78話 二人の帰り道
ギルドを出た所で、ワルカスさんがボクらを引き留める。
急ぐ用事があるわけでも無いので、彼に付き合って少し雑談を交わしていると、見覚えのある顔が二つ、ボクらの前に現れた。
これから見舞いに行こうと思っていた二人の顔だ。
ボクは二人の無事な姿に安堵すると共に、少しムッとしてしまった。
「コラッ! 怪我人は安静にしてなくちゃダメでしょっ!」
二人の前で仁王立ちになり、プンスカと怒ってやったけど、どうやら迫力不足だったらしい。彼らの表情には、悪戯を軽く咎められた程度にしか、反省の色が見られなかった。
シロさんだったら、もう少しドスの一つも利かせられたんだろうけど、ボクにはこれが限界みたい。
「いや、俺はアルフォートに比べたら全然軽傷だよ」
「ご心配をお掛けしました、姫」
何か妙な単語が聞こえた気がするけど、まぁいいや。
そんな事よりも、彼らの体調の方がずっと大事だ!
「それで、体の方は大丈夫? 治療所の人は何て?」
こうして出歩いているのだから、問題は無いと思うのだけど……。
あの時の治療を思い返すと、今でも体が震えてくる。
正直に言えば、自信なんて全く無かったんだ。
病院のように、先生が後ろに居るわけでもなかったし。
それでも何とかしなくちゃって、必死に知恵を振り絞ったんだ……。
間違っていたかもしれない、もっと良いやり方が有ったのかもしれない。
そんな風に、今になって不安がこみ上げてくる。
「治療所の人なら絶賛してたぜ?」
「ええ、戦いの最中によく的確に処置したと、姫の手腕を褒めていました。特に、コレには大層驚いていましたよ」
そう言って、彼は上着をめくって脇腹を晒した。
そこには、ボクが短剣で刺した傷跡が……。
治療の為とはいえ、この手で人を刺したという現実が、心を酷く苛んでくる。
「ごめんなさい……、こんな方法でしか治せなくて。傷痕は、病院で頼めば綺麗に治してくれるはずです。ボクにはまだ……出来ないから……」
「いえ、これは姫が私を救ってくれた証。それを消してしまうなんて、とんでもない! 感謝こそすれ、それを責めるなど道理に反していますよ」
辛そうな顔を晒すボクを気遣ってくれたのだろう。
アルフォートさんは、不安げなボクの言葉を毅然と否定してくれた。
「でも……」
「傷は男の勲章です。お気になさらないで下さい」
「う、うん……」
ボク自身、戒めとして傷を残そうとした事がある。
そう言った意味で、彼の気持ちも分からなくはない。
でも、ヒーラーとしてはスッキリしないのだ。
――――まぁ、ソレはソレとして……。
「ところで、さっきから『姫』って、まさかボクの事?」
「はい!」
聞き間違えじゃなかったらしい……。
「そのぉ……名前で呼んでもらった方が、ボクは有難いんですけど……」
この体になって、もう大分経つ。
慣れた訳じゃないけど、女の子扱いされる事は、ある程度割り切っていた。
だけど、流石に『姫』はない。
その呼称を臆面もなく享受できる人て、相当だと思うよ?
だけど、彼はボクの要望などスルーして跪くと、自分語りを交えながら朗々と語り出した。
「私は幼小の頃より騎士物語に憧れていました。心より尊敬する御方に忠義を尽くし、身命を賭してその方の剣となる。それこそが男の生き様であると」
彼は目を伏せ、子供の頃に夢想した夢を思い返していた。
そして、静かに目を開くと、ボクを真っ直ぐに見つめてくる。
「『絶対に助ける』そう言って私の手を取った貴方に、後光差す白銀の霊峰を見ました。神々しいとは、かような物かと……。そして言葉の通りに、貴方は私を救ってみせた。あの様な死地で……、己が身の危険すら顧みず……」
彼は跪いて傅きながらも、溢れる想いが抑えきれないのか、可能な限り身を乗り出してくる。
「貴方こそ我が天恵! 銀嶺……いえ、銀麗の聖女とでも言うべき御方です! 女神にも等しい貴方に、コミュニティへ加えて欲しいなどと、おこがましい事は申しません。ですが、姫! この身を貴方の騎士として捧げる事を、どうかお許し下さい!」
――――何という歯の浮く美辞麗句……。
お酒の力でも借りなければ、とても口に出来そうにない言葉の数々。
それをよくも真顔で……。この人、ある意味凄い。
ボクは困り顔で仲間の二人に助けを求めたけど、今回ばかりは求めた相手が悪かった。
「あら、良いですわね。ユウキ姫、私もそう呼ぼうかしら」
「ユウ君……、ユウキ姫……、ユウ姫…………。悪くないかも」
「裏切り者ぉ~~!」
何とかして彼を説得しようと頑張ったのだけど、姫という呼称を矯正する事は叶わなかった。
この、騎士道馬鹿さんめっ。
渋々諦めて、先ずはお友達からという妥協案で手を打つことに。
でも、その行く末に恋人ではなく騎士を求めるなんて話、聞いた事もない。
なんにせよ……、話がまとまったのなら次だ次っ!
