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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
77/88

75話 死闘

 ユウキが、救命という戦いに身を投じている頃、もう一方の戦場も激しさを増していた。


 絶え間なく響き渡る打撃音。

 三本の舌による波状攻撃は、とてつもない回転速度をみせていた。


 当然、その脅威は速さだけではない。

 一発一発が、アルフォートを瀕死たらしめた重さを秘めているのだ。

 小手先の受けでは、容易く体勢を崩されてしまう。


 『神盾』という最上級の特能を有するハルノでさえ、ギリギリの防衛。

 そんな彼でも二〇回に一回は、攻撃を受け漏らしていた。


「くっ……!」


 受け損ねた舌が、右肩をかすめるように後方へと抜けてゆく。


 だが、彼が守る者達に、その攻撃が届くことはなかった。

 彼の後ろにもう一人、盾役を買って出た男がいたからだ。


「シッ!」


 パァァァァ――――ン!


 カナタの拳が、大ガマの舌の打ち払う。


 それは、控えめに言っても神業と言えた。

 攻撃がハルノをすり抜けてから、カナタの所へと至るまで、与えられた猶予は刹那の時間。大ガマの舌がいつ、いかなる位置から去来するのか、本来なら予知能力でもない限り、知り得ないことだった。


 カナタがそれを成し得ているのは、(ひとえ)に背水の死力に他ならない。

 ハルノの重心、体の流れ、そこから間に合いそうにない攻撃を瞬時に見極め、拳を繰り出す。全身全霊を傾けた異常なまでの集中力と、後の先を実現しうる瞬発力が、奇跡とも思える神業を実現していた。


 当然、ハルノもカナタも、事前に打ち合わせなどしていない。

 彼らはただ……、己にできる最善を選択したに過ぎなかったのだ。

 その結果、自然とこの形が出来上がっていた。


 ユウキであれば、それを仲間との信頼の証と、解釈したかもしれない。

 悲しいかな、現実はそんな綺麗事などではなかった。


 自分が倒れればみんな死ぬ。

 ハルノはそれを理解していたが故に、防御を抜かれても振り返らなかった。

 隙を見せた瞬間、全てが崩れ去ると分かっているから。


 信じる信じないではない。

 全力を尽くしてなお防げなかった物は、仲間を信じるしかなかった(・・・・・・・・・)のだ。

 そうして耐え続けた先に、誰かがこの状況を打破してくれる事を祈って……。


 一見拮抗しているように見える攻防も、その実、薄氷を踏むような危うさの上に成り立っていた。

 ほんの一手(たが)えただけで、脆く崩れ去る。

 その事はハルノやカナタはもちろん、大ガマにさえ分かっていた。


 戦いの天秤が、大ガマに傾くのは必然。

 不確定なのは、それが早いか遅いかという、些細な違いだけだった。


 そもそもという話をするのなら、崩壊へのカウントダウンは、戦端を開いた瞬間に始まっていたのだ。


 それは、実に単純な理屈と計算で、説明が付く。

 まず、カナタが行っているのは、防御ではないということ。

 攻撃に攻撃をぶつける所業が、防御であろうはずがない。

 故に、拳を打ち付ける度に、鮮血が舞い散っている。


 駆け出し冒険者とはいえ、タンクを易々と沈めた攻撃だ。

 正面衝突を避けていても、回数が(かさ)めばダメージは蓄積していく。


 これまでは、打撃に対して効果が薄いものの、ユウキの【プロテクション】が彼の拳を守っていた。だが、その効力もとうの昔に失われている。

 掛け直そうにも、この場にユウキは居ない。

 となれば、三番手にベティが立ち上がるしかなかった。


 冷静に考えれば、これは悪手だったのかもしれない。

 いや、そもそもユウキがアルフォートの治療に回った時点で、他の選択肢が潰えたとも言えるだろう。ユウキがハルノやカナタの支援に回っていれば、潤沢な魔力で防御を盤石な物と出来たかもしれない。

