と思しき女性が現れた。
「随分騒々しいと思ったら、アンタかい。新顔を連れてくるなんざ、珍しいじゃないか」
その女性は、乱雑に切られた赤茶色の髪を無造作に後頭部でまとめ上げ、キツそうにつり上がった目と八重歯の覗く口元を、不敵に歪ませていた。
年の頃は二〇代後半といったところか。
ツナギの上を脱いで腰に垂らし、上半身は胸掛けだけというワイルドな格好。
剥き出しの素肌には逞しい筋肉が浮き上がり、ぶ厚い胸板の上では二つの豊かな膨らみが踊っていた。
直前まで鉄を打っていた為だろう。
肌には大粒の汗が浮き上がり、髪も胸掛けもピタリと肌に貼り付いていた。
体のラインが際立つ格好だったけど、不思議と卑猥な雰囲気を感じさせないのは、彼女の纏うオーラの為だろう。
すごく堂々とした自然体で、いかにも女職人という印象だったから。
「おぅ、ライラ。済まんが、ちっとコイツの相談に乗ってやってくれんか?」
ガンドルフさんはそう言って、ハルちゃんの背中を押した。
自然と彼女の視線もハルちゃんに注がれたが、彼の左手首を見た瞬間、その目ががスーッと窄まっていく……。
「アンタの紹介だ、話ぐらいは構やしないが…………」
返ってきた言葉は、どことなく歯切れが悪い。
知人の紹介という事で、多少の遠慮はあったようだけど、その目には明らかに落胆の色が浮かんでいた。
ボクらの冒険証は、まだ赤色だ……。
色つきとはいえ、それはド新人の域を出ないランクだった。
そんなヒヨッコの相手をさせられるのかと、彼女の表情が如実に語っている。
指名で依頼が入る程の職人だ、知人の紹介といえど、客は選びたいのだろう。
そんな反応が返ってくる事は、ガンドルフさんも予想済みだったらしい。
彼は「ホレッ」という軽い掛け声と共に、壊れた盾をライラさんに放り投げた。
彼女はソレを受け取ると、感嘆するように口笛を鳴らす。
「こいつはまた随分と……。勿体ない精神も結構だが、いったい何層までコイツで粘ったんだい?」
「二六層だ」
「は?」
ガンドルフさんの端的な答えに、ライラさんは豆鉄砲を喰らったかのような呆け顔を晒してしまった。
その数字と盾の惨状との間に、どんな因果関係が成り立つというのか。
そう言わんばかりの表情だ。
でも直ぐに、くだらない冗談を真に受けてしまったと、自嘲するように吹き出してしまった。
「アッハッハ、アンタでもそんな冗談を言うんだな。それだけでも話を聞いた甲斐が有るってもんだ」
カラカラと笑うライラさんだったが、ボクらが誰一人として笑っていないのを見て、徐々に笑いのトーンを落としていく。
ソレと反比例するように、焦りにも似た表情が浮かび上がってきた。
「おいおい、馬鹿な事言うんじゃないよっ! 修練場職員のアンタが知らないはずないだろ? これは八〇層クラスでも使えるように作り込んである。二〇層そこそこで、こんなマネが出来るヤツが居るものか! 第一、そんなモノを相手に、新人が生きて帰れる訳がないだろう!?」
そんな筈がない――――。
自分達が自信を持って仕上げた装備だ、そんな事があっていい筈がない。
きっと、そんな想いがあったのだろう。
彼女は狼狽するように捲し立て、ボクらが自分を謀っているのだと、白状させようとした。でも、そうしていく内に、彼女は一つの可能性に思い至り、表情がハッとする。
「イレギュラー……かい?」
「ああ」
ガンドルフさんが短く肯定すると、ライラさんは苦虫を噛みつぶしたように渋面になってしまった。そして、頭痛でも堪えるかのように、顔を手で鷲掴みにすると、深く溜息をつく。
「悪い……、アンタがそんな類いの冗談を言う男じゃないって、知っていたはずなのにね……」
「かまわんさ、儂とて赤の他人に言われたなら、同じ様に一笑に付しただろう」
そう言って、彼はライラさんを慰めるように、穏やかな笑みを浮かべていた。
――――が、直ぐにその笑みは、悪戯っぽいイヤラシさに取って代わられる。
「それになっ! 半分は弟子自慢に来たような物だからなっ! ガッハッハ」
ガンドルフさんは豪快に笑うと、ハルちゃんの肩に腕を回し、自慢げに話を続けた。
「コイツは『神盾』持ちだ。だが、特能頼りの男と思ってくれるなよ? いずれは誰をも唸らせる男になるぞ!」
「へぇ……、アンタにそこまで言わせるのかい。そいつはそそるね……。この場で全部ひん剥いて、その体をじっくりと堪能したいもんだ」
彼女はボソリと呟き、舌なめずりをした。
先程の胡乱な目つきとは打って変わって、生娘を値踏みするかのような目で、ハルちゃんの全身を舐め回していく。
間違いない、彼女は肉食獣だ……。
ボクは本能的に危険を感じ、ハルちゃんを背中に隠した。
まぁ、隠しきるには身長が全然足りないんだけど。
ボクは思いっきり勘違いをしていたらしい……。
人を食うって、そういう意味だったのか!
