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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
63/88

62話 彼女の新たな目標

 もう同じ(てつ)を踏むつもりはない。


 新層に挑む時は十分に情報を集め、万全の準備を整える。

 これが失敗を重ねて得たボクらの教訓。生き抜く為の慎重さだ。

 なにも難しい事じゃない。偉そうに言う事でも無い。凄く当たり前の事だ。

 でも、ようやくソレがボクらの中に根付いたと実感できた。


 次の層へと上がれば新しい環境が待っているはず。

 それだけ確認して街へ帰ろう。

 意気揚々と二一層へ上がったボクらは、「あぁ――――……」っという、尻下がりな感動詞を残して帰路につく事になったのだった。




 宿へ戻り、シャワーを浴びて食堂に集合した面々。

 誰も彼もがゲンナリとした表情を顔に貼り付けていた。


「次は湿地かよ……」


 シロさんがぼやくと、ソレに呼応するように重苦しい溜息が重なった。


 ボクらが新層で目にしたのは泥と、泥水と、泥沼と、あと葦原。

 入り口には固い地面があったけど、それ以外は全部泥の世界。

 となれば当然、泥にまみれて攻略する羽目になるのが目に見えてます。

 ボクらは泥遊びでテンションが上がるような歳でもないからね。


 ダンジョン内で天候が変化するのかは知らないけど、二一層は曇りのように薄暗く仄かに(もや)が立ちこめていた。視界は悪いしジメジメするし。

 視覚情報も肌感覚も不快さMAXと来れば溜息も漏れてしまうというものだ。


「まぁ、レンジャー仲間に攻略法聞いとくわ」

「ぐぅぅ~……」

「ボクも先生に相談してこようかな。ヒーラーが気をつける事とか」

「ぐぎゅぅぅ~……」

「それでは、私はモンスター情報を調べておきますわね」

「ぐごごご~……」


 各自が調査項目を申告していると、合いの手のように挟まれる怪音。


「カナ、腹の音すげぇな……」

「心外! ハルだって鳴ってるし!」


 腹の虫を指摘されて、隣に座るハルちゃんの顔が赤い……。


 彼らの空腹がピンチでヤバイらしい。

 だが、ピンチとくればそこに駆けつけるのがヒーローという物。


 ジュージューと肉汁の弾ける音を響かせながら、女将さんが山のようにステーキ皿を抱えて、テーブルの間をすり抜けてくる。

 今のハルちゃん達には女将さんが天使か女神に見えたに違いない。

 しかし、あんなに抱えてよく落とさないもんだ……。


「はいよっ、お待ち遠さん! 今日はハンバーグ定食だ」


 女将さんが掲げる鉄板から、香ばしい匂いが漂ってくる。

 まるで返事をするようにお腹が「ぐぅ~」と唱和した。


「ソースは好きな方を掛けとくれっ」


 そう言って、テーブルの中央に大きなソースポッドが二つ置かれた。

 トマトソースとデミグラスソースか。


「おー、美味しそっ! ぐぅぅぅぅ~~~」

「あぁ~、ご飯~~。ぐぎゅぅぅぅ~~~」


 男性陣は色めき立つようにキラキラと顔を輝かせている。

 並べられてゆく夕食に注がれる視線は、まるで恋する乙女のようだった。


 そういえば、この世界に来た頃は食事の量に男女の差はほとんど無かった気がする。だけど、体が馴染んだ頃から、男性陣の食欲が目に見えて増していた。


 彼らの食べっぷりといったら、まさに運動部のソレだった。『どんぶり飯? 余裕です! むしろ、おかわりしてイイですか?』って感じ。


 二人がいつも美味しそうに平らげるものだから、女将さんも気分が良いらしく、時々コッソリと一品サービスしてくれた事もある。まぁ、実際こんなに美味しそうに食べてもらえたら、作り手としても嬉しいだろうな。


 喜々としてハンバーグを口に運んでいくハルちゃんを見ていると、ボクの方まで笑顔になってしまう。



 それにしても、ハルちゃんは本当に明るくなった……。


 少し前までオドオドしたり、泣いて飛び出したり、戦うのも怖がっていたのに。今日なんてタンクとしてしっかりと役割をこなしていた。


「ユウ君どうしたの? 食べないの?」


 頬杖を突いて彼の食べっぷりを眺めていたら、不意に目が合って不思議そうに見つめ返されてしまった。ボクは無意識にそうしていたらしく、目が合うまで自分が彼を見つめていたという自覚が全く無かった。


「ん~、何でもな~い♪」


 意識した途端にうるさく鳴り始める心臓。

 ボクは照れ隠しするように伸びをすると、ナイフを手に取った。


 『苗木亭』での食事も二週間近くになるけど、朝夕の食事では同じ料理が出た事はまだ一度もない。料理長のレパートリーの多さにはほんと舌を巻いてしまう。

 まぁ一応、割り増し料金で別のメニューを注文出来るのだけど、ボクらはここの料理に満足している。その日にどんな料理が出てくるのか、宿の献立スケジュールに任せるのが、この世界における数少ない娯楽の一つだ。


