80話 馴染みの店
引っ越し作業が終わったのはお昼頃。
そのままみんなで昼食へとなだれ込み、以降は自由時間となった。
シロさんはこの後、【フェザーストライド】の講義を受けに行くらしい。
カナさんも、それに付き合うそうだ。
昨日の攻略中、物は試しにと一度【フェザーストライド】を解除してもらったんだけど……。
その瞬間、踝まで埋まる程度だったボクの脚は、一気に膝まで泥の中へと沈み込んでしまったのだ。
実際に体験してみてハッキリ分かった。
あれは湿地踏破に必須のスキルだ。
一方、ボクの方の予定はというと、ハルちゃんと一緒に修練場へ行く事になっている。彼の装備の事で、彼の師匠に助言を貰おうと思ったんだ。
大ガマ戦でハルちゃんの盾が破損してしまったからね。
それを何とかしないことには、ダンジョンへ入る事も出来ない。
その事をハルちゃんと話し合っていると、ボクの服が遠慮がちに引っ張られた。
もちろん、そんな事をするのはベティさんしかいない。
不安そうにボクを見つめる彼女の瞳は、溢れそうなほどに潤んでいた。
「私も一緒に行きますわっ」
彼女が危惧するような予定なんて、何もないのに……。
冒険の話をしに行くだけだよ? って言っても、ベティさんはイヤイヤと顔を振り続けるばかり。
ホントにこの子ったらもう……。
ヤキモチを焼く姿が、可愛いったらありゃしない。
結局、根負けしたのはボクの方。
午後は三人で行動を共にする事になり、お腹がこなれた頃を見計らって、サクヤの【転移】で修練場へ乗り付けることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「むぅぅぅ…………」
ひげ面のドワーフが、ボロボロになった盾を手に取り、低く唸っている。
修練場の指導官であり、今ではハルちゃんの師匠でもあるガンドルフさんだ。
「たかだか二六層でコレか……」
苛烈な攻撃に晒され続けた所為で、ハルちゃんの盾は大きく変形し、薄らと亀裂まで入っていた。まさに、辛うじて原型を留めているといったレベルだ。
あと数秒戦いが長引いていたら、完全に破壊されていただろう。
ボクらは最初、同じものを買い直そうかって話していたんだ。
だけど、いくら相手が七〇層クラスのイレギュラーだったとはいえ、ここまで破壊された姿を見せられてはね…………。
話し込んでいくウチに、同じ装備では心許なくなってしまったのだ。
それで、彼の師匠に相談に来たというわけ。
他にも、修練場責任者や無乳エルフが一緒になって相談に乗ってくれたのだけど、満場一致で防具のランクを上げるべきと言う結論に至った。
相手は突発的なイレギュラーだ。
もう一度同じ目に遭う可能性は低いだろう。
でも、そんな敵を相手に立ち回れるのなら、初級装備では既に力不足だと、みんなが言うのだ。遠くない内に、装備の性能が足を引っ張って、力を発揮しきれなくなるだろうって。
ただ、装備のランクを上げるとなると、やはり金銭的な問題が出てきてしまう。
今のボクらは、完全に自転車操業状態なのだ。
装備の更新なんて、まだまだ先だと思っていたから、ボクらは先行投資と思って、スキルの習得を最優先にしていた。
だから、お金が入ってきても、直ぐに講義代に消えてしまっていたのだ。
そんなボクらに、貯金なんて物は有るはずがない。
その辺の事情も包み隠さず曝け出し、みんなの知恵を拝借させてもらっているのだけど…………。
「本来ならば、お前達の判断は正しい。一般的な水準で言えば、装備の更新が必要になるまで、早くとも半年はかかるだろうからな」
「ガンドルフ、使わなくなった盾が余っていないのかい?」
「悪いが、流石に無いぞ。そもそも、使える内は修理しながら使うからな。倉庫で埃を被っている物は、何処かしらにガタがきた物ばかりだ」