諸々の雑務を手早く済ませていこう。
みんな疲れてるもんね。
彼らにもギルドへ伝えた内容を報告したり、魔石の売却益や情報料の分配をしていく。だけどこの頑固者は、ここでも頑として申し出を断るのだ。
やれ自分は役に立てなかっただの、やれ命を救われた立場だのと。
だけど、そこはベティさんの放った一言が決め手になった。
「彼女、こういう筋は通さないと気が済まない人よ。それに、姫からの下賜を断る騎士なんて、前代未聞ですわね。早速騎士を辞退する気かしら?」
――――ってね。
「はっ! 有難く頂戴いたします!」
アルフォートさんはビシッと直立すると、胸元に右手を掲げて敬礼した。
あぁ……、ボクってば、早速『姫』の威光を利用してしまったよ……。
でもさ、彼が役に立っていないなんて事はないんだよね。
実際、彼は重傷の体を押して、ボクを守ってくれたわけだし。
「いい? アルフォートさん。 貴方が守ってくれなかったら、ボクは死んでいたかもしれないんだよ? だから、助けたのはお互い様なの!」
ボクは彼の目の前に立つと、腰に手を当てて、軽く睨むように見上げる。
そうやって彼の間違いを正した。
「ボクの、とは言えないけどさ。あの時の貴方は間違いなく立派な騎士だったよ。ありがとね、騎士様っ」
そう言って彼の手を取り、ボクは精一杯の感謝を笑顔で伝える。
彼は真っ赤になって硬直し「きょ、恐縮です!」と、どもっていた。
「ユウキさんて、アレを素でやってるんですのよね?」
「ユウ君、時々天然入ってるから……。これ以上、自然体で敵を増すのは、止めて欲しいんだけどね」
「ですわね……」
背後から聞こえてきた二つの溜息。
それに振り返ると、何故か仲間の二人からジト目が向けられていた。
あらかた用事が済んだところで、ボクは再度アルフォートさん達に安静を促し、後日病院で経過を診てもらうよう勧めた。
回復魔法も万能というわけじゃない。
傷んだ組織が癒えるには時間が掛かるし、折れた骨が本来の強度を取り戻すには何日も掛かる。それに、傷を治しても、痛みはしばらく残ってしまうのだ。
完治したと思って無理をするのが、一番怖いんだよね。
そうして訪れた別れの時。
アルフォートさんは「姫のお呼びとあらば、何を置いても駆けつけます」と、これまた芝居がかるほど大仰に傅き、手の甲にキスをしようとした。
だけど、幸い? それは未遂に終わった。
その行為はハルちゃんにとって、許容できるラインを越えていたらしい。
彼はボクを抱き上げると、脱兎のごとく退散してしまったのだ。
「ちょっ!? ハルちゃん!?」
「みんなっ、お疲れ様ぁ――――!」
なんだか、慌ただしい別れになってしまったけど、みんなも早く帰ってお風呂に入りたいだろうし、まぁ良いか。
ボクはハルちゃんに抱えられながら「またね~」と笑顔で大きく手を振った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ギルドが見えなくなった頃、ボクはようやく地面へと帰還を果たす。
しかし、改めて自分達の格好を見直してみると、本当に酷い……。
泥水に浸かった脚は、膝上まで乾いた泥で真っ白になっているし、服も、髪も、汚れていない場所なんて何処にもなかった。
そんな身なりで歩いているものだから、擦れ違う人達がみんな、奇異の眼差しを向けてくる。
でも不思議と、恥ずかしいって感情は湧いてこなかった。
「泥だらけになっちゃったね。あ~あ、早くお風呂に入りたい」
「宿屋に寄っていく? そっちの方が近いけど」
「ん~~、ううん。サクヤの家まで我慢する」
直ぐにでもサッパリしたいのはホント。
でも今は、もう少し二人きりで居たい気分だった。
だから、サクヤに迎えの連絡も入れず、長い帰り道を二人で歩いていく。
そんな気持ちで居たはずなのに、二人とも終始無言だった……。
きっと彼も、今日の出来事を噛みしめているのだろう。
自分達が成し得た成果の事を……。
ボクは少し汗の滲む手で、彼の手を握った。
