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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
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65話 あの日の事

 サクヤちゃんがガラス戸を閉めると、室内に静寂が訪れる。


 ボクは一仕事を終えた事に安堵し、背もたれに体を預けた。

 緊張感といえば聞こえは良いけど、あれは恐縮って感じだったと思う。

 おかげで喉がカラカラだ……。


 目の前にハーブティーが置かれていたのに、口にする余裕も無かったし。

 会談前には湯気が立っていたカップも、今ではすっかり冷めてしまっていた。


『お茶、入れ直す?』

「ううん、このままで良いよ」


 ボクがティーカップを見つめていたからだろう。

 彼女がそんな風に気を利かせてくれた。

 だけど、今はむしろ冷たい物の方がありがたい。

 室温程度で冷たいとは言い難いけど、それでも喉には心地よかった。


 はぁ……、朝っぱらから疲れるなぁ……。

 癒やしの一つでも提供して欲しいもんだよ。


 ボクは茶請け代わりに、サクヤちゃんの仕事ぶりをボンヤリと眺めていた。

 自分の身長とさほど変わらないテーブル。

 少し悪戦苦闘しながらも、マーロウのカップを片付けていた。

 ピョコッと背伸びする姿が可愛らしい。

 なんだか、小動物のライブ動画を見ているような気分だ。


 そんな彼女へ、何とはなしに話を振ってみた。


「ねぇ、初めて会った時の事、覚えてる?」


 質問しておいてなんだけど、回答には半分期待していなかった。

 マーロウとサクヤちゃんの関係は、マーロウの方が上位。

 だから、彼の前でなければ、この子の口は硬いかもしれない。

 そんな風に思ったんだ。


『おぼろげに、だけどね』


 彼女は少し迷っていたけど、答えを返してくれた。

 どうやらボクとの会話に乗ってくれるらしい。


「あの時はどうして【転移】で逃げなかったの?」


 ボクらは大捕物の末に、ようやく彼女を保護(・・)したのだ。

 それも、彼女の居場所をモニターできるという、反則技まで使って。

 そんな彼女なら、最初の襲撃犯を巻く事ぐらい容易くできたはず。


『自分が【転移魔法】を使えるなんて、知らなかったからよ』

「えっ……、知らなかった!?」


 全く予想していなかった意外な解答。

 彼女の【転移魔法】は、ギルマスも舌を巻く程の腕だ。

 実際、彼女は一五〇人を越える追跡部隊を相手に、逃げ切ってみせた。

 それは一朝一夕で身に付くような技術じゃない。

 それを知らなかったって……。


『この体で生まれてからは、ずっと記憶が曖昧だったの。転生前の記憶をハッキリと思い出したのは、病院で目が覚めた時ね。まるであの瞬間に、自我が芽生えたような感覚だったわ』

「そういえば、記憶の継承が曖昧ってマーロウも言っていたっけ……」


 だから、初めて会った時点では、【転移魔法】が使えなかったのか……


『でも、あれは酷い目覚めだったわね。突然、激痛が走ったと思ったら、その後は全身がジクジクと痛むし。しかも、いつまで経っても収まらない……』


 ボクがジョブメダルをはめた時に感じた激痛。

 アレと同じ物を、彼女も同時に味わったのだろう

 あの瞬間、ボク達は魔力的に絡み合ってしまったのだから。


『何より、メダルとのリンクに介入されてるって感じた時は、腸が煮えくりかえる想いだったわ。奪われたって思ったもの。誰が敵で、誰が味方かも分からない……。そんな状況で、メダルを探して方々跳び回る羽目になるし。その上、大人数で追い回してくれちゃって! 貴方たち、ちょっと酷すぎない!?』


 そう書き出して、彼女は恨めしげにボクを睨み付けてきた。


「ごめん……」


 でも、直ぐに溜息を吐き出すと、脱力するように険しさが抜け落ちる。


『もういいわ。結果的にソレで良い方向に転んだんだから』


 そう書きだした後、彼女はしばらく指を止めた。

 そして、値踏みでもするようにボクをジッと見つめてくる。


『これは推測に過ぎないけど、私の記憶が戻ったのも貴方の干渉が原因なんでしょうね。それが『調和』の効果というのなら、その線から試してみましょうか』

「それが新ジョブの作成方針って事?」


 サクヤちゃんは、空になったボクのティーカップも片付けながら頷いた。


『でも、今日の所はいいわ。私もこの体でこの屋敷に来るのは初めてだから、新しい環境に対応しないといけないし。体のサイズに合わせて家具も調整しないと』


 身長八〇センチ程の彼女にとって、この屋敷は巨人の家みたいな物。

 何かを始めるにしても、まだまだ準備が必要なのだろう。


「それにしても、マーロウの屋敷って凄いね。さすが英雄様……」


 あれ……? サクヤちゃんが首をかしげている。


『ここはマーロウのじゃなくて、私の家よ?』

「え? 嘘っ……」

『嘘って、失礼ね貴方』


 凄く不服そうに半眼で睨まれた。

 でもなぁ……、こんな小さな子に言われても、流石に説得力って物が……。


『別に今生で稼いだ訳じゃないわ。転生前の資産を継承しているだけよ』

「あ……、そうか」


 彼女は有名な治療術士だったり、錬金術師だったりした過去があるんだっけ。

 『ジャマー』なんて街の食卓を支える必需品だもんな。

 あの発明一つでも、莫大な利益が出ているだろう……。


「そういえば、サクヤちゃんて実際には何歳なの?」

『合計って意味なら、全部の人生を合わせると一二〇歳ぐらいね』

「え……、ロリババア!?」


 まさか三桁越えとは……。

 予想外の解答で、うっかり妙な単語を口走ってしまった。


 あ、サクヤちゃんのこめかみに青筋が……。



 ――――そう思った瞬間、目の前の景色が唐突に切り替わった。


「え? わっ! キャア!?」


 ザパァァァァァァン!