装備をランクアップするべきと結論づけた面々だったが、やはりもう一度初級装備を購入して、しばらくお茶を濁すしかないという妥協案に立ち戻ってしまった。
エルさんは「代金を立て替えようか?」って言ってくれたんだけど、そういう部分で甘えだしたら際限が無くなりそうで、それもちょっと怖い……。
結局、初級装備の再購入を決め、次に装備をランクアップする際の注意点などを、エルさんに助言してもらった。
そんな折、しばらく難しそうに唸っていたガンドルフさんが、ボソリと呟いた。
「アイツなら……、融通を利かせてくれるやもしれん……」
誰に向けた発言というわけでもなかったが、その一言でみんなの視線が彼に集まった。
「アイツ? あぁ、ライラさんですか?」
「んむ……。しかし、ハルノを連れて行くのは、すこし気が退けるがな……」
「そうですねぇ……、色々と噂を聞く御仁ですし」
初めて聞く名前だ。
その人物なら、この状況を打開出来る秘策を持っているらしい。
でも何故か、彼らはボクを見ながら渋面になって唸っている。
「気難しい方なんですの?」
「良い意味でも、悪い意味でも職人という奴だ。気に入った奴には気前が良いし、逆の場合はテコでも動かん。ただ、時々客を食っちまう悪い癖がな……」
「客を食うッ!?」
ちょっ!? 悪い癖とかそんなレベルじゃないじゃん!
ボクはリザードマンみたいな人物が、ハルちゃんを丸呑みにする光景を思い浮かべてしまった。
「まぁ、お目付役が二人もいる事だ、大丈夫だろうて」
「ホ、ホントに大丈夫なの!? 何かあったら守って下さいよ!?」
「あぁ、安心しろ」
不穏な言葉に不安を感じながらも、ボクらはガンドルフさんの馴染みの店へと、連れて行ってもらう事になった。
人を食う武器屋なんていう、街に潜む脅威の元へと。
エルさん達に別れを告げてから、およそ五分ほど。
そのお店は、修練場にほど近い職人町の一角に在った。
「ここ……ですか?」
一応屋号は掲げているけど、一見するとお店とは分かりづらい。
商店街に在るお店とは、趣が違いすぎるのだ……。
ボクは思わず、ガンドルフさんとその建物を、交互に見比べてしまった。
ガラスの引き戸を開ければ、カウンターは有るし、品物も有る。
有るのだけど……、無骨な木棚にごちゃっと積まれている有様は、とても展示とは呼べない状態だった。
壁や床も煤けた感じで、掃除が行き届いているとは言い難い。
本当に客商売をしているのかと、疑ってしまう店内だった。
一言で言ってしまうと、華が無い。
そもそもこの音――――。
カーン、カーンと、店の裏手から鉄を打つ音が響いてくるのだ。
おそらく、鍛冶場の一角に接客スペースを構えただけで、お店にするつもりなんて無かったんじゃないかな。
ガンドルフさんが言うには、商店街の武具店に商品を卸しているそうだが、オーダーメイドで注文したい人は、こちらまで足を運んでくるらしい。
「よう、婆さん。悪いがライラのヤツを呼んでくれるか?」
「おや、ガン坊じゃないか。ちょいと待っとくれよ」
カウンターの陰で置物のように座っていた老婆は、ドッコイショという掛け声と共に立ち上がると、ノソノソと裏手に回っていった。
だけど、鉄を打つ手を途中で止めるわけにもいかないらしく、ボクらは店内で雑談しながら待たせてもらう事になった。
「しかし……、それ程の戦いを味わったのなら、大人しいお前でもさすがに滾っただろう?」
ガンドルフさんは、立派な顎髭を揉みながらニカッと笑い、ハルちゃんの戦果を我がごとのように喜んでいた。
でも、言われた側のハルちゃんは、『滾る』という感覚がいまいち実感できなかったらしい。
「戦ってる時、なんだか楽しくなりましたけど……、アレが滾るって事ですか?」