「ハルちゃん……、凄く……カッコ良かった……」
「うん……。あんな風に出来たこと、私も驚いてる」
本当に、凄かった。
勝てるかどうかも分からない敵との戦闘。
そんな事は初めてのはずなのに、ハルちゃんはそれを見事に凌いでみせた。
なによりも、敵が脅威だと感じた瞬間に、誰よりも早く前に躍り出たあの姿。
『みんなっ! 私の後ろにっ!』
そう叫んだ彼の言葉に、ボクは戦闘中であるにもかかわらず、痺れるような感覚を覚えてしまったのだ。今思い出しても心臓が暴れ出す……。
体中が火照って、お腹の奥がキュンキュンする。
カッコ良かった……。
男として憧れる姿だったのは言うまでもない。
だけど、それだけじゃない……。
ボクは間違いなく、女として彼に惹かれていた。
自分の顔が赤くなっているのが分かる。
泣きそうなくらい切なく感じている。
見上げる彼の横顔は、誇らしげな笑顔を称え、真っ直ぐ前を見据えていた。
その晴れやかな顔を、ずっと見続けていたい。
なのに、見つめていると心がかき乱されて、平常心で居られなくなる。
愛しくて堪らない。恋い焦がれ、相手を求めて止まない。
そんな衝動が胸の奥から溢れ、体中を満たしていく。
多分……、コレが本当の恋なんだ……。
男の頃からずっと片想いはしていた。
だけど、こんなに激しい感情にまで至った事はない……。
「でも、ユウ君も凄かったよ」
「うん……、ありがとう」
それには自分でも驚いてる……。
中級に上がり、怪我を治療する場面にも立ち会うようになった。
でも、それは安全な場所で、指導者が付いていてくれる状況でのこと。
今回は実戦で……、頼る人も居なかった。
それでも怯む事なく対処できた事が、ボクも誇らしかった。
傷を癒やせず、今まで何度悔しい想いをしてきた事か。
だけど、今日のボクは間違いなくヒーラーだった。
そう胸を張って言える成果を、ボクは紡ぎ出せたんだ……。
「ユウ君がみんなから感謝されてるのを見て、私も嬉しかった。大声で、自慢したくなっちゃったもん」
「自慢?」
彼は立ち止まり、問い返すボクを真っ直ぐに見つめてきた。
「うん……。どうだ! 私の恋人は凄いだろっ……てね」
「恋――――」
少しはにかむような彼の笑顔。
その瞬間、世界が真っ白に染まり、全ての音が消え去ったように感じた。
ボクらは明確にその単語を出した事は無い。
お互いに、ずっと好きだったと告白はした。
友人と言うには、いささか踏み込みすぎた体の接触もあった。
だけど、決定的な一言だけは、先延ばしにするように、二人とも口にしてこなかったのだ。
そして結局は、なあなあの関係を続けてきた。
ともすれば、以前の世界で幼馴染みのまま停滞していた時のように。
ハルちゃんの言葉を聞いた瞬間、ボクは瞬きも忘れて彼を見つめ、自然と涙が溢れてしまった。
「ボク達……恋人?」
「ダメだった?」
ズルい……。
なんでそんなにも平然と、優しげな顔で見つめてくるの?
ボクなんて、こんなに涙でぐしゃぐしゃなのに……。
何かズルいよっ!
言葉が胸の奥でつっかえて、声が出てこない……。
それでもボクは答えを返そうと、必死に首を振った。
ボクの返事なんて、ハルちゃんにはお見通しだったのだろう。
ボクが心の内を明かし、再び彼を見上げた時には、既に触れそうな程近くに彼の顔があった。
「キス……、していい?」
彼の問いかけの言葉。
でも、それはボクに答えなんて求めていなかった。
だって、そんなこと分かりきっていたから。
それでも、ボクは目を閉じながら「うん……」とはっきり口にする。
流されるままの初めてなんて、嫌だったから……。
きっと、女の子が思い描く理想のキスとは、ほど遠いものだったと思う……。
二人とも泥で汚れた姿で、雑踏ひしめく大通り。
だけど、ボクにはもうハルちゃん以外、何も見えなくて……。
彼の声以外、何も聞こえなくて…………。
そして、ボクらはお互いだけを感じながら、初めてのキスを交わした。




