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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
75/88

73話 深刻な調査漏れ!?

 ボフンッ――――バシャァァァァ――――ン!


 ベティさんの空気泡が炸裂し、吹き飛ばされたフロアボスが、激しく水飛沫を舞上げる。


「ありがと、ベティちゃん!」

「構いませんわ!」


 黙々と悪路を進み、ようやくたどり着いたボスエリア。

 そこでボクらは、二メートルを超えるサンショウウオと交戦していた。


 その一帯は葦が姿を隠し、ポッカリと空白地帯を晒している。

 視界が良好なのは凄くありがたい。

 ――――が、他の場所に比べると、ひときわ沼が深かった。


「ユウ、そっちに回ったぞ!」

「うん!」


 そんな緩い沼の上を、フロアボスは実に軽快に走り回っている。

 こっちは膝下まで泥に埋まり、歩く事さえ困難だっていうのに……。


 それこそが、アイツをフロアボスたらしめる唯一にして最大の特徴。

 アイツの足は、決して水面下には沈まないのだ。


 まるで、アスファルトにできた水たまりを踏みつけるように、バシャバシャと水飛沫を上げてボクらの隙を窺っている。


 ぬかるみに足を取られるボクらよりも、相手の方が圧倒的に速い。

 タンクが味方を守ろうと思っても、僅か数歩の距離が間に合わないのだ。


 そんな圧倒的に不利な環境。

 必然的に、ボクらは足を止めての交戦を余儀なくされてしまった。


 動けないなら、殻に閉じこもって戦うしかない。

 そこで、近接三名で三角形を作り、その頂点の間を埋めるようにキャスター陣を配置する。中心にはレンジャーの二人を据え、極端な密集陣形をとった。


 相手は顎と尻尾しか攻撃の手段の無い、完全近接タイプだ。

 接敵さえされなければ、完封だって可能だろう。


 ボクを含めたキャスター陣は、ジャブ程度の攻撃を当てつつ、間合いの確保に専念する。ベティさんは空気泡で、ボクとワルカスさんは沼の水を使った水弾で、近づいてくるボスを弾き飛ばしていた。

 そうやって、徹底的に自分達の間合いを相手に押しつける。


 攻めあぐね、苛立ちを見せるフロアボス。

 だが、ボクらは遠慮無く、淡々と遠隔攻撃で削っていく。

 戦いとは非情な物なのだっ。


 だけど、コイツが無駄にタフで……。

 いつ果てるともしれない敵を相手に、持久戦を強いられていた。


 果ての無いルーチンワークのように、安定した戦術を黙々と繰り返す。

 でも、どんな事にだって、いつかは終わりが訪れる物だ。

 気がつけば、ボスは腹を上にして沼に浮かんでいた。


「終わった……のか……?」

「うん、もう大丈夫みたい」

「はぁぁぁぁ――――……」


 ボクが【診察】の結果を伝え、戦闘の終結を宣言すると、全員の口から溜息が零れた。


 こちらの被害はゼロ。

 完全勝利と言える仕合内容だった。


 だというのに……。

 今のボクらは、とても喜べる心境ではなかった。


 暴れるフロアボス、対抗する魔法で飛び散る水飛沫。

 ボクらは全員、もれなく泥まみれの状態だった。

 今回【プロテクション】で防いでいるのは、極小の微生物や雑菌だけ。

 おかげで、泥自体は保護膜を素通りしてしまうのだ。


「あぅ~、お風呂に入りたい~~」


 こんなの、泣き言の一つも言わずにいられるもんか!

 痛み分け? いや、試合に勝って勝負に負けた?

