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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
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67話 ボクを表す言葉

「お大事にっ」


 ボクは何人目かの患者さんを、笑顔で見送った。


「うむ、いいね。固さも取れて、実に良い笑顔だ」

「ありがとうございますっ」


 最初は緊張してしまったけど、それも回を重ねるごとに余裕が出てきた。

 もちろんスピードはとても先生には敵わない。

 だけど、診断の正確さは褒めてもらえた。


「【同調】で相手の状態を把握できるようになるまで、一ヶ月以上掛かる子もざらにいるんだがな……。ミーシェルはどんなの指導の仕方をしたんだ?」

「え……っと、手を合わせてお互いに【同調】し合った感じです……」

「基本通りか……。よほど君の適性が高かったとみえるな」


 言えない……。ベティさんと裸で絡み合ったら、いつの間にか【同調】が上達していたなんて、言えるわけがないっ。

 だけど、あの鍛錬法はホントに効果的だったらしい……。

 一ヶ月かかる習得期間を、たったの一日に短縮したわけだから。

 いつかエロ要素を取り除いた鍛錬法が確立される事を祈るよ。


「さっ、次の患者さんを呼んでくれ」

「はいっ」


 扉を開け、受付の看護師さんに患者さんの案内をお願いする。


「一三七番でお待ちの○○様、二号室へお入り下さい」


 看護師さんが、予約表を確認しながら名前を読み上げる。

 すると、五・六歳の小さな男の子を抱えた女性が、診察室に入ってきた。


 患者は男の子の方。

 悪いのは右足か……、足首が酷く腫れている。

 健気にも、グズる程度で泣き喚いたりはしていない。

 ボクは男の子の頭を撫で、安心させようと笑顔を向ける。


「直ぐに先生が治してくれるからね」

「うん……グスッ……」


 酷いひねり方をしたらしく、靱帯が伸びてしまっている。

 骨の方には異常が無さそうだけど、痛みが随分と酷い……。

 こんな小さな子が、よく耐えているものだ。


「【消炎】を掛けつつ、毛細血管を【癒合】と【復元】で……、うむ、良い感じだ。伸びた靱帯は【復元】で組織の構造を元の状態に戻してやれ」


 ボクは先生の指導に従い、早速魔法を掛けていく。


「溜まってしまった体液はどうすれば?」

「今回は自然に吸収されていくのを待てば良い。余りにも大量なら体外に排出するか、血管やリンパ管を修復する際に成分を選別して戻してやる事になる」


 男の子は最初、ボクの治療を怖がって目を逸らしていた。

 だけど、自分の足から痛みが引き、腫れが引き、赤味まで収まっていく。

 そんな変化を感じていく内に、いつしか驚きを持ってボクの手元を眺めるようになっていた。


「はいっ、終わりました」


 まだ浮腫(むくみ)は残ってるけど、腫れはほとんど収まっている。

 内出血の痕が残ってしまってるけど、数日で消えるだろう。

 治療の成果は、自分でも満足のいく物だった。


 きっと、大きな怪我は初めてだったんだろうな。

 それがこんな風に治ってしまって、男の子はキョトンとしていた。

 狐につままれた感じって、こんなだよね。


 男の子は母親の腕から下りると、恐る恐る痛めた右足を床に突いた。

 そうして足の具合を確かめると、パァーっと花が咲いたように破顔する。


「すごい! すご~いっ! 痛くな~いっ!」


 アッと言う間に寛解してしまった事が、よほど嬉しかったのだろう。

 男の子は足を踏みならす様に、診察室を駆け回ってしまった。


 その気持ちはよく分かるんだけどね。

 治療術士としては、ちょっと見過ごせないかな。

 癒えきっていない所に負荷を掛けてしまったら、また痛めてしまう。

 ボクは慌てて男の子を抱きかかえると、苦言を呈した。


「こらっ! まだ無理しちゃダメだよっ」

「は~い、ごめんなさ~い」


 素直な良い子だ。


「でも、泣かずによく頑張ったね。偉いよ」


 母親に男の子を返し、頭を撫でてあげた。

 褒められた事が嬉しかったのか、エヘヘと嬉しそうに笑い返してくれる。

 子供らしい純粋な笑顔。


 こんな風に喜んでもらえたら、ボクの方まで嬉しくなってしまう。

 お金だけじゃなく、こんな追加報酬(・・・・)までもらえるなんて。

 このクエストを受けてホントに良かった。


「治療したばかりで、靱帯もまだ緩くなっています。数日は運動を避けて下さい。念のため、今日はお風呂に入らない方が良いでしょう。汚れが気になる場合は軽く洗い流す程度にして下さい」


 先生が術後の注意点を伝え、そこで診療が終了。

 母親がお礼の言葉と共に、何度もお辞儀をしていた。


「本当にありがとうございました!」

「「お大事に」」


 手を振って母子を見送っていると、締まり行くドアの向こうで、男の子も笑顔で手を振り返してくれた。


「お姉ちゃんっ、ありがとー!」


 おね……!?


 男の子の予期せぬ単語に、思わず手が止まってしまった。

 いや、あの子から見れば、確かにボクは年上の女の子だ。

 でも……、ボクが……、お姉ちゃん?


