66話 助士クエスト
ヒーラー養成所に着くと直ぐに講義の申請をした。
だけど、返ってきたのは残念な解答。
「え? ミーシェル先生の講義、一時間待ちなんですか?」
今朝はサクヤ邸の件でバタついたのがまずかった。
もう一〇時を三〇分以上回っている。
完全に出遅れだ……。
「他の人なら二〇分後に空きがあるけど、どうする?」
聞かない名前の人だ。初めての人はちょっとなぁ……。
講義のついでに湿地で気をつける事を聞きたかったんだ。
気難しい先生に当たって「講義に関係ない質問は受け付けません」なんて言われたら困ってしまう。
その点、ミーシェル先生なら融通を利かせてくれるし。
甘えすぎかな?
まぁ、始業前に来られなかったんだ、仕方がないと諦めよう。
とはいえ、ボーッとして待つのも時間の無駄。
実習クエストで時間を潰すか。
「【活力供与】のクエストって空いてますか?」
いつもベティさんと受けていたあのクエストだ。
最近は攻略優先でほとんどやっていなかったけど。
受付のお姉さんは、手元のスケジュール表を確認しながら唸っている。
「う~ん、ユウキちゃんじゃ勿体ないのよね……」
「勿体ない?」
「中級も大分修めたでしょ? そんな子を初級クエストに回しちゃうのはね~」
何気ない会話だったけど、それって実力が評価されてるって事だよね?
君ならこれぐらいはできるって。
そこに気がついて、なんだか凄く嬉しくなってしまった
そうだよね、ボクももう中級術士だ。
初級クエストを取っちゃったら、新人さんが困っちゃうよねっ。
「良かったら、助士クエストをやってもらえないかな?」
「それって、どんな内容ですかっ?」
嬉しさの余り、受付カウンターに乗り出す勢いで食いついてしまった。
勢いが良すぎて、受付のお姉さんが若干引いてる。
「し、診察室で助手として治療の代行をするクエストよ」
インターンみたいな物か。
治療の現場で、働きながら腕を磨けるって事だ。
「ミーシェル先生から君の評価は聞いてるからね。それに、今日は特に人手が足りないのよ。ね、お願いっ♪」
口元で手を合わせ、上目遣いにウインクしてくる。
年上のお姉さんだけど、可愛らしい仕草がよく似合っていた。
魔法は覚えただけじゃ意味が無い。いざという時にキチンと対処できるように、鍛練を積む事が大切だって、先生にも言われているし。
迷う事なんて何もないよな!
「ボクで良ければやってみたいですっ!」
「うん、決まりねっ! 終わったら直ぐ講義を受けられるように、ミーシェル先生の枠は押さえておくから」
「はい、お願いします」
クエストを受注し、意気揚々と治療棟へ向かった。
しかし、このクエストは誰にとっても都合が良い。
先生は一人で全ての患者に対応していたら、魔力がとても保たないだろうし。
助士の方も、先生のサポートを受けながら経験を積む事ができる。
患者さんは、新人が治療に当たるという事で、割引価格で治療が受けられる。
そして報酬は、一時間200フランの固定給と、患者一人につき20フラン。
活力供与に比べるとずっと時給が良い。
強いてあげるなら、病院の実入りが減るのがデメリット?
