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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
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76話 赤毛のアルテミス

 虚を()くように、横合いから飛び込んできた一撃。

 前足に突き立った矢に驚き、大ガマの攻撃が止まった。


 だが、意表を突かれたのは、大ガマだけではない。

 戦闘の最中(さなか)に敵から視線を逸らすなど、自殺行為もいいところだが、ハルノもまた突然の援護射撃に驚き、矢の出所を探ってしまった。


 誰かが救難信号を出してくれたのか?

 そう思い、周囲を見渡すが人影は無い。


 或いは、視覚を妨害するスキルで潜んでいるのだろうか?

 レンジャーならば、それも十分にあり得そうだが……。


 戦場に乱入した一本の矢により、不意に訪れた凪のひととき。

 誰もが状況を飲み込めずに居ると、仲間の一人が声を上げた。


「おっ、当たったか?」


 声に誘われるように皆が振り向くと、目に飛び込んできたのは、不敵に笑う赤毛の少女だった。


「シロウ?」


 呆けたように零れたカナタの声。

 他の皆も同様に、彼女の言葉が意図するところを図りきれず、ただ呆然と少女の一挙手一投足を見守っている。


 己が注目されていることなど、シロウは気にも留めていない。

 ただ静かに片膝を突き、体をしっかりと大地に固定すると、目を閉じて(・・・・・)弓を引き絞る。


 キリキリとしなる弓、魔力で微かに光る矢。

 そこまでなら、なんら不思議な光景ではない。

 おかしいのは矢の矛先だ。

 味方への誤射を避けるためとはいえ、上を向き過ぎている。


 そのまま放てば、確実に大ガマの頭上を飛び越えてしまうだろう。

 だというのに、彼女は何の躊躇いもなく矢を解き放った。


 皆は一様に疑問を感じながらも、矢の行く先を目で追いかける。

 誰しもが、これは失敗だと思った……。


 だが、ハルノの陰から飛び出した矢は、急激に軌道を変化させ、一直線に大ガマへと向かい始めたのだ。

 ただ、結果は振るわず、矢は大ガマの肩を浅く切り裂くに留まってしまった。


「チッ、かすっただけか……」


 物理的にあり得ない軌道――――。

 その現象に誰もが驚いていた。


 もしも、ユウキが見ていれば、それと気づいたかもしれない。

 これこそが、シロウが弓に憧れを抱く切っ掛けとなった一矢だと。


 大熊に襲われたあの日、救助に駆けつけた女エルフ(ハーシャ)が放った矢は、蛇のように木々をすり抜け、大熊にとどめを刺した。

 それと同時に、シロウの心までも射貫き、激しい憧憬の念を与えていたのだ。


 以来、シロウは弓を取り、人知れず修練場を訪れていた。

 そのスキルを物にして、いつか皆の度肝を抜いてやろうと……。


 カナタなら、それが彼女らしいと納得する事だろう。

 男時代から今に至るまで、彼女はずっと悪戯小僧だったのだから。

 まだまだ完熟には至らないスキルではあったが、これ程の美味しいシチュエーションを前にして、彼女が披露しないはずがない。


 シロウは目を閉じたまま、再度矢を解き放つ。

 今度は大ガマを捕らえる軌道を進んだが、惜しくも躱されてしまった。


「くそっ、動く的はやり辛ぇな……」


 一見すれば先のワルカスと似た光景だったが、彼女の物は決して当てずっぽうなどではなかった。

 斥候として研鑽を続けた彼女は、特能により底上げされた感覚と、卓越したスキルにより、見えない敵の位置を正確に把握していたのだから。


 死地の緊張感と周囲の期待が、彼女の集中力を極限まで研ぎ澄ませてゆく。

 これまでの鍛錬で一つ一つ作り上げてきた歯車が、急速に組み上がっていく感覚。


 一矢放つ度に気付きをもたらし、技術が急成長していく。

 そうして、彼女の類い希な戦闘センスは、都合一〇を越える射を終えた頃には、的を外す事がなくなっていた。


 しかし、大ガマの体躯に比べ、矢の一撃は余りに軽い。

 肉に食い込みはするものの、致命傷にはほど遠かった。


 それでもいつかは!

