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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
81/88

79話 宿を出る日

 翌日、ボクらは宿を引き払う事にした。


「あんた達、もう出ていく気なのかい!?」


 宿の受付で女将さんに話を切り出すと、目を丸くして驚かれてしまった。

 支援期間が終わるまで、まだ半月も残っているのだ。

 それも無理のない話か。


「うん、急に新居が決まっちゃったから……」

「みんなで相談して、新しい環境に早く慣れた方が良いだろうって話になったんです」

「俺はもうしばらく、宿の生活を楽しみたかったんだけどな」

「シロウのエッチ……」

「ち、違ぇって! 別に相部屋じゃなくなるのが寂しいとか、そんなんじゃねぇからなっ!」


 毎度のようにギャアギャアと騒ぐボクらを見て、女将さんの顔が少しだけ寂しそうに陰ってしまった。

 だけど、それも僅かなこと。

 彼女は直ぐに、元気な仕事用の顔を取り戻していた。


「部屋の荷物を片付けたら戻っておいで。解約手続きをするからね。あと、今日の宿代はもう引き落とされてるから、コレは返金だよ」


 そう言って、女将さんはボクらに銀貨を一枚ずつ手渡してくれた。


「それじゃ、直ぐに片付けてきますっ」

「そんなに急がなくても良いからね~」

「はーい!」


 ボクらは二階へ駆け上がると、それぞれの部屋へと別れた。




 ――――約二週間か……。


 思い返すと、ここへ来てからの生活は、とても濃密な物だった。

 だからか、実際に過ごした時間よりも、ずっと長く居るように感じてしまう。

 二週間なんて、普段ならアッと言う間に感じてしまうのに……。


 そんな短い間暮らしただけなのに、部屋の扉を開ければ、嗅ぎ慣れた空気がフワリと鼻をくすぐる。

 この部屋はもう、ボクらの香りを覚えてしまったらしい。


 それが何だか落ち着くような、気恥ずかしような……。

 一言では言い表せない、不思議な気持ちにさせてくる。

 そんな感覚に身を委ねながら、ボクらは古巣を懐かしむように部屋へと踏み入った。


 部屋に入って直ぐの所には、壁に固定された姿見がある。

 この世界へ来たその日、今の自分の姿を初めて目にしたのが、この鏡だった。

 そして……。あれが、初めて見た女の子の裸でもあった……。


 あの時は、男の願望が叶った! なんて、食い入るように見つめたっけ。

 それで興奮しすぎて、鼻血が出ちゃったんだよな。


 思い出したら恥ずかしくなってきた……。

 何やってんだよ、あの時のボクはっ!


 でも、女の子の裸を見て鼻血を流すことも、今ではもう無くなった。

 さすがに見慣れたって事かな。


 とはいえ、ボクの心の根幹が『男』で出来ている事に変わりはない。

 だから、女の子を求めもするし、女の子の裸にも普通に興奮してしまう。

 白状してしまうと、何度か自分の裸をおかず(・・・)に――――。


 い、今のなしっ!

 自分から黒歴史を暴露してどうすんのっ。


 勢いよく鏡に背を向けて、変な方向に流れた思考を切り替える。

 すると、安っぽい無骨な丸テーブルが目に入った。


 それに歩み寄ると、ゆっくりと周回しながら、ツーっと指先で天板をなぞっていく。このテーブルにも、随分とお世話になった……。

 何度も部屋に料理を持ち込んで、テーブルを四人で囲んだっけ。


 女の子の自覚が足りないって、ハルちゃん達に怒られたのも、そんな時だった。

 それで、シロさんまで巻き添えで怒られて。

 あの時のシロさん、恨めしそうな目でボクを見てたなぁ。

 思い出したら、クスクスと笑い声が漏れてしまった。


 バスルームへは、優柔不断な自分を誤魔化すように、何度も逃げ込んだっけ。

 照れ隠しだったり、間を持て余してだったり、頭の中を整理する為だったり。

 ボクの逃げ場所になってくれて、本当にありがとう。



 そして――――。


 窓際に並んだ二つのベッド。

 本当に……、本当に沢山の事を二人で語り合った……。


 「今日こんな事があったよ」なんて些細な事から、「好きだ」という告白まで。

 ボクらの会話は、いつもこのベッドの上で交わされていた。


 明かりを消した後も話し声が止まらず、お互いの声を子守歌代わりに眠りについたよね。ハルちゃんが先に寝ちゃった日なんか、彼の規則正しい吐息を聞いていると、ボクも不思議なほど安心して眠りにつけたんだ。