でも、治療術士が増えれば病院も助かるわけだし、長期的にはプラスだ。
Win-Winどころか、Winが四個も並んでしまうよ。
治療棟へと戻ってきたボクは、裏手から診察室へとお邪魔する。
そこは幾つもの部門に分かれているが、ボクが今日担当するのは総合科。
重篤な急患を除き何でも診るという大雑把な部門だ。
初診の患者さんは大体ここに回されてくる。
そもそも治療術士に外科や内科といった区別がないからね。
それでも、分野ごとに秀でた人というのは当然居る。
そういう人達が専門の部門を担当しているので、総合科の診断結果により必要に応じてそちらへ回ってもらう事になるらしい。
総合科の診察室は全部で五部屋、奥で全室横繋ぎになっている構造だ。
そこでは回復魔法を習得していない看護師の人達が、雑務や部門間の連絡などで忙しなく動き回っていた。
その内の一人に助士クエストで来た旨を伝えると、担当する診察室へと案内してくれた。
お世話になる診療術士は、やや野性味を感じさせる男性だ。
髪はアッシュグレーのウルフカット。
無精ひげを生やしている所が少しズボラっぽい。
歳は二〇代後半てところかな。
「助士クエストで来きました。ユウキといいます」
「おうっ、ご苦労さん」
ボクは挨拶と共にバインダーを手渡した。
一枚目のページにはボクが使用可能な魔法のリストなど、大まかなプロフィールが載っている。それに基づき先生がボクに任せる範囲を判断するわけだ。
以降のページには治療の実績や、先生の評価が記入されていく事になる。
「ほぉ……。【プロテクション】も覚えてきたか、感心関心」
先生は自分の顎を指で擦り、ひげをシャリシャリと弄んでいる。
そういえば、ボクが男の頃は、ひげ剃りとは無縁だったなぁ。
産毛程度だったし。
それでも背伸びしてカミソリを当てた事があるけど、慣れない事をした所為で絆創膏を付けて登校する羽目になったっけ。
ハルちゃんに喧嘩でもしたの? なんて心配されたり……。
コレもボクの黒歴史か、なんて少し思い出にふけってしまった。
「では、早速始めるか」
「はいっ!」
最初の患者さんは四〇代の男性だ。
ボクの目に映る患者さんの状態は、右前腕が赤く、お腹の辺りも少し黄色い。
治療術士の基礎魔法はとても便利な物で、【診察】や【同調】を掛ければ患者本人以上に、体の状態が分かってしまう。
だから、直ぐにでも治療を始められるはずなんだけど、先生は問診にも軽く時間を割いていた。
そうして、二三言葉を交わした後、先生はそっと男性の手を取る。
「それでは、お手を拝借します」
その瞬間ボクは目を奪われてしまった。
ボクも魔法を使うようになって大分経つ。
だから、先生の【同調】がどれ程スムーズに行われたのかがよく分かった。
ボクとは練度がまるで違う……。
「…………君もやるんだぞ?」
「え? ボクも【同調】して良いんですか?」
「やらないでどうする」
てっきり先生に言われるまま、魔法を掛けるんだと思っていた。
まさか診断までやらせてもらえるなんて……。
「えっと……。あの、お手を拝借しますっ」
「こらこらこら! そっちは怪我をした腕だろ」
「はぅっ、ごめんなさいっ!」
慌てて先生を真似ようとした所為で、うっかりミスを……。
先生の診断は既に終わっていたらしく、患者さんは無事な左手をボクに差し出してくれた。
動揺した所為か、ボクは魔法抵抗力を掻い潜るのにも手間取る始末。
こんなの初級の範囲なのに……。
焦りが焦りを呼んで、ボクはドツボに嵌まりかけていた。
そんなボクを見かねてか、先生がフォローをしてくれた。
「すみません、優秀な子なんですが、今日が初めてで緊張しているようです。ご協力お願いします」
「ハッハッハ、こんなめんこい子なら、なんぼでも協力しちゃるさ」
その会話が交わされた瞬間、不思議な事にスッと抵抗力が弱まった気がする。
動揺の余り、少し深く【同調】し過ぎてしまったけど、その所為で症状はハッキリと把握できた。
先生は診断結果をカルテに書き終えて、ボクの診察が終わるのを待っていた。
「どうだ?」
「えっと……右前腕、橈骨にヒビ。お腹の方は、小腸に免疫細胞がいっぱい集まってますけど……これは、食中りですか?」
「あぁ、正解だ。右腕に【癒合】と腹部に【殺菌】を頼む。終わったら【沈静化】を半日ほど保つように調整して掛けてくれ」
「はいっ!」
先生も患者さんに【同調】を掛けながら、ボクの治療の技術を確認している。
「良い感じだ…………、よし! そこでストップ」
「は……はいっ!」
感覚としては七・八割ぐらいの所で治療で止めた感じだろうか。
完治まで至っていないのが少しもどかしい。
「ヒビは綺麗にくっつきましたが、骨が元の堅さを取り戻すには数日かかりますので運動は控えて下さい。痛みがしばらく残りますが――――」
患者さんは先生の説明を聞きながら、治療の結果を確かめるように手を握ったり開いたりしていた。そして直ぐに満足そうな顔で頷く。
「先生有り難うございやした。嬢ちゃんもありがとよっ!」
「は、はいっ!」
男性は、ガハハと豪快に笑いながら帰って行った。
「お大事に」
「お、お大事にですっ」
よし……。何とか一人目を乗り切ったぞ!