 そんなわけで、今を逃すと次にいつハンバーグが食べられるか分からないんだよね。それなのに、どちらか一方のソースしか味わえないなんて勿体ない。

 ここは半分に切って両方の味を楽しむことにしよう。


 鉄板に触れたソースが、ジュワーっと音を立てて香ばしい匂いを漂わせる。それだけで、唾液が溢れて止まらない。こんなの絶対美味しいに決まってるよ。


 一口大に切り分けて口へ運ぶと、甘みの中にほのかな酸味を感じる。

 しっかりとコクを感じさせながらも後味はスッキリ。

 トマトソースはボク好みで実に美味しい。


 対してデミグラスソースの方は旨味の暴力だ。

 濃厚な味わいが舌から脳へとダイレクトに幸福感を届けてくる。

 食べ盛りの男の子なら間違いなく惚れ込む味だろう。

 交互に食べたらエンドレスで食べられそうな気がするよ。


「あ~! 私もソレやれば良かった。デミグラスソースだけにしちゃったよ」


 ハルちゃんがボクの食べ方を見て悲しそうな表情をしてる。

 捨てられた子犬のようで、思わずクスリと笑ってしまった。


 最近では彼を男友達のように感じる瞬間もあるけど、こういう仕草は昔からよく知っている『彼女』の仕草だ。

 仕方が無いなぁ……。なんて思いながらも、ボクは少し嬉しかったりする。


「半分食べる? ボクにはちょっと多いし」

「いいの!?」


 ハルちゃんにトレーを差し出そうとしたのだけど、この時何故かボクの中でちょっぴり茶目っ気が顔を覗かせてしまった。彼の中に『女』を感じた所為で、ボクの中の『男』の部分が刺激されたのかもしれない。


 ボクはハルちゃんの真横に椅子を寄せると、必殺奥義『あ~ん』を仕掛ける。


 だけど、予備動作だけでボクの思惑はモロバレだったらしく、シロ・カナの二人にニヤニヤとガン見されてしまった。ハルちゃんは照れてしまうし、ベティさんなんて、フォークをくわえたまま膨れて睨んでくる。


 自然にさりげなく出来る程の乙女力も、周りの目を気にしない胆力も無いボクでは、コレは自爆技だったかもしれない。

 間違いなく、ボクの方がダメージが大きいぞコレっ!?

 プランBなんて用意してないし、ここは戦略的撤退をするしか……。


 なんて思っていたら、ハルちゃんの方も照れながら、口を開けてくるし。

 どどど、どうしたの!? そんなのハルちゃんの性格じゃなくない!?


 くっ、ここまでされて逃げたら男が廃る。ボクも覚悟を決めて行くしかない!

 ソースが垂れないように手皿で受けながら、フォークを差し出す。


「ハルちゃん……、あ、あ~ん…………」


 うわぁ、恥っず!


 ボクの中で世間の恋人達へのリスペクト項目がもう一つ増えたよ。

 恋人同士の営みってレベル高すぎっ!


 プルプルと震えるボクのフォークに、ハルちゃんがカプリとかぶりつく。


 うわっ……うわぁぁぁぁぁぁ――――――。

 ダメっ、これは絶対ダメッ! 顔から火が出そうな程熱い。

 中学生かよって自分で思ってしまうくらい、恋愛下手で抵抗力もなさ過ぎ!


