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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第三章
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64話 情報交換

『お時間を戴いても宜しいですか?』


 ドアの前に立つサクヤちゃんは、みんなと居た時に比べると表情が薄い。

 まぁ、彼女がボクに対して愛想を振りまく理由もないか。


「うん、入って」


 ボクが部屋へ招き入れると、彼女はそのまま奥のテーブルへと向かった。

 そして、湯気の立つハーブティをカップに注ぐと、ボクに差し出す。


「ありがとう……」


 ボクの言葉に、彼女は少し戸惑うような表情を浮かべていた。

 それは行動にも表れていて、『どういたしまして』に続く言葉を、何度となく書き直していた。


『後を継いでくれた事には感謝してるわ。でも、それ以上に悔しいし、怒ってる』


 熟考の末に書き出された文言は、少し砕けた言い回し。

 どうやら、ボクの前では余所行きの言葉をやめるらしい。


「うん……」


 彼女が積み重ねてきた物を考えれば無理もない。

 言ってみれば、大切に育ててきた事業を、他の人の方が上手くやれるからと、事後承諾で取り上げられた形だ。そんなの誰だって不愉快に決まっている。

 例えそれが不慮の事故だったり、より良い結末をもたらすのだとしてもだ。


 だけどあの時、彼女の計画には赤信号が点っていた。

 転生の限界、劣化する体、残りの寿命、メダルの完成度。

 そのどれをとっても、計画の頓挫は必然だったのだから。


 彼女に残された選択肢は二つ。

 ダメと知りつつ感情の赴くままに破綻へと突き進むか、ボクに託すかだ。

 そして彼女は感情よりも、理を取る事を選んだ。


 だけど、それは生半可な事じゃない。

 人間は簡単に気持ちを切り替えられる様にはできていないのだ。

 それでも、彼女は揺れる感情をねじ伏せ、前に進もうとしている。

 それも(ひとえ)に新ジョブ完成を願っての事。

 こうしてボクに会いに来たのだって、その為だろう。


「ねぇ、サクヤちゃんの目的はまだ教えて貰えないの?」


 ボクの問いは聞こえていたはずだ。

 だけど、彼女はそれに答える素振りすら見せてくれない。

 彼女はハーブティをもう一杯注ぎ終えると、ガラス戸の方へと歩いて行く。

 その先はバルコニーだ。

 彼女がガラス戸を押し開くと、涼やかな春の風がカーテンを静かに揺らした。

 フワリと香る花の匂い……。棚引くカーテンが落ち着きを取り戻すと、穏やかな春の日差しを背に、黒マントの男が立っていた。


「マーロウ……」


 相変わらず唐突に現れる男だ。

 サクヤちゃんの様子を見るに、彼の登場は予定の内だったのだろう。

 彼は勝手知ったる我が家というように、椅子に腰を掛けた。


「多少の深化はしたようだが、まだその質問に答える時期ではないな」


 聞いていたのか……。


「じゃぁ、いつになったら教えてもらえるの?」

「ジョブの完成度と、お前の成長次第だな。子供の内は教えられん」


 子供…………。勿論それが肉体的な物じゃないって事は分かってる。

 ボクだって色々な経験を積んで、精神的にも少しは成長したと思うから。

 だけど、ボクを子供っぽく苛立たせるのはお前だろってツッコミたくもなる。

 言葉足らずなくせして、イラッとさせる一言だけは多いんだから。


「そもそも、そんなに秘密にしなくちゃいけない事なの?」


 ボクの苛立たしげな問いかけなど意にも介さず、マーロウは泰然とティーカップを口へ運んでいる。


「言葉や情報を甘く見るな。どちらにせよ、今のお前の手には余る。うっかり口を滑らせようものなら、泣くのはお前だ。ならば、知らぬが仏というヤツだ」


 マーロウにしろサクヤちゃんにしろ、一度線引きしたラインは簡単に崩してはくれない。彼らが教えないと言ったら、どんなに食い下がっても無駄だろう。

 ジョブの完成度次第って言うなら、そうするしかないか……。


「いや……、『興味本位』がお前の十八番(おはこ)だったな。ならばハッキリと釘を刺しておくか。もしも不用意に情報を漏らしたなら――――」


 マーロウはそこで一拍の間を置き、ボクの瞳を真っ直ぐ見据えてくる。