 そんな気分だった……。


「ペッペッ、口に入っちまったぜ……」

「あ、念のため【殺菌】するね。みんな集まってー」


 ボクも飛沫が少し口に入ってしまった。

 そのまま放置して腹痛でも起こしたら嫌だもんね。


「なぁ、提案なんだけどさ。今日の内に、行けるところまで登らねぇ?」


 みんなも湿地の環境には辟易としていたらしい。


 三一層になれば、また新しいステージに切り替わる。

 そこまでとは言わないけど、レイドを組んで人数が多い今、出来る限り階層数を稼いでしまおうという意図は、満場一致で迎え入れられた。


「何度も泥塗れになるのは嫌ですからね、私も賛成です」

「おうっ! ガンガン行こうぜ! アピールタイムが増えるのはありがてぇ!」


 違う思惑で賛同した人も、一人居るみたいだけど……。




 そうして、ボクらは順調に湿地ステージを踏破していった。


 だけど、湿地というのは本当に度し難い。

 歩行の困難さ、汚染による不快感……。

 まぁ、それは事前に分かっていた事だし、まだ我慢もできた。


「ユウ、大丈夫か? 集中できてねぇぞ?」

「だ、大丈夫っ!」


 口ではそう言ったけど、完全にやせ我慢だった。

 ムツゴロウタイプのモンスターを相手に、みんなが戦闘を繰り広げる中、ボクは一人、別の脅威と命がけのせめぎ合いを続けていた。


 考えちゃ駄目だ、無心だっ。

 でも、『考えるな』って考えている時点で、意識してるってことで……。


 そうだ、円周率を頭の中で唱えようっ!

 それなら気が紛れる!

 三.一四一五九二六五三五………………ダメだ、もう限界――――ッ!


 それは、事前調査では知り得なかった重大な脅威。

 己の無知を呪うのは、コレで何度目だろう……。


 湿地っていうのは、泥、沼、池って感じの場所じゃないですか!

 つまり、体が常に水に浸かっているわけですよ。

 何が言いたいかというと、体が冷えるって事です。


 あぁ、もうっ。ズバリ言っちゃいます!

 尿意ですっ! 漏れそうなんですっ!


 湿気の所為で蒸し暑さを感じるっていうのに、気づかないうちに体が冷えているなんて、わけ分かんない!


 しかし、今にして思えば、事前にそんな注意事項が出てこなかったのも、無理のない話なのかもしれない……。

 この街の冒険者は、八割近くが男性なのだ。

 当然、湿地の情報を聞かせて貰った冒険者も、みんな男性だった。


 男なら、そりゃ気にしないだろうさ。

 攻略中にもよおしたって、ズボンを少し下ろせば用を足せるんだもん。


 男性視点では、それが問題になるって発想自体が無かったんだろう。

 だから、女性冒険者がトイレに困るなんて情報、出てくる訳が無い!

 先生は冒険者じゃないから、防疫面の話しか聞けなかったし……。


 いつものメンバーだけだったら、ボクも平気だったかもしれない。

 でも、今回は初対面の男性達が居る。

 元男とはいえ、ボクも女の身としては隠したい事もある訳ですよ。


 階層移動の際にダンジョンから出て、トイレ休憩を挟めば良かったのだ。

 でも、それと気づいたときには、既にダンジョンの奥深く。

 一度気になり始めると、尿意が際限なく高まっていってしまった。

 アレって一体、なんでなんだろうね……。


 もう……、次に戦闘したら決壊する……。

 そんな限界点まで我慢した末、ボクはシロさんの袖を引っ張り、そっと耳打ちした。


「あ~……、悪ぃ。ちょっとだけ休憩良いか? ほれっ、ユウ行ってこい」

「――――ッ」


 ボクはみんなから離れ、葦原の奥へと分け入った。

 こんなの絶対バレバレだ……。


 それにほら、辺り一面水場なわけですよ。

 だから……、その……音が……ね。


 葦原をかき分けて戻った時、アルフォートチームの全員が、ボクから視線を逸らして赤くなっていた。


「お、お待たせしました…………」

「「「い、いえ……」」」


 消え入りそうなボクの声に、居心地の悪そうな返事が返ってくる。


 今日も順調に増える黒歴史……。


 もしも、ボクの所へ湿地の注意点を聞きにくる人がいたら、「階層移動の際には必ずトイレに行け!」ってアドバイスする事を、固く心に誓った。

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