 だけど、なんだか一度やってしまったらスイッチが入ってしまった。

 高鳴る鼓動が心地よくて、徐々に周りの景色が見えなくなっていく。

 そして、ボクは二切れ目を彼に差し出した。


「あ~――――――」

「取り込み中済まないが、同席しても構わないか?」


 急に外部から声を掛けられ、ボクは石のように硬直した。

 ドキーンという強い脈動の後、確実に二・三秒ボクの心臓は止まったと思う。


 油の切れたブリキ人形のように、ギギギと軋む動作で声の主へと振り返った。


 それは、おおよそこんな場所で出会うとは思えない人物。

 鎧の上に黒いマントを纏いフードを目深に被った男と、給仕服を着たウサ耳少女の二人連れ。マーロウとサクヤちゃんだ。


「み……みみみ……、見るなぁぁぁ! 忘れろぉぉぉ!」


 よりにもよって何でお前なんだよっ! サクヤちゃんまでジト目で見てくるし。あぁぁ、また僕の黒歴史が増えた、増えてしまったぁぁっ。



「それで、何か用っすか?」


 悶絶するボクに変わって、シロさんが彼らの応対を始めた。


「なに、改めてギルドに報告を済ませて来た所でね、一応その事を伝えておこうと寄っただけだ」


 サクヤちゃんもコクリと頷いた。


「それはそうと、二〇層を踏破したそうだな。あれからサポートには入っていなかったが、無事乗り切れたようで安心した。おめでとう」

「「「「ありがとうございます」」」」 「次は絶対当てるし!」


 ん? お礼に混じって、違う台詞が混じった気がする。

 そういえば、敵ではなくマーロウにノックアウトされた人が一人居たっけ。

 カナさんはシャドーボクシングするように、マーロウに向けてシュッシュと拳を突き出していた。


「ところで、サクヤちゃんは何でそんな格好なの?」


 彼女が身に付けているのは膝下丈で裾の広がったエプロンドレス。臙脂(えんじ)と白色で、色味がちょっと違うけどメイド服っぽい雰囲気だ。


「ああ、実はお前達に頼みたい事があってな」

「はぁ……」


 マーロウの頼みって聞くとまた厄介な事になりそうで、今一気が進まない。

 まぁ、この男がボクの醸し出す空気なんて気にするはずもないけど。


 マーロウがサクヤちゃんの背を押して一歩踏み出させると、自然にボクらの視線が彼女に集まった。


「この子をお前達のメンバーに加えてやってくれないか」


 僅かな沈黙の後、ボクらの驚嘆の声が見事にハモった。


「「「「「はぁぁぁぁぁっ!?」」」」」


 相変わらず、唐突に何を言い出すんだコイツは。


 そりゃ【転移魔法】使い手が居てくれたら有難いとは思うけど、いくら何でもこんな小さな子をダンジョンに連れて行ける訳ないじゃないか。


「いや、さすが無理があるでしょ!」


 ボクらはまだ自分達の事で手一杯。

 誰かを守りながらの攻略なんてとても無理だ。


「あぁ、もちろん戦闘要員ではなく生活面のサポートとしてだ」

「生活面?」

「私ではこの子の面倒を見るには都合が悪い。だからといって、一人で放り出すわけにもいかん。そこでだ。お前達も遠からずこの宿を出る事になるはず。その時にこの子ならば食と住を提供可能だ。どうだ、互いの利害が一致しただろう?」


 利害って……そういう問題なのか?


「確かにサポートしてもらえたら有難いけどさ。こんな小さな子に世話させるってのはボクにも抵抗が……」


 最近はなりを潜めていたけど、やっぱりボクの中には優柔不断の虫が住み着いているらしい。損得勘定でOKしてしまえば楽なのに、どうもスッキリとしない。


 そんな煮え切らない態度のボクを、マーロウは人差し指でチョイチョイっと招き寄せ、囁いた。


「お前を支援する事で、間接的に新ジョブの完成を後押ししたいらしい。この子はまだ諦めていない、という事だ」


 ボクに後を託してソレでお終いなんて言われても、彼女だってスッキリしないだろう。どんな形であれ、自分がやって来た事に関わり続け、行く末を見届けたいという気持ちはボクにも理解出来る。


 これはとても断れない。いや、これを断っちゃダメな気がする。

 この子は本当に強い子だ……。


「みんなが良ければボクは賛成だけど……どうかな?」


 仲間達を振り返ると、二つ返事で肯定が返ってきた。


 サクヤちゃんもボクらの返事に安堵したらしい。

 すると直ぐに小さな指先に魔力を集めて宙をなぞり始めた。


 何をしているのか不思議に思いながら彼女の挙動を見守っていると、答えは直ぐに目の前に浮かび上がった。器用に魔力を制御して書き出された文字列。

 そこにはこう書かれていた。



『サクヤと申します。誠心誠意お仕えしますので、よろしくお願い致します』


 ボクらがそれを読み終えたタイミングで、彼女は今一度丁寧に頭を下げた。

 時間にして実に一〇秒は掛けたのではなかろうか。


 ゆっくりと体を起こした時、彼女の瞳にはとても強い意思が宿っていた。



本62話で二章が終了となります。


二章で『駆けだし冒険者編』が終了といった感じになりますが、如何でしたでしょうか。

少しでもお楽しみいただけたのなら幸いです。


三章も現在執筆しておりますが、まだ初稿が完成していない状態です。

二章までの経験を反映させつつ三章のクオリティアップを目指しておりますが、なんとも難しい物ですね。何かを掴んだと思ったら、直ぐにそんな事はなかったと打ちのめされる日々を送っております。


そんなわけで、三章のアップ開始には少しお時間を下さい。執筆状況や正確な時期は近況かツイッターの方で報告させていただければと思っております。


また、ブックマークや評価、ご感想などもいただけましたら幸いです。

作り手にとってはとてつもない原動力になりますので。


それでは、『僕らのTS冒険記』第二章、お読み頂き誠にありがとうございました。


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