77話 イレギュラー報告
時刻は午後四時を回った辺り。
店じまいの早い冒険者なら、一日の仕事納めに一杯やり始めている時間だ。
これからクエストを受けて冒険に出ようなんて人も、流石に少ないだろう。
となれば途端に、ギルドは酒場の色が濃くなっていく。
午前中は混み合う受付カウンターも、今ならば待ち時間はゼロだ。
「いらっしゃいませ、ユウキ様。本日はどのようなご用件でございますか?」
受付のお姉さんは、泥まみれのボク達に少しだけ驚いていたけど、直ぐに切り替えて、丁寧な対応をしてくれた。
やっぱり着替えてきた方が良かっただろうか。
改めて自分達の姿を見回すと、本当に酷い格好だった。
でも、こういう報告は少しでも早いほうが良いだろうし……。
「こんな格好でごめんなさい。ダンジョンで変わったモンスターに出会ったので、報告した方が良いかなと思って……」
「お気になさらないで下さい。そういった案件でしたら、マスターに話を通して参りますので、少々お待ち下さい」
歩き回って床を汚しても悪いので、ボクらはその場で大人しく待つ事にした。
今回ギルドへ来たのは全部で四人。
ボク、ハルちゃん、ベティさんの三人と、アルフォートチームから一人、魔道士のワルカスさんを加えたメンバーとなっている。
イレギュラー報告をするにあたり、別パーティの人が居た方が、情報の信憑性が増すかなって思ったんだ。
「無理言ってごめんなさい。仲間が心配ですよね……」
「構わない……。俺で役に立つなら……少しでも、恩を返したい……」
恩だなんて大袈裟な、とは思ったけど、彼にしてみればそれだけの一大決心だったのかもしれない。
彼は寡黙というか、相当口下手な人だ。
そんな人が一日レイドを組んだとはいえ、初対面の人達について来て、共に弁舌を行えと求められたのだ。
前の世界に居た頃のボクだったら、断固として拒否している状況だよ。
それでも彼は、震える手を賢明に握り締めて堪えている。
それが何だか無性に応援したくなるっていうか。
せめて緊張を解してあげようと、ボクらは彼を囲んで雑談に明け暮れた。
そんな事をしていると、別の職員さんがおしぼりを持って現れた。
手や顔だけでも、これでサッパリして下さいって。
荒くれどもの巣窟とは思えない気配りの良さだ。
真っ白なおしぼりを泥で汚してしまうのは、少し気が退けたけど、ここはありがたく頂戴しておこう。
ボクは夏場の営業マンよろしく、顔をゴシゴシいこうとした。
すると、それを遮るようにベティさんがボクの顔を拭ってきた。
「ほら、目を閉じて――――。あぁ、もぅっ! こんなに汚れてしまって……。湿地なんて早く抜けてしまいたいですわっ!」
「んっ……あの、ベティさ……むぐっ、自分ででき……む~~~~ッ!」
子供扱いされているようで、なんだか気恥ずかしい。
でも、彼女は困ったような顔をしながらも、どこか嬉しそうにボクの世話を焼いてくる。
そうして気がつけば、ボクは雰囲気に流されて、彼女にされるがまま……。
この子、甘え上手なくせに、甘やかせ上手でもあるのかっ!