 そんな期待が、消えかけた皆の闘志を奮い立たせる!


 暗澹(あんたん)たる状況に、ようやく差した微かな光明なのだ。

 そのおぼろげな灯火に皆が縋り、必死に守り抜こうとした。

 シロウ自身もその期待に応えようと、かつて無いほどに奮闘している。


 だが、皆が期待した攻勢は、酷くあっけなく止んでしまった……。

 次矢を求めて伸ばしたシロウの手が、空を掴んで空振りしてしまったのだ。


「やっべ! 矢が無ぇっ!」


 誰もが必死に頑張っていた。

 それに対する結末がコレとは、実に皮肉が利いている。


 湿地を踏破しようと、長時間にわたり頑張った(・・・・)事が、裏目に出てしまったのだ。

 矢を回収しながらの行軍ではあったが、それでも戦闘を重ねる度に損耗していくのは避けられない。

 ここへ来てそれが(あだ)となってしまった。


 こちらの攻撃が止んだことに、大ガマは戸惑いを見せたが、状況を理解したらしく、微かに安堵の様相を窺わせていた。

 と同時に、僅かながらでも脅威と感じた事が、大ガマの矜恃を傷つけてしまったらしい。

 激高に任せ、先の連打を超える勢いで、舌による猛攻が始まってしまった。


「おいっ! ライエル! お前の矢も寄越せっ!」

「お、おぅっ!」


 腕を砕かれたライエルは、残った矢の全てを彼女の矢筒へ放り込んだ。

 といっても、残りは僅かに五本…………。

 大ガマを仕留めるには、余りにも心許ない本数だった。

 しかし、それが彼らに残された最後の希望。



 ――――ならば、賭けに出るしか無い!


「ハル! お願い! 一〇秒だけ全部防いで!」


 シロウがたぐり寄せた僅かな勝機。

 カナタは、自分ならそれを確かな物へと変えられる。

 そう確信していた。


 だけど、その為には防御を捨てざるを得ない。

 補助程度の役割だったが、それでもカナタのおかげで守られていたのも事実。

 それが居なくなれば、例え勝利できたとしても何人かは深手を負うだろう。

 下手をすれば……。


 やれと言われて出来るのなら苦労は無い。

 これまでだって、ハルノは全力を尽くしていたのだ。


 どう転んでも分の悪い賭け。

 だけど、生き延びる道はもうこれしかなかった。


「分かったっ!」


 カナタは命がけの信頼と期待をハルノに寄せ、ハルノはそれに応と答える。

 出来る出来ないは関係ない。

 そこで交わされたのは約束ではなく、二人の決意だった。


 ハルノにとっては、これが初めて経験する死闘。

 以前は逃げ出した状況だというのに、今は不思議と喜悦の感情すら湧いてくる。

 己の背に託された信頼。

 それに応えようと奮い立つ己の肉体。


 ハルノは今、自分の中で『男』が(たぎ)るのを初めて感じていた。


 一段威力も回転も上がった舌のガトリング。

 それを前にして、彼は笑っていた。

 死ぬかもしれないこの状況が心を焚き付け、体がむせび泣くように歓喜の声を上げている。


 或いはこれこそが『神盾』の真価であったのかもしれない。

 守るという決意が、力に変わって体を満たしていく。

 やがては体に収り切らなくなった想いが、陽炎のように体から立ち上った。


 一合、二合と衝突を重ねる度に、力が(みなぎ)っていく。

 先程まで感じていた強烈な衝撃は、嘘のように体が吸収し、付いていくのがやっとだった速度は、先回りすら可能になっていた。


 恵まれた体に、恵まれた特能。

 直ぐに技能を会得してしまう戦闘のセンス。

 戦いの申し子のような才を持ちながらも、精神的な弱さから、ハルノはそれを活かしきれていなかった。そんな男が今、覚悟を持って敵に対峙する。

 死闘を経験し、彼もまたその才覚を覚醒させつつあった。


 こんな筈ではなかった、そんな焦りが大ガマから伝わってくる。


 カナタが求めたのは僅かに一〇秒。

 だが、彼が居る限り、その一〇秒は永遠に終わらない!