 その点、新しい屋敷ではハルちゃんとも別々の部屋。

 それを考えると、二人並んで過ごせたこの部屋は、とても掛け替えのない物のように感じてしまう……。



「ユウ君……、大丈夫?」

「え……? 何が?」


 ハルちゃんがボクを見つめて、心配そうに声を掛けてきた。

 何故そう問われたのか。

 ボクはその答えに見当が付かず、キョトンとして彼の顔を見上げてしまう。


 彼は疑問に答えるように、人差し指の背で、ボクの頬を優しく撫でてくる。

 それでようやく、彼の言葉の真意に気づくことができた。

 いつの間にか、ボクの頬を涙が伝っていたらしい。



 たったの二週間だ……。


 そんな短い時間なのに、ボクらはとんでもなく濃密な思い出を、この部屋に刻み込んでしまったらしい。

 そこを離れるのだと悟った時、心よりも先に、体の方が感情を溢れさせてしまったのだ。


「うん、大丈夫……。グスッ……大……丈……ぅ……」


 嗚咽を漏らすボクを、ハルちゃんは黙って抱きしめてくれた。

 ボクが口にした言葉は、所詮ただの強がりだ。

 言葉とは裏腹に、ボクは彼の胸に縋り付いて体を震わせている。


 悲しい事があったわけじゃない。

 この部屋を出るのだって、新しい生活の始まりなのだ。

 それは、とても希望に満ち溢れたモノで……。


 だというのに、ボクの体はボクの意思などそっちのけで、感情に振り回されてしまっていた。



 ――――あぁ、ボクは寂しいのか……。


 思い出の刻まれたこの場所が、ボクの手から離れてしまう。

 それが、どうしようもなく悲しいんだ。

 その感情を頭が理解した瞬間、無自覚に塞き止めていた感情が、津波のように一気に押し寄せてきた。


 前ならこんなこと無かったのに……。

 自分の手に余る程の感情に翻弄され、ボクは彼の逞しい腕の中で、声を殺して泣いた。


「ハルちゃんは……、強いね……」

「うん……。ユウ君を守れるだけの、大きな体を貰ったからね……」


 震えの止まらない体を、押さえ付けてくれる力強さ。

 凄く窮屈な筈なのに、それが不思議と安心感を与えてくれる。


 人にしてもらって初めて知る感覚。

 抱きしめて貰うって、こんなにも心が安らぐ物なのか。

 ボクが顔を離すと、彼もボクを解放してくれた。


「ありがと……。少し寂しいけど、もう大丈夫だから……」


 泣き笑いのような顔で見つめると、彼は優しげに微笑み返してくれる。

 目の前に居るのは、暖かな春の陽射しのように、安らぎを与えてくれる人。

 それが、ボクの大好きな恋人……。



 コン、コン、コン――――。


 ボクが感傷と恋心に浸っていると、扉がノックされた。


 そちらを見やると、入り口で待っていたベティさんが、面白くなさそうに頬を膨らませている。

 部屋のドアは、初めからずっと開けっ放し。

 つまり、彼女は一部始終を、まるっとお見通しだったわけです。


 彼女は少し肩を怒らせながら歩いてくると、ガバッとボクを抱きしめた。

 そのまま、ボクの肩越しにハルちゃんを睨み付け、抗議する。


「抜け駆けなんて酷いですわっ!」

「私、そんなつもりは……」

「嘘っ! そんなの見ていれば分かりますわ! 昨日までとは、雰囲気が違いますもの! ズルいですわっ!」

「ごめん……」


 ハルちゃんの謝罪を聞き、ベティさんは一層力を込めて、抱きしめてきた。

 彼女のそれは嫉妬だ……。


 ここはハーレムだって許容される世界。

 だからって、他の誰かに負けないくらい心を通わせたいと願うのは、人として当然の欲求なのだろう。


 彼女は最初から三人での関係を、と願っていた。

 ボクの気持ちを知っている分、一歩退いているところもあったと思う。


 なのに、ボクとハルちゃんだけが、心の繋がりを強めてしまった。

 それがショックだったらしい。


 ボクが彼女に感じる気持ちは、男として女の子に向ける想いだ。

 そこに、女同士の友情が混じっている感じ。


 ハルちゃんとの関係は、ともすれば、自分の男の部分を希薄にしてしまう。

 それはボクにとっては喪失で、寂しさや恐怖を感じてしまう部分でもあった。


 ベティさんはそんなボクに、『男』という物を強く想起させてくれる。