 そうすれば、ベティがヒーラーとして、立ち回る事も出来ただろう。


 或いは、アルフォートを見捨てていれば、ベティがアタッカーに回り、一方的に攻撃を受ける状況を打開出来たかもしれない。

 だが、彼らは今の形を選択してしまった。


 いや――――、と再三の否定をせざるを得ないだろうか……。

 何故なら、これは運命とさえ言える程、明確に敷設された筋道。

 名実ともにヒーラーとなった今のユウキには、負傷者を放り出すという選択肢など、思い描く事すら出来なかったのだから。


 レールに乗ってしまったのなら、せいぜい足掻くしかない。


「くっ……。ベティ、拳、治せる?」

「ハァ……ハァ……、ええっ」


 キャスターに転向する前は、彼女もユウキと共に鍛錬を積んだ身。

 使用可能な回復魔法においては、ユウキの上位互換とさえ言えるだろう。

 しかし、冒険者として活動していたユウキとは、決定的に違う部分がある。


 そう、彼女は【プロテクション】が使えない。


 【止血】は【プロテクション】の応用。

 それをユウキに教えたのは、他でもない彼女だ。


 理屈は知っている、だが経験は無い。

 故に、彼女が今使っているのは【止血】を応用した稚拙な防御魔法。

 カナタの拳が血に染まっている様を見れば、それがお世辞にも褒められた性能ではない事は、明白だった。


 【プロテクション】はその性質上、魔力量に性能が左右される。

 それは、ベティにとって最も苦手とする分野だった。


 彼女が魔法を潤沢に使えるようになったのは、偏にユウキの特能の恩恵だ。

 持病のように魔力欠乏症を起こしていた彼女が、己の魔力だけで支えられる時間は限られている。


 その彼女が全力で保護膜を形成しながら、治療まで行っているのだ。

 遠からず限界を迎えるのは、誰の目にも明らかだった……。


 当然、攻撃に回せる魔力など捻出できるはずもない。

 完全にじり貧の状態だった。


 大ガマとの攻防が、如何に分の悪い物か、これで十分な証明となっただろう。



 質が悪いのは、大ガマが現状を理解できるだけの知能があったということ。

 ハルノもカナタも少しずつ傷を負い、体力を削られている。

 大ガマはその事実を、舌に感じる彼らの血から読み取っていた。


 今の攻撃を続けていれば、いずれは全員を打ち倒すことができる。

 それが分かっているからこそ、大ガマは冒険を犯さない。

 それはつまり、大ガマのミスを期待する事は出来ないという事だ。

 それでも、防御を担う三人は、仲間を信じて耐え続けるしかなかった。


 もちろん、守られる側も、何もせず手をこまねいていたわけではない。



「ギャァァァァッ!」

「ライエル、下がれっ!」


 その内の一人が弓ごと左腕を砕かれた。


 彼らも、一直線に並ぶ陣形での戦闘は、初めての体験。

 故に、その攻撃もまた試行錯誤だった。


 前衛が邪魔で、射線が上手く通らない。

 弓の特性を活かし、放物線を描く軌道も試したが、たかだか一二メートルの距離を山なりに放つ矢など、避けて下さいと言っているような物だ。


 ならば、と身を乗り出せば、途端に舌が飛んで来る。

 その結果が、先程の絶叫に繋がったというわけだ。


 残るは、魔道士のワルカスのみ。

 身体能力の劣る魔法職が顔を覗かせれば、攻撃の回避など不可能。

 ライエルよりも酷い未来が待っているだけだ。


 彼に残された手札は、死角に居る敵へ向けて、魔法を当てずっぽうに撒き散らし、偶然当たってくれるのを期待する事だけ……。

 そんな攻撃の結末など、語るには値しないだろう。


 このまま行けば、いずれはハルノが消耗し全滅する。

 撤退しようにも、瀕死の仲間が居る。

 見捨てたとしても、背中を見せればお終いだ。


 ならば、受けながら後退? そんな移動速度で逃げ切れるはずがない。

 そもそもここは湿地だ。

 今はたまたま、中州という足場に恵まれたにすぎない。

 少し移動すれば、再び泥沼が待っている。

 足の止まった者達など、容易く刈り取られてしまうだろう。



 ――――手詰まり……。


 もはや、耐え続けたところで、未来は変わるまい。

 冒険者として生きている以上、皆こういう結末も覚悟していた。


 せめて玉砕を……。

 そんな選択肢が頭を過ぎったとて、誰も責められはしないだろう。



 諦めの空気が場を支配し始めた時、横合いから飛来した一条の矢が、大ガマの前足を貫いた。

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