「なんじゃぁ? そのしょっぼい答えは……」
ガンドルフさんは、酷く肩すかしを喰らっていた。
「血湧き肉躍るっ! そんな言葉を聞いた事があるだろうっ? 腹の奥底からこう……、カッカと熱くこみ上げる感覚というかだな、得も言われぬ高揚感というかだな……」
彼は必死に筆舌を尽くすものの、いまいちハルちゃんには響かない。
それに業を煮やしたのか、彼はあろう事か、ハルちゃんの股間をワシッと掴み上げてしまった。
「ひっ!?」
「激戦の後なんぞ、興奮が収まらずおっ勃つだろうが! 連れ合いのおらんヤツなんぞ、そのまま娼館にしけ込むぞ? それ位、戦いで身も心も奮い立つ、それが男ってもんだろうがっ! ここにぶら下げとる物は飾りか!?」
それは彼なりの愛情であり、激励であり、叱咤であったのだろう。
行為や言動の是非は置いておくとして、少なくとも熱く語るだけの想いが、ハルちゃんに向けられていた。
「もっと自信を持て! 胸を張れ! お前ほどの男はそうはおらん! これだけ大層なモノをぶら下げておきながら、何故そんなに弱気になる!? お前はもっと雄のなんたるかを知るれっ! なんなら今から花街に――――――」
最後に聞き捨てならないワードがあった気がしたけど、そんな事よりもボクは、ヤバイって直感に突き動かされていた。
「ダメ――――ッ!」
ボクは、ガンドルフさんの腕を払い除けるように、二人の間に割り込むと、ハルちゃんに正面から抱きついた。
危ない……、間一髪だった。
ボクがムッとして睨むと、ガンドルフさんがちょっぴりたじろぐ。
「済まん、済まん。別にお前さんを蔑ろにしようって訳じゃないんだ。つい勢いというかだな……。言っておくが、ハルノをそういう店に連れ込んだ事は、一度も無いからな!?」
ガンドルフさんは、ハルちゃんを娼館へ連れ込もうとした事に、ボクが腹を立てたと勘違いしたらしい。
いや、もちろんハルちゃんが他の女を抱くなんて、考えたくもないけどさ。
ボクが怒ったのは、今現在ボクとハルちゃんとの間で、ムクムクと存在感を増している『ハルちゃんの尊厳』を守る為だったんだ。
ハルちゃんは、男の子になってまだ二週間しか経っていない。
性に目覚めたばかりの男の子が、どれ程過敏か……、ボクにも経験がある。
机の角にコツンと当たっただけでも、体が勝手に反応してしまうのだ。
だから、お腹に当たる彼の分身が落ち着きを取り戻すまで、ボクが抱きついて隠そうと思ったんだ。
でも……逆効果だったみたいです。
「ね……ねぇ、ハルちゃん……。コレ、まだ収まらない?」
「そんな風にくっつかれたら、無理にきまってるじゃない!」
コソコソと内緒話をする間にも、ボクのお腹に触れるリトルハルちゃんは、より一層存在感を増してきて……。
おかげで、ボクの方まで顔が赤くなってしまう。
それが、別の誰かさんに、別の誤解を与えたみたいで、事態は悪化の一途を辿ってしまった。
「いい加減にっ、離れなさいなっ!」
「あっ、ダメッ! ベティさん待って――――!」
ベティさんは、無理矢理ボクらの間に腕を差し込むと、強引にボクを引っぺがしてしまった。
「本当に油断も隙もありませんわねっ! ユウキさんを独り占めしようだなん……て…………!?」
露わになってしまった、ハルちゃんの現状を目の当たりにして、ベティさんの顔がみるみる赤く染まっていく。
そんでもって、上擦った声でハルちゃんを非難し始めた。
「あ……、あなっ、貴方ねッ! いくら何でも、時と場所を弁えて下さいなっ!」
「だから、待ってって言ったのにっ!」
慌てて二人でハルちゃんを隠そうとしたけど、ガンドルフさんはそんなボクらをニヤニヤと見守っていた。
暴れん棒過ぎだよ、ハルちゃんっ!