そんなボクを、ライラさんが邪魔っ臭そうな目で睨み付けてくる。
まるで、美味しそうな肉に纏わり付く『小バエ』とでも言わんばかりに。
「チッ、『鞘』はもう誂えたのかい? アンタにゃサイズが小さ過ぎる気がするがねぇ……。まぁ、使い込んで馴染ませるのも、持ち手の一興か……」
彼女は、至極残念といった様子で溜息をついた。
鍛冶職人なんて、ザ・男の職場って感じなのは分かるけど。
いくら男勝りだからって……、この人、心までオッサン化していないか?
言葉の端々に含まれる意味に、ボクは赤面してしまった。
「しかし、イレギュラーなんていつ以来だろうね……。最低でも三〇は上の敵に変わるって言うじゃないか。ソイツをねぇ……」
そう呟く彼女の目は、まるで夢見る少年のような輝きを宿していた。
この原石を如何にして輝かせるか……。
一人の職人として、そこに興味をそそられたのかもしれない。
「いいだろう、乗ってやるよ! お前に盾を打てばいいんだな? 技術料と人件費はサービスしてやる。ツケておくから、金が出来たら払いにきな。それで良いかい?」
彼女はボクらの希望を見通すように、破格の提案をしてきた。
「本当にイイ女だな、お前はっ」
ガンドルフさんは、したり顔でライラさんを持ち上げる。
彼の成果と言うよりも、ライラさんが勝手に惚れ込んだのだが、それでもこれ以上ない成果に、彼も満足げだった。
「チッ、調子のいい男だね。まっ、いいさ。あたしも女だ、イイ男を引き立てる為とあっちゃ、一肌脱ぐのもやぶさかじゃないよ」
「ありがとうございますっ!」
どうやら、ライラさんのお眼鏡にかなったらしい。
彼女は一度裏方へ戻り、「しばらく店を空ける」と伝えて戻ってくると、いくつかの盾を携えて、ボクらを修練場へと引き連れていった。
しかし、一言で盾と言っても、いろんなタイプがある物なんだな。
大きさや形だけでも千差万別。
中には篭手と一体型になった物や、盾と剣が融合したような物まであった。
大荷物を抱えた一団が修練場に現れた所為で、職員をはじめ、自主練で訪れていた冒険者達まで、いったい何が始まるのかと興味深げに集まってきた。
「四の五の言う必要は無いよ。剣士なら体で語ってみせなっ!」
ライラさんはそう啖呵を切ると、刃を落とした短槍で、ハルちゃんに挑みかかった。ハルちゃんに合った盾の形を、実践形式で見極めるつもりらしい。
しかしこの人、鍛冶屋としてだけじゃなく、槍の使い手としても相当な物だ。
素早いフットワークで、揺さぶりを掛けながら、円を描く軌道で淀みなく槍を繰り出してくる。
なぎ払いを放ったと思ったら、次の瞬間には真逆の方向から石突きが飛んで来たり。
そうかと思えば、先の大ガマを上回る程の刺突が、絶え間なく降り注いでくる。
彼女が何発突きを放ったのか、ボクの目では数えきる事ができなかった。
そうやって、ある程度打ち合ったら盾を交換し、再び模擬戦へと突入する。
そんなサイクルを繰り返しながら、ハルちゃんの得手不得手を調べていく。
持ってきた盾を一通りの試し終えた頃には、ライラさんの表情が釈然としない物へと変わっていた。
「…………剣士を始めて何日だって?」
「10日です」
ライラさんは忌々しげに溜息を吐くと、ガンドルフさんを睨め付ける。
その表情が悦に入ったのか、ガンドルフさんの顔には嫌みったらしい笑みが貼り付いていた。ハルちゃんが彼女の度肝を抜いたことが、ご満悦のようだ。
結局、彼女はただの一度も、ハルちゃんに攻撃を届かせる事は出来なかったのだ。もっとも、コレはハルちゃんが防御に専念していたからという部分も大きい。
攻撃も交えていたら、もう少し隙が出来たと思うし。
「あぁ、正直驚いた。こりゃ、タクロウ以上の逸材だね」
それは確か、一年前まで居た、もう一人の紫ランク冒険者の名前だ。
相当な短期間で、最上位まで上り詰めたって話を聞いた事がある。