 突然襲ってきた浮遊感――――。

 ボクは為す術も無く、水の中へと転落していた。

 慌てて水面に顔を出すと、そこは一面タイル張りの広い空間。


「けほっ! 何っ? お風呂?」


 あ……これ、【転移魔法】だ!

 あの子、いきなり何てことをっ!


 しかし、突然の事とはいえ、「キャア」って……。

 自分の口から出た声だなんて、とても信じられなかった。

 ボクの中で『女の子成分』が増えているんだろうか……。

 なんかヤバいなぁ……。


 水を滴らせながら、ヨタヨタと歩いて湯船から出る。

 その動きは、まるで古いゾンビ映画のようだった。


 それにしても……、どうしてくれるんだよ、あのウサギ娘はっ!

 ボクらの異世界生活は、それ程余裕の有る物じゃない。

 お金を稼いでも、直ぐに講義代に消えてしまうんだ。


 だから、ボクらの買い物はいつも必要最低限!

 外行きの服なんて、アウター二着だけなんだよ?

 それを着回している状態だったのに……。

 いきなり濡れ鼠じゃないかっ!


 内心で毒づきながら脱衣場に出ると、まさにその人物が目の前に立って居た。

 サクヤちゃんはフンと鼻を鳴らして、ボクにタオルを投げ付けくる。


 いや、怒りたいのはこっちだしっ!

 ボクは恨めしげに彼女を睨みつつも、タオルを受け取った。


 確かにアレは失言だったけどさ、この子ってホントに一二〇歳なの?

 さっきのなんて、見た目の通りの子供っぽい癇癪じゃないか!

 あぁ、そうか……。

 これが、精神が肉体に引っ張られるってヤツだ。

 だから子供っぽい部分が出ちゃうんだ。


 そろそろ、集合時間も近い。

 さっさと着替えてリビングに向かわなくちゃ。

 ボクは濡れた服を洗濯籠へ放り込むと、そこではたと手が止まってしまった。


「あのさ……。タオルだけじゃなくて、着替えは?」


 サクヤちゃんは、プイッとそっぽを向いて出て行ってしまった。

 ぐぬぬっ…………!


 仕方なく、濡れた下着姿のまま廊下を駆け抜け、部屋へと駆け込んだ。

 ボクの部屋はお風呂場から近かったし、誰にも会わなかったけどさ……。

 右見て、左見て、右見て……って。

 脱衣場から顔を覗かせて、何度安全確認をした事か。

 ホント冷や汗ものだったよ。


 急いで着替えてリビングへ向かったけど、結局ボクが一番最後。

 壁際にはサクヤちゃんまで、澄まし顔で立っていたし。

 流石のボクも、プクーッて頬を膨らませたよ。


「あれ? ユウ君、着替えたの?」

「う、うん。ちょっとね……気分転換かな。ハハハ……」


 ハルちゃんの隣に座ると、早速シロさんから話題が提供された。


「んで、今日はダンジョン行かずに、情報収集って事で良いか?」

「二一層の湿地の話だよね? ボクもそれでいいよ」


 広々としたリビングを持て余しながら、今日の活動予定や新生活を始める上での必需品など、幾つかの議題が話し合われていった。


「なぁ、サクヤ。昼飯に弁当作ってもらえるか?」


 ボクらの会議を見物していたサクヤちゃんは、シロさんの要望に頷いた。


『かしこまりました、サンドイッチで宜しいですか?』

「あぁ、頼むよ」


 献立が決まると、彼女は一礼して部屋を出て行く。

 そんな彼女の所作を、ボクらは感心しながら見守っていた。


「すごく、大人びた子だね。私達よりずっとしっかりしてるかも」

「そうだねぇ……」


 そりゃ、一二〇歳のロリババアですもん。

 ……とは言えなかったけど。


「そうだ、ハルちゃん。後で買い物に付き合ってもらえないかな?」

「え? いいけど、何買うの?」

「えっと、服……なんだけど……」


 正直、まだ女の子の服を上手く選べる自信がないのです。

 ボクのファッションセンスは、こちらの世界に来てから勉強し始めた物。

 街に出る度に、道行く女の子を観察して教材にしていたけど、それが自分に似合うコーディネートなのかさっぱり分からない。

 そういう訳で、ハルちゃん先生の力をお借りしたいのだ。


「じゃぁ、中央通りの公園に……一時頃で良いかな?」

「あの公園だね。うん、分かった」

「状況は空き時間にメールするね」


 議題も尽き、雑談タイムとなっていた頃、サクヤちゃんが戻ってきた。

 ボクらは弁当を受け取ると、サクヤちゃんの【転移魔法】でギルドへ。


『連絡していただければ、お迎えに上がります』


 そう書き残し、サクヤちゃんは再び【転移】で帰って行った。


「しっかし、【転移魔法】ってすげぇな……」

「だね~、ボクも覚えたいかも」


 彼女の能力のおかげで、屋敷がダンジョンから遠いという、不利な立地条件も完全に解消されている。彼女のサポートには本当に非の打ち所がない。

 悪戯された事に目をつぶれば……だけど。


「それじゃ、ユウ君。また後でね」

「うんっ! またねっ」


 さぁ、ここからはみんな別行動だ。

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