そんな風にボクらがじゃれ合っていると、受付のお姉さんが戻ってきた。
一緒に現れたのはオルシバさんではなく、眼鏡を掛けた黒髪の女性。
この人は確か…………。
「恐れ入ります。マスターは少々立て込んでおりまして、私がお話を伺わせていただきます」
「えっと、オルシバさんの秘書の――――セリーヌさん、でしたっけ」
「はい、お見知りおき下さり、誠にありがとうございます」
ボクらはテーブルに場所を移すと、汚れを気にして立ったまま説明を始めた。
そんなボクらを見かねて、彼女は優しげに微笑む。
「冒険でお疲れにございましょう? お気になさらずお掛け下さい」
と着席を促してきた。あまり遠慮しても逆に失礼か。
ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「えっと、ではまずコレを……」
ボクは鞄から二つの魔石を取り出し、テーブルに並べた。
一つは、二六層で倒した通常のモンスターの物。
もう一つが、イレギュラーで登場したあの大ガマの物だ。
前者は一センチ程の黒い鉱石、後者は三センチ程の赤紫色をした鉱石だった。
「両方とも、二六層で戦ったモンスターです」
セリーヌさんは、驚くと同時に訝しんでもいた。
「魔石を鑑定をさせて頂いてもよろしいですか?」
「はい」
ボクらに確認を取ると、セリーヌさんは別の職員に鑑定を依頼した。
魔石は強いモンスター程大きく、明るい色に染まっていく。
同じ階層のモンスターなら、フロアボスを含めてもその強さに大差はない。
その為、ボクが取り出した魔石のように、極端な差がつくなんて事は、本来ならあり得ないのだ。
また、魔石にはドロップしたモンスターの情報が刻み込まれているらしい。
先程セリーヌさんが鑑定すると言ったのは、真贋を見極めるだけでなく、その情報を読み取ると宣言したということ。
きっと、その言葉で揺さぶって、ボクらの反応を試したんだろう。
一度市場に流れた魔石には、売買履歴が記録されているのだとか。
だから買った魔石を見せて、自分が倒したと嘯いたとしても、鑑定すればあっさりバレてしまうらしい。
「それでは、遭遇したモンスターについてお願い致します」
あの時、ハルちゃんは最前衛、ボクは治療に専念していた。
最も戦場を俯瞰できる立場に居たのはワルカスさんだけど、口下手な彼に任せるのは酷というもの。
そういうわけで、報告はもっぱらベティさん主導で行われていった。
二六層には存在しないはずの蛙型モンスター。
舌が三本も有り、適正レベルのタンクを易々と戦闘不能にする攻撃力。
モンスターの特徴をはじめ、交戦時の情況を一つ一つ思い起こしながら話していった。
セリーヌさんは、ボクらの話に相槌を打ちながら、気になる点には逐一質問し、内容を用紙にまとめていく。
報告が一区切りついた頃、職員さんが魔石の鑑定結果を携えて戻ってきた。
「如何でしたか?」
「それが、その……。種族はジャイアントトードなのですが、魔力含有量が七〇層クラスに相当していまして……。あ、売買履歴は記録されていませんでした」
鑑定結果を聞き、セリーヌさんが驚いていた。
「失礼を承知でお伺いしますが、本当にあなた方だけで討伐を?」
それまで沈黙を続けていたワルカスさんが、その質問に答えた。
「ま、間違い……ありません! お、俺は、ワルカスっていいます……。今日は、彼女達と……レイドを組んで……だけど、俺達はみんな……やられて……。彼女達が、俺達を守って……、戦ってくれたんです!」
彼は激高するように興奮して、辿々しいながらも強い口調で語っていた。
自分達を命がけで守ったヒーローが疑われて、癇に触ったらしい。
ボクらは先程、交戦の内容も報告したし、彼女自身その事を記録していた。
それでもセリーヌさんは、二六層を攻略中の冒険者が、七〇層クラスの敵を倒した事が信じられなかったらしい。
「治療所で仲間が……。アルフォート……と、ライエルが……治療中で……。酷い怪我だったから……、術士に聞いて……もらえれば、証拠に……なるかも」
セリーヌさんが目配せすると、早速職員さんがカウンターまで駆けていった。
「これも証明になりますか?」
そう言って、ハルちゃんは亀裂の入った盾をテーブルの上に置いた。
アルフォートさんから借り受けた物だ。
そして、自分の盾も腕から取り外し、横に並べてみせる。
ハルちゃんの方は砕けこそしなかったが、強打を受け続けた事で、原型がなくなる程変形していた。