 それ程までに、今のハルノを抜き去る事は至難だった。



「シロウ! アタシも手伝う!」

「手伝うって何を……」


 カナタは訝しむシロウに寄り添うと、彼女が番えた矢に手をかざした。

 するとどうだ、(やじり)がまばゆく輝き始めるではないか。


 シロウは一瞬だけ呆気にとられたが、即座に彼の思惑を理解すると、ニヤリと笑った。


「シロウ! お願いっ!」

「おうっ!」


 放たれた矢は、甲高い音を響かせながら、流星のように尾を引いて、一直線に大ガマへと迫った!

 それは大ガマの目玉を貫通し、矢の一撃とは思えぬ大きな風穴を刻み込んだ。



 ギョォォォォォォォ――――!?


 絶叫を上げ、大ガマが地を悶え転げる。


 先の交戦で矢の威力を体験し、命を脅かす程では無いと高をくくっていたのかもしれない。それとも、よほどハルノとの対峙に集中しきっていたのか。

 どちらの理由にせよ、大ガマはろくな回避すら取らなかった。



「カナ、お前最高っ! 次は爆発する奴頼むわっ!」

「ニシシ、マカセロっ!」


 ソレまで圧倒的な優位を保ち、格下を(なぶ)る悦に浸っていた大ガマだったが、もはやそんな余裕は見る影もない。


 必死に動き回り、ハルノの盾を掻い潜って赤毛のアルテミスを打倒しようとするが、そのことごとくを彼の盾が打ち落とした。


 飛来する舌を盾で殴りつけ、地を這う物は踏み潰す。

 利き手側を抜けようとした物は、手にした剣で切り飛ばした。


 もはや両者の格付けは、決してしまったらしい。

 ハルノが格上。

 それが覆りようのない現実となっていた。


 矢の的にならぬよう、必死に回避行動をとり続ける大ガマだったが、シロウの成長は易々とそれに追いつき、大ガマの右前足を吹き飛ばした。

 唯ひたすら回避に専念する姿には、哀れみすら覚える。


 攻守の形勢は完全に逆転し、狩る者は狩られる者へと落ちぶれていた。


 もはや打倒する事も、逃げる事も叶わぬ。

 そう悟ったのか、大ガマは作戦を切り替えた。


 これまでになく高く跳び上がって矢を躱すと、上空から渾身の一撃を撃ち放つ!

 しかも、その一撃はハルノから遠く離れた場所を目指していた。

 これだけの高度と射角では、いかなハルノとて盾は届かない。



 その一撃が狙ったのは、隊列から一番遠く離れていた銀髪の少女。

 大ガマは死出の道連れを求めたのだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 戦闘の激しさはボクの耳にも届いていた。


 とんでもなく激しい打撃音。

 ガガガガッと、ガトリングでも撃ちまくっているのかと思う程だった。

 早くボクも戦線に復帰しなくちゃ……。


 治療を終え、ボクが振り返ると、何故か大ガマが宙に浮かんでいた。

 あまりにもシュールな光景に驚き、瞬時に状況が飲み込めなかったのが失着だったのだろう……。


 次の瞬間、ボクに向かって大ガマの舌が飛んで来た。


 角度的にも位置的にも、ハルちゃんの盾は届かない。

 戦う姿勢をとっていなかったボクでは、回避も防御も間に合わない。


 アルフォートさんを一撃でボロボロにした衝撃がやってくる!

 そう覚悟したその瞬間。

 ボクを覆い隠すように盾が差し込まれた。


 バギィィィィィィン――――!


 耳をつんざく程の音響。


「嘗めるなぁっ!」


 ボクを守ったのは、アルフォートさんの盾だった。

 そんな彼が、普段の気性からは想像も付かない程の怒気を孕ませ、吠えていた!


 ダブルミーニングだったのかな?