そんな人よりも才能を感じるだなんて……。
ハルちゃんも、いずれは英雄の域まで届くってことだろうか。
「で? いろんな盾に触れてみた感触はどうだい? アンタの魔力量なら、大盾を使うのがセオリーなんだが……」
「使い易さで言うなら、今使ってるバックラーが一番好きです」
「確かに、動きのキレが一番良かったな。しかし、味方を守るのがタンクの役目だ。好みだけで選ぶわけにもいかないからねぇ……。中型ならどうだい?」
「う~ん……、そうですね、それ位なら……」
ボクは二人の会話が気になり、手を挙げて割って入った。
「あの、質問――――。タンクって、魔力が多い方が良いんですか?」
「肉体強化は勿論、魔力を使った盾スキルもあるからな。多いに越したことはないさ。魔力量が少ない程、大型盾で範囲をカバーする事になる」
へぇ~。近接職はフィジカルこそが重要なんだって思ってた。
「魔力を使ったスキルって、どんな物なの?」
「えっと、こんな感じ……」
ハルちゃんは、ボクの問い掛けに実演で答えてくれた。
彼が気合いを込めると、掲げたバックラーが微かに輝き出す。
そして、バックラーを覆うように魔力の防壁が現れた。
「【シールドチャージ】にも魔力は使うけど、魔力量が一番影響するのはこのスキルかな。盾のサイズを魔力で拡張するんだけど、全力でこれぐらい……」
見せてもらった物は、バックラーの大きさを五センチほど拡張している感じだった。確かに、その程度盾が大きくなったところで、大して効果は無いだろう。
大きな盾を使えって言われる理由が、何となく分かった。
その事はハルちゃんも自覚しているらしく、ちょっぴり悔しそうにしている。
「あ……」
そんな彼を見ていて、脳裏に閃く物があった。
決して確信が有ったわけじゃない。
もしかしたらという程度の、軽い思いつきだったんだ。
「ねぇハルちゃん、そのまま続けてて」
それでも、彼の力になれるかもって思ったら、試さずにはいられなかった。
ボクは彼の背に手を添えると、彼の体を流れる魔力に合わせて、自分の魔力を注ぎ込んでいった。
すると、小さかった魔力の盾はグングンと大きさを増し、大型盾に迫るサイズに膨れ上がったのだ。
「お前……、一体何をした?」
ライラさんとガンドルフさんが、ボクを見て驚愕している。
「ハルちゃんの魔力に、ボクの魔力を合わせてみたんです」
一瞬納得しかけた二人だったが、直ぐにツッコミが返ってきた。
「いや、普通そうはならんだろっ! こんなスキル、アンタ知っているかい?」
「儂も聞いたことがないな……。魔力は本来、個性の塊だ。他人に魔力を分け与えたとしても、反発こそすれ、増幅するなど考えられん」
ベティさんの魔力欠乏症を癒す時にも聞いた話だ。
だけど、ボクに限って、その問題は起こらない。
『調和』という特能のおかげで、相手と全く同質の魔力を供給出来るからだ。
ほんの思いつきだったけど、コレが『調和』の本当の使い方なのかもしれない。
「コレなら、ハルちゃんが好きな盾を使っても大丈夫ですか?」
「あ……あぁ、そう……だな? だが、自信を持って勧められるわけでは……。こんな事例、聞いた事がないからね。正直、あたしにだって判断が付かんさ」
思案の最中に問い掛けられ、ライラさんは歯切れの悪い言葉になっていた。
だけど、思考がまとまり始めたのか、目つきが活き活きとし始める。
「だが……、職人としちゃぁ面白い! 何となくだが、アンタ達に合った盾の形ってヤツが見えてきたよ」
ライラさんがインスピレーションを受け、創作意欲に燃え上がったのを見て、ボクとハルちゃんはパチンと小さくハイタッチをした。
そしてもう一つ――――。
まだまだ正体の掴めないボクのジョブだけど。
それでも今日、また一つ新しい発見があった。
もっともっと試行錯誤していけば、いつか全容が明らかになる日も来るだろう。