 そう言うと、都合の良い相手のように聞こえるかもしれない。


 だけど、ボクは間違いなく彼女の事も大好きだ。

 甘く囁いてくれる所も、ボクに甘えてくる所も。

 全部ギュッと抱きしめたくなる。

 そんな、可愛くて愛おしい人。


「私は貴方と違って、この世界で出会ってからの思い出しか有りませんのに……。その上、私の知らない所で、二人だけで何かが進んでるなんて、ズルいですわっ! 私だけ、一緒に居られる時間が少ないのに、酷いっ……」


 ベティさんは、感情を爆発させながら捲し立て、涙を滲ませている。

 そんな彼女の震える背中を、ボクはポンポンと軽く叩く。

 それでようやく、彼女はボクに口を挟む余裕を与えてくれた。

 彼女はボクから顔を離すと、不安そうに見つめてくる。


 人一倍依存心の強い彼女だ。

 ボクの気持ちがハルちゃんにばかり向かうのは、さぞかし怖かった事だろう。

 ボクは彼女の頭を撫でて、安心させようと微笑んだ。


「一緒に来る?」


 彼女は、ボクが贈った短い言葉に涙をこぼすと、静かに頷いた。


 その返事を受けて、ボクはギュゥ~~ッと力強く彼女を抱きしめる。

 互いの小さな胸が、押しつぶされる程に。


 ついぞ今、ハルちゃんから教わった事。

 今のボクには彼のような力強さはないけど、それでも不安に揺れる彼女を包んであげたかった。


「新しい生活は、ベティさんも一緒にスタートだねっ」




 今更だけど――――。


 なんでこの場にベティさんがいるかって言うと。

 ハルちゃんの盾が壊れてダンジョンには入れないから、「今日は休みにして、引っ越し作業してくるね」ってメールしたら、手伝うと返ってきたのだ。


 といっても、身一つでこの世界にやって来たボクらは、荷物が極端に少ない。

 サクヤ邸に持っていった荷物で、ほとんど全部なのだ。


 だから、特にして貰う事もなかったんだけど。

 そこはそれ、みんなで何かやっているのに、自分だけ参加しないのは寂しいって思ったみたい。


 部屋に残っている物は、生活用品やちょっとした小物、着替えが少しって感じ。

 あ……、ここへ来た時に着ていた、ボロボロのシャツも残っているか。

 とても着られる状態じゃないけど、コレも思い出って感じがして、捨てられなかったんだ。


 一通り片付けが終わって廊下に集まると、全員分の私物をまとめても、ボクの空間拡張バック一つに、余裕で収まってしまう量しかなかった。


 一階の受付に戻ると、女将さんが解約の手続きをしてくれる。

 それは契約した時と同様に、起動したカードキーを、冒険証にかざしていく流れだった。


 ボク達と女将さんとの関係を断ち切るような最後の儀式。

 酷くあっさりとした物だったが、みんな神妙な面持ちでその所作を見守った。

 全員の解約が終了すると、しばし沈黙が訪れる。


 今生の別れって訳じゃない。

 だけど、区切りが付いてしまう事が、何だか妙に物悲しかった。


「今までお世話になりました」


 女将さんに深々とお辞儀をすると、彼女は腰に手を当てて、口元に笑みを浮かべていた。


 でも、その顔はなぜか片眉だけが下がっていて……。

 それは見ようによっては困り顔のような、微笑んでいるような、なんとも表現しづらい微妙な表情だった。


「ホントに世話のかかる子達だったよ。あんた達は毎度毎度、食堂で騒ぎ散らして……。これじゃ、静かになりすぎて、あたしの方が寂しくなっちまうよ」


 その言葉を聞いていたら、収まっていた感傷が刺激されて、ボクはまたジワリと涙がにじんでしまった。


「また、いつでもご飯を食べにおいで……」

「うんっ」


 女将さんはボクをギュッと抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。

 一頻り別れを惜しむと、女将さんはボクらを外まで見送ってくれた。


「しっかり頑張りな! だけど、行ったきりになるんじゃないよ! 必ず帰っておいで!」


 女将さんが贈ってくれた言葉に、大きく手を振って応えると、ボクらは新たな一歩を踏み出した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ベティさんの件は事後承諾になってしまったけど、彼女だってボクらのパーティーメンバーだ。