 なんて、場違いな事を考えてしまう程に、ボクは呆然としていた。


 道連れを狙った大ガマの一撃。

 それは、死力の限りを振り絞った物だったのだろう。

 その威力は、アルフォートさんの盾に亀裂を生じさせていた。

 おそらく、腕の骨にもヒビが入ったに違いない。


 治療を施したとはいえ完治にはほど遠い、そんな体でよく動けたものだ……。

 口から血を流しながらも毅然と敵を見据える姿に、ドキリとしてしまう。

 突然の出来事に尻餅をついてしまったボクは、背後に寄り添う彼の腕の中にストンと納まってしまった。


「あ……ありがとう……」

「それは私の言葉ですよ」


 手札を全て出し尽くし、空中で体勢を崩した大ガマの運命は決まっていた。


 一度は躱したシロさんの矢が、急激に軌道を変えて戻ってくる。

 そして時間差で放たれる第二の矢。

 その二矢が同時に大ガマの体を穿つと、大音響を響かせて爆発した。


 それを見届けると、アルフォートさんは力を使い果たしたように、仰向けに倒れ込んでしまった。




「シロウ、凄い、凄いっ!」

「おうっ! 惚れ直したか?」


 窮地を切り開いたヒーロー達は、興奮冷めやらぬ様子で、ハイタッチを交わしていた。

 でも、それだけでは興奮が収まらなかったみたいで、カナさんはシロさんを抱きしめて振り回してしまう。


「うん! カッコいいし、可愛い!」

「だろっ?」

「シロウ大好き!」

「お、おぅっ! 俺もだっ」


 だが、感極まった彼らの興奮は、もう歯止めが利かなくなっていたらしい。

 ドンドン肥大化していった興奮は、別の欲求を呼び起こしてしまった。


「ねぇシロウ! 抱きたい! 今すぐ帰ろっ?」

「お……おう。――――はぁっ!? ちょ、おまっ、いきなり何を!?」

「嫌? シロウはしたくない?」

「~~~~~~ッ!」


 シロさんは声にならない呻きを上げ、顔を真っ赤にしていた。

 戦いの興奮が、そのまま別の興奮にすり替わってしまったらしい。

 見ているこっちが恥ずかしくなる程のイチャイチャっぷりだ。


「じゃ……じゃぁ、戻ろうか」


 激戦の余韻の為か、呆然としている人が多い。

 戦線から離れて冷静でいられたボクが音頭を取り、帰還を決定した。

 まぁ、これほど負傷者が出ては、どちらにせよ攻略の続行は不可能だしね。


 ボクとベティさんで負傷者に応急処置を施すと、入り口へと取って返した。

 みんなボロボロのヘロヘロだ……。


 所詮は後の祭りだけど、ボクらは予想外の出来事に見舞われ、誰一人として救難信号を出していなかった。

 ボクも、アルフォートさんが負傷した瞬間、頭が真っ白になっていたし。


 もし信号を発していたら、あんなにも危ない橋を渡らずに済んだかもしれない。

 例え間に合わなかったとしても、怪我人の搬送を手伝ってもらえただろう。

 冷静になるって、ホント大事だな……。


 ダンジョンを出ると、真っ直ぐに簡易治療所へと駆け込んだ。

 怪我の状態やボクの施した治療の内容を伝え、上級治療術士に治療の引き継ぎをお願いする。


 戦闘とは違う方面で、ボクも気を張り続けていたからなぁ。

 これでやっと肩の荷が下りたと、ホッと一息つけた。


 さて、報告など諸々の雑務はボクが引き受けますか……。


 今日のMVPであるシロさんには、拳の治療を終えたカナさんを連れて、一足先にサクヤの【転移】で帰ってもらった。


 二人とも完全にスイッチが入っちゃってたし……。

 きっと今頃……。


 まぁ、MVPっていうなら、ハルちゃんもなんだけどね。

 彼とベティさんは、ボクに付き合って一緒に残ってくれた。


 イレギュラーと魔道具用の物を除いて魔石を売却すると、ボクらは冒険者ギルドへ報告に向かう事にした。

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