「 聞 い た 者 を 私 が 殺 す 」



 底冷えする程の冷たい瞳……。

 目が合った瞬間、ザワッと肌が粟立(あわだ)った。

 背中を冷や汗が伝い、顔の筋肉が強張ってくる……。

 眼球から入り込んだマーロウの視線に、脳髄まで鷲掴みにされた気分だった。

 椅子に座っていなければ、ボクは腰が抜けて尻餅をついていただろう。


 しかし、わざわざ『興味本位』という単語を織り交ぜてくる辺りが、実に嫌みったらしい……。

 まさしくその所為でジョブメダルを強奪してしまったのが、他ならぬボクだ。

 だからこそ、それはぐうの音も出ないほど響く言葉だった。


「…………博愛主義って言ってたのは誰だっけ?」


 皮肉のお返しとばかりに、以前コイツが吐いた言葉を返してやった。

 それは精一杯の強がり。

 だけど、どんなに自分を誤魔化そうとしても、鳥肌が止まらなかった……。


「嘘ではないさ。ただ、大局を見た上で、不可避ならば躊躇わないと言う話だ」


 僅かに口角を上げて語られる彼の言葉。

 ボクはその言葉が真実であると確信していた。

 理屈では無い……。

 本能が体を支配し、ボクの意思など関係なく勝手に(おのの)いてしまうのだ。


 ユグドリア最強の男が牙を剥けば、抗える者なんて居やしない。

 ボクには従う以外の選択肢なんて残されていなかった。


「そう怯える事はない。おいた(・・・)をしなければ無害なモノだ」

「……具体的な線引きは? 何処までが秘密?」


 静かに語り始めたマーロウの言をまとめると。

 主に新ジョブにまつわる話が抵触するらしい。

 そこに絡む形でサクヤちゃんの過去や、マーロウの活動も秘匿扱いとなった。

 また、今後に関しても、ジョブ作成の過程で得られた情報は、必ずマーロウに伝えて確認を取る事が求められた。


 そして、今日がその第一回目の話し合い。

 ボクはこれまでに知り得た情報を、彼らに開示していった。


 結果、『調和』の能力については、現時点で分かっている範囲なら話しても構わないと許可が下りた。

 コレに関しては今までも使ってきた力だし、今更秘密も何も無いだろう。

 問題はここからだ。


「それで、ボクは何をしたらいいの?」


 新ジョブ作成を請け負ったものの、それが何を目指した物なのかさえ、ボクには明かされていない。何をどうすれば良いのか、全く見当が付かないのだ。


「お前に望む事は三つだ。一つは純粋に強くなれ。力が無ければ何も成し得ない。二つめは『調和』の能力を伸ばす事。正直に言えば、こんな能力が芽生えるなど、私達も想定外だった。サクヤが新ジョブの完成に至れなかった原因が、そこに有るのかもしれん。そして最後に、サクヤのやって来た事の踏襲だ。これについてはサクヤに任せる」


 サクヤちゃんが静かに、だけど強い意志を込めて頷いた。


 強くなれ、そして『調和』を磨け……か。

 マーロウの求める物は、基本的にボク達の目的にも合致している。

 サクヤちゃんがやって来た事については不明だけど、どちらもダンジョンクリアの為には必須だろう。

 彼らに協力する事が、ボクらの足かせになる事はなさそうだ。


「新しい特能については流石に情報不足だ。性質が分かり次第考えよう。ジョブ作成は私達も手探りな事が多い、お前も自分で考えて行動してくれ」

「わかった……」


 その言葉を最後に、三者とも話題が途切れた。

 現時点で話し合える事は出尽くしたらしい。


「概ねこんな所か……」


 マーロウは椅子から腰を浮かせると、最後にこう言って締めくくった。


「サクヤという最初の一人に加え、お前という引き継ぐ者が現れた。こんな幸運は二度と望めまい。これは私達が抱き続けた願いだ……。だが、私達とともに歩む事が、お前自身の幸せにも繋がるだろう」


 マーロウがガラス戸を開くと、再び春の薫りが部屋を満たした。

 去り際にチラリと振り返り、彼は意外な言葉をボクに残していく。


「ユウキ、お前の成長に期待している!」


 バサッと一際強く風が吹き込み、反射的に目を閉じてしまった。

 次に目蓋を開けると、そこにはもうマーロウの姿は無い……。

 ボクは、陽光の降り注ぐ窓の向こう側を、放心するように眺め続けていた。

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