彼らの盾は初級装備。つまり、一番グレードの低い代物だ。
だけど、無茶しがちな新人を守る為、初心者支援の一環として、赤字価格で良質な装備が提供されている事は、周知の事実だった。
冒険者でなくとも、元締めの上役として、セリーヌさんもその事は承知しているのだろう。
盾の惨状を目にして、酷く驚いていた。
そこへ、治療所と連絡を取っていた職員さんが戻ってくる。
「確認が取れました、確かに彼のパーティメンバーが、治療を受けているとの事です。治療所の職員に、後ほどカルテを提出するよう伝えておきました」
そこまで聞き、セリーヌさんは完全に確証が取れたと判断したらしい。
彼女はテーブルに額が付きそうなほど、深々と頭を下げた。
「数々の疑うような言動、大変失礼いたしました」
「いえ、それがお仕事って分かってますから、気にしないで下さい」
あれだけ疑い深く情報を精査していたんだ、きっと普段から虚偽や勘違いによる申告も、それなりの数が上がってくるのだろう。
しかし……、これでようやく、今日のお勤めが全部終わった。
ボクは心底ホッとして、背もたれに身を預ける。
思い返すと、随分大変な一日になってしまったなぁ……。
「君たちは、本当に数奇な巡り合わせをしているね」
聞き覚えのある愛らしい声が、ボクらに掛けられた。
犬耳壮年のギルドマスター、オルシバさんだ。
「やぁ、ユウキちゃん。今日はまた凄い格好だね」
四人とも泥だらけだからね。
彼の言葉に苦笑で返すしかなかった。
オルシバさんは、セリーヌさんから報告を受け、可愛らしく唸っている。
「こういう事例はね、非常に希なんだ。前回君達が遭遇した大熊で、およそ二年ぶりかな。母数が少ないデータだから、確率を論じても仕方がないんだけど……。たったの一〇日で、再びイレギュラーが発生するなんて、ちょっと異常だね。とりあえず、冒険者には注意を促す事にするよ。君らも十分に気をつけてね」
そんな希有な状況に二回も遭遇するなんて、ボクらの運も相当な物らしい。
純粋な冒険者なら、幸運だって喜ぶかもしれない。
波瀾万丈を是とする生き物だからね、冒険者ってヤツは。
ダンジョンをクリアする為に、必要に迫られて冒険者をやっている身としては、もう少し平穏に攻略できると有難いんだけどなぁ……。
「セリーヌ君、ユウキちゃん達に情報料を。そうだねぇ……、今回も被害を抑えてくれた事を加味して、情報のランクは二等級扱いにしておいて」
「かしこまりました。代表してユウキ様にお支払いする形で宜しいですか?」
「え? は、はい……。情報料なんて物があるんですか?」
そんなシステム知らなかった。
事前情報にない危険なモンスターが現れたから、他の人達にも注意してもらおうって思っただけなのだ……。
受け取った報酬は一万フラン。
降って湧いた臨時ボーナスに、ちょっぴりウキウキしてしまう。
八人で分けても、一人あたり一,二五〇フラン。美味しいな。
その後、少しだけ雑談程度にオルシバさんと話していたけど、ダンジョン帰りで疲れているだろうからって、早めに切り上げてくれた。
用事も全部片付いたし、治療所に寄ってアルフォートさん達の様子を見てから帰ろうかな。報酬も渡さないといけないし。
まぁ、ワルカスさんに三人分預けて、後は任せるって事でも良いんだけど。
「ところで、君たちはまだランクアップする気は無いのかい?」
帰り支度をしていると、オルシバさんが思い出したように話題を振ってきた。
ボク達は大熊戦の功績で、黄色等級へのランクアップが認められている。
だけど、たった一回の幸運で過程をすっ飛ばしてしまうと、不都合も有るだろうという事で、現在は赤色ランクに留まっているのだ。
この間なんて、ダンジョンに突入して最初の戦闘で敗退するっていう、大ポカもやらかしたからね。見合わないランクの冒険証を付けるのは、気が引けるのだ。
そうして、ボクらが話し合って決めたランクアップの条件は――――。
「三〇層を突破したら、申請しに来ます。みんなでそう決めたので」
その答えをどう受け取ったのかは知らないけど、オルシバさんはニコッと笑っていた。イケイケドンドンで突き進まなかったから、己を律する事を覚えたんだと、成長を喜んでくれた……とか?
まぁ、ボクの想像だけどね。
「その日を楽しみにしているよ」
と言葉を残し、彼は秘書さんを連れてマスタールームへと戻っていった。