 なんだか名状しがたいショックを受けて、呆然としてしまった。

 心や魂なんて目に見える物じゃないない。

 当然、知らない人からすれば外見が全てだ……。


 コレまでだって女の子扱いされた事はもちろんある。

 だけど、ここまで衝撃を受けたのは初めてだった。

 それほど『お姉ちゃん』という単語は、ボクの根底を揺るがす言葉だったらしい。



 クエスト開始からそろそろ一時間になる。

 次が最後の患者さんだろう。


 診察室へ入ってきたのは、ズボンの裾をまくった男性だった。

 脚に刻まれた擦り傷が、酷く痛々しい……。


「【沈静化】を掛けて傷口を洗浄したら【殺菌】を。表面の損傷の激しい細胞は【自壊】――――はまだ未習得だったな。そこから先は俺がやろう。出来るところまで頼む」

「はいっ」


 言われたとおりの治療を施すと、途中から先生に交代した。

 話題に上った【自壊】は細胞死(アポトーシス)を促す魔法らしい。

 酷く抉れてしまった部分には、【移植】を使って別の所から皮膚組織を拝借してくる。そして、最後に【促進】を掛け、細胞分裂を促してお終い。


 …………と、先生は処置を行いながらボクに説明してくれた。


「よし、後は【プロテクション】で抗菌保護膜を頼む。効果は二四時間で」

「抗菌? えっと、すみません……、やった事が無いです」

「そうか」


 終わりよければ――――なんて言うけれど、その逆もまた然り。

 最後の最後で役に立なかった事が、凄く悔しかった。


「傷口の表面はまだ抵抗力が弱い状態です。保護膜を貼りましたが、水回りの仕事などはしばらく避けて下さい。酷い擦り傷は少し治療に時間が掛かりますので、明日もう一度ご来院いただけますか?」


 ボクがちょっぴり消沈している内に、先生の治療は終わっていた。


「へいっ。先生、ありがとうございやした。お嬢ちゃんもありがとな」

「お大事に」

「お、お大事にっ!」


 今度は『お嬢ちゃん』か……。

 それもまた女性を表す単語だ。

 『お姉ちゃん』と言われてから、自分に対する呼称が妙に気にかかる。



 ――――ボクは男だ。


 少なくとも、そう生まれてきた。

 それは変わる事のない純然たる真実。

 だから、体が女に作り変わった今でも、心の根幹は元のままだ。

 いつかは元の性別に戻るんだから、ブレる訳にはいかない。


 そんな風に押さえ付けていた心の天秤。

 だけど、ボクの想いなんて関係なく、ボクを取り巻く環境が、ボクに向けられる言葉や視線が、少しずつ片側に重りを乗せてゆく……。

 もしかしたらボクの天秤は、気づかない内に揺れ始めていたのかもしれない。



「そろそろ時間だな、ご苦労さん」

「は、はいっ」


 先生は、ボクが持ってきたファイルに評価を書き込みながら、同じ内容をボクに聞かせてくれた。


「同じ回復魔法でも、これだけ綺麗に直せるヤツは少ないだろう。未習得の魔法を覚えてもう少し場数を踏めば、嘱託の診療術士もこなせるようになるだろう。良い腕だった」

「ありがとうございますっ!」


 最後にケチがついた為、少し消沈していたけど、その言葉で救われた気がした。

 評価されるのってやっぱり嬉しいな。


「それから、【プロテクション】の事がまだよく分からないなら、俺の講義も受けに来るといい」


 そう言って、先生は左腕の冒険証をボクに掲げて見せた。

 そこには『結』と書かれた緑色のジョブメダルが嵌まっている。


「あれ、先生って冒険者だったんですか?」

「あぁ、嘱託だからな。病院には週に三日、残りはダンジョン活動だ」

「その……『結』って何のジョブでしたっけ?」


 そんな質問をぶつけたら、あんぐりと口を開いて驚かれてしまった。


「おいおいおい、【プロテクション】を習得しておいて何を言ってる。アレは『結界士』の魔法だろうが。結界士の講義を受けたんじゃ無いのか?」


 すみません、初耳です。


「その……、ミーシェル先生にお願いして教えて貰いました」

「あぁ、そうか。アイツも使えたな、弟子ならそういう事もあるか。まぁ『治療術士』にしろ『結界士』にしろ『薬師』にしろ、ヒーラーのジョブは垣根が低いからな。しかし、魔法名を聞いて疑問に思わなかったのか?」

「そういえば……、そうですね」


 治療術士は、【癒合】だとか【消炎】だとか堅苦しい名前ばかりだ。

 ボクが使える魔法の中で【プロテクション】だけニュアンスが違う。


「『結界士』ってのはな、障壁や陣を形成して味方を支援するジョブだ」

「でも、ジョブ名は『結界士』なんですね。プロテクターとかじゃなく」

「ジョブ名はシステムの方が勝手に命名してしまうからな。その点、魔法やスキルの呼称は、ジョブ創始者の命名規則に倣うのが慣例になっている」


 なるほど……。

 そんな会話を交わしていると、扉が開いて看護師さんが顔を覗かせてきた。


「あの……先生? そろそろ次の患者さんをお通ししても宜しいですか?」


 なかなか次の患者さんが呼ばれないものだから、確認しに来たらしい。


「ん? あぁ済まん、通してくれ」

「ごめんなさい、長居しちゃって」


 ボクは最初に渡したファイルを受け取ると、先生にお辞儀した。


「冒険者なら結界士の技術も覚えて損はない。興味があったらいつでも講義を受けに来るといい」

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