 そんなわけで、サクヤも彼女の入居を二つ返事でOKでしてくれた。


 ただ、ちょっと意外だったのが、ベティさんのお住まい。


 六畳一間の安アパートで、トイレは在れども風呂は無し。

 そんなお部屋に、彼女は一人で暮らしていたのだ。

 ご飯は自炊、お風呂は銭湯に通っていたらしい。


 質素な部屋の割には、調度品がやたらと豪華で、それがすごくアンバランスだった。というか、家具が立派すぎて、部屋が立体パズルのように埋まってしまい、寝る以外の空間が確保できていない有様。

 お嬢様然とした風貌からは、とても想像の付かない暮らしぶりに、ボク達はビックリしてしまった。


 これはボクの勝手なイメージだけど、ベティさんなら絶対に豪邸に住んでいると思っていたから……。


 実は貴族でした、って言われても驚かないつもりでいたのに。

 それが、こんな生活だったなんて……。

 もっと早くに、同居の話を切り出せば良かった。


 しかし、転移魔法って完璧チートスキルだよなぁ……。

 荷車が必要な量の荷物を、サクヤはあっさりと屋敷まで転移してしまったのだ。


 そんなこんなで、サクヤ邸に戻ったボクらは、早速荷物のお片付けです。

 ボクらの方はちょっとした手荷物だけなので、基本はベティさんのお手伝い。

 彼女はこれから始まる生活に心を躍らせているのか、凄く楽しそうだった。


「ドレッサーは隣に並べて下さいな。クローゼットは、右側から使わせていただきますわね。それから――――」

「待って、待ってっ! 何でボクの部屋に荷物を運び込んでるの!?」


 悪乗りしたシロ・カナの二人が、部屋の主そっちのけで、ベティさんの要望を叶えていた。

 ベティさんはさも意外そうに、片付け途中のドレスを抱きしめて涙ぐむ。


「そんなっ、酷いですわっ! 一緒にって言ったではありませんの!」

「一緒の家に、ね。一緒の部屋じゃないよっ?」


 ボクは、彼女の意図的な勘違い(・・・・・・・)を正した。

 だけど、それで収まるような彼女でもなかった。

 ベッドに押し倒す勢いで、ずずずいっとボクに詰め寄ると、彼女の言い分が飛び出してくる。


「ハルノさんとは、二週間も同じ部屋で過ごしたんですのよね!? なら、私とも同じだけの時間を過ごして下さらないと、不公平ですわっ!」

「うっ……。そ、そう……かな?」


 そう言われると、確かに不公平な気もしてくる……。

 彼女の言い分ももっともか……な?


「ええ、だから私がこの部屋で一緒に過ごしても、全然問題ありませんわ!」

「えっと、じゃぁ……」


 彼女との討論(ディベート)で押しきられる寸前、ハルちゃんが参戦してきた。


「ダメですよっ? 私だって、ユウ君と別の部屋になって寂しいんだから、ベティちゃんも同じ環境でスタートしなくちゃっ」

「あの……、ボクは――――」

「ユウ君は黙っててっ!」

「ユウキさんは黙ってて下さいましっ!」

「は、はいっ!」


 部屋の主の自由意志など、早々に机上から投げ捨てられていた。

 白熱する二人の論撃バトル。

 それをオロオロと見守るボクと、ニヤニヤと見守るシロ・カナ。


 でも、冷静に考えると、【同調】の特訓以来、ベティさんとは過剰気味なスキンシップが増えてしまった。

 そんなボクらが一緒の部屋で生活を始めたら……、ボクは多分溺れてしまう(・・・・・・)


 うん……、やっぱり別々の部屋の方がいいよね。

 討論はハルちゃんに軍配が上がったらしく、ベティさんが悔しがっていた。


「あ~ん、もうっ! 貴方が邪魔さえしなければ、押し切れましたのにっ! 酷いですわっ!」

「押しに弱いユウ君を守るのは、私の役目だからっ」


 勝者の余裕か、彼はドヤ顔でフンスと鼻を鳴らしていた。


「お邪魔虫っ!」

「なっ!? え、えっと、この泥棒猫っ!」


 昼ドラかよっ!


 そして、一度ボクの部屋に運び込まれた荷物は、西隣の部屋へと運ばれていくのだった。

 完全に二度手間だ……。

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