おっかなびっくりの治療だったけど、やり遂げられてホッとした。
先生は次の患者を呼ぶ前に、カルテに治療内容を書き込んでいた。
邪魔しては悪いかと思いながらも、どうしてもさっきの事が気になる。
「あの……、どうして完全に治さなかったんですか? ボク、魔力量なら自信あります。もっと魔法使っても大丈夫ですっ!」
ついでに、ちょっぴり自分をアピールしてみる。
「それは、完治よりも寛解の方が正解に近いからだな」
「寛解?」
「ほぼ治ったという状態の事だ」
先生はカルテを書き終えると、ボクに真っ直ぐ向き直った。
「治療術士が不足していて、患者一人当たりに使える魔力量に制限がある。まぁ、それも病院の方針の一つなんだが。君が疑問に思ったのはその点だろう?」
「はい。だから余裕があるなら治してしまった方が良いのかと……」
「なるべく自然治癒に任せるべき、という回復魔法の在り方はちゃんと理解しているか?」
「えっと、体の機能が衰える問題と、癌の問題ですか?」
魔法に頼りすぎてしまうと、使わなくなった機能が退化してしまう。
そして、魔法による治療は癌化のリスクがある事を以前先生に教えて貰った。
「もう一つ。体は自分の力で治ろうと頑張っている。先程の患者を例にするなら、骨の元となる細胞や、細菌を駆逐しようと免疫細胞をどんどん増やしていた。そんな時に、怪我や病原菌が綺麗さっぱり無くなったらどうなる?」
「えっと……、すみません分かりません」
「骨を過剰に形成して変形したり、自己免疫疾患で自分の体を攻撃してしまいかねない。もしも魔法で完治させた場合、正常に機能している体の機能を抑制したり、増えすぎた細胞を取り除く必要が出てくるわけだ」
「余計な手間が増えてしまう、という事ですか?」
「だから七〇%で留め、治療の余地を残しておくんだ。そうすれば、体も自分の状態に合わせて自然と落ち着いていく。緩やかな移行期間が必要と言う事だな。回復魔法が害悪になっては本末転倒だろう?」
「はい……」
魔力に余裕があるのなら、完全に治してしまう方が良いと思っていた。
体の状態とか、総合的に見て魔法を使う必要があるって事か……。
ボクには知識も、経験も、視野も、全然足りていないらしい。
「だが、治療の腕はなかなかだったぞ。流石はミーシェルの秘蔵っ子だ」
「ありがとうございますっ」
「あと足りないのは、笑顔だな」
そう言ってボクの顔を覗き込むと、ニッっと口角を上げて笑って見せた。
爽やかというよりは豪快というか、すごく男臭い笑い方だった。
「あ……、すみません」
治療中ずっと必死だったもんなぁ……。
ただでさえ怪我や病気で不安なのに、術士が不安そうな顔してたら、患者さんはもっと不安になってしまう。
そうか……、あの時魔法抵抗力が弱まったのって、そういう事なのか。
不安だと誰でも無意識に構えてしまう。
ソレを先生は会話で和らげたんだ。
「う~……、笑顔……、笑顔――」
ボクは念仏でも唱えるように暗示を掛けながら、強張った頬をムニムニと揉みほぐす。それが可笑しかったのか、先生に大きな声で笑われてしまった。
「さぁ、次の患者さんを呼んでくれ」




