61話 ボクらの実力(改)
大捕物から三日が過ぎ、ボクらは今日も十一層に来ていた。
大敗のリベンジは順調に進み、マップ上に残る光点もあと一つ。
そいつが今、ボクらへと迫っていた。
「みんな走って! 足を止めたら真下からくるよっ!」
乾いた砂を蹴り上げ、五人が一斉に駆け出す。
だけど、緩い砂地は蹴り足の力を逃がし、思うようにスピードが上がらない。
振り返ると、噴き上げるような砂煙がボクらを追いかけてくる。
時折砂上に表れては再び沈み込むゴツゴツとした鱗状の背中。
信じがたい光景だが、ソイツは砂の中を水のように泳いでいた。
それも結構速い! 少しずつだが確実に距離が縮まっていく。
やはり地の利は向こうにあるか……。
だけど、ボクらは逃げ足を鍛える為にここに来たわけじゃない、戦う為にここに居る。こうして走っているのだって、ボクらが選んだ戦術なのだ。
しかし、彼我の速力差はボクらの予想を上回っていたらしい。
事前にボス情報を仕入て挑んだ戦いだったけど、聞いた話と実際に対峙するのとでは全然違う。五〇メートルも走る頃には、あっさりと併走を許してしまった。
ボク達の横五メートル程の所を、つかず離れず疾走する砂煙。
ボクらは走りながら相手の挙動に意識を研ぎ澄ます。
だが、そんな睨み合いも長くは続かない。痺れを切らしたのか、ソイツは距離を取るように軌道を膨らませると、急激にボクらの方へと舵を切ってきた。
――――来るっ!
その瞬間、ソイツは飛沫のように砂をまき散らし、砂中から飛び掛かってきた。ギラつく太陽に照らし出されたのは、体長二メートルを超える砂色のワニ。
最後のフロアボス、サンドゲーターだ。
「こんのぉぉぉぉぉぉ!」
後衛を狙ったワニの顎門は、すかさず間に割り込んだハルちゃんの盾でいなされ素通りしていく。
そして、ワニは鼻先を打ち付けるように砂の上に着地し――――いや、着水した。
チャプン、という擬音が似合いそうな程のスムーズな潜行。
二メートルを超える巨体が砂中に消える様は、正直いって目を疑った。
砂の中をこんな風に泳ぐなんて、ボクらの常識では考えられない現象だ。
砂の摩擦や質量を魔法で操作し、自分の周囲を水と変わらない環境に作り変えているのだとか。魔法ってホントに何でもありだな……。
「足を止めるなよっ! 次が来るぞっ!」
思考に気を取られた瞬間、シロさんの檄が飛んできた。
潜行地点から距離を取るようにコースを変え、ボクらは再び走り出す。
横からの攻撃ならば対処しやすいが、真下からとなると一気に難易度が上がってしまう。必然的にボクらは移動戦闘を余儀なくさせられるというわけ。
ボスエリアは直径六〇メートル程の円形。その範囲ならば他のモンスターが寄りつく事はなく、ボスとのタイマンが可能となる。だけど、こうも走り回っていると、さすがにエリアに留まり続ける事は難しい。
フロアボスは縄張り意識が強い傾向がある。だからか、縄張りを越えてまで追撃してこないタイプも多いのだが、コイツが追ってくる事は調査済みだ。
「ボスエリアを出るよっ! 新手の敵に注意してっ!」
「おぅ! そっちは任せろっ!」
言うが早いか、シロさんは走りながら矢を番えると周囲に意識を飛ばした。
そして、狙いを定める僅かな時間だけ足を滑らせるように立ち止まり、姿勢が安定した瞬間即座に矢を解き放った。
見事なまでの有言実行。彼女の矢が地面を穿つ度に花が咲くように砂が舞い散り、その下に黒いサソリの姿が垣間見えた。
攻略に失敗したあの日から、シロさんは徹底的に索敵スキルを磨いていた。
その結果、一人だけ特能が無いと嘆いていた彼女は、後天的に特能を引き出す事に成功してしまったのだ。
彼女が会得した特能は『六感』。それは予知を彷彿とさせるレベルの知覚拡張を体現する物らしい。それを証明するように、砂中に潜んで見えないはずの敵を次々と射貫いていく。
彼女の成長の恩恵は本当に大きい。索敵の正確さは勿論、こうして戦況をコントロールしてくれるおかげで、ボクらはボスとの戦闘に集中する事ができていた。
そして何度目かの交錯の末、攻撃を防ぎ続けたハルちゃんへと敵の意識が集中していく。彼を倒さない限り、誰一人として牙に掛ける事は出来ない。ヤツの脳裏にはそんな思考が刻みつけられてしまったに違いない。
それに加えて、潜行するワニの鼻先をカナさんが魔力を込めた蹴りで踏み抜き、プレッシャーを与えていく。その所為で、ワニは完全に冷静さを欠いていた。
だから、自分が追う獲物がいつの間にか四人に減っている事にも全く気づいていない。
ボクは一人、みんなから距離をとって魔力を練り上げる。
二〇個程の小さな魔力球を作り出すと、ソレで直径二〇メートルほどの円を描き出した。といっても、これ自体には何の効果も無い。ただの目印だ。
配置が終わると、一度深く息を吸い込み再び魔力を練り上げていく……。
今のボクが一息で練る事ができる魔力の量は、直径七〇センチ程度。
だけど、時間を掛けてじっくりと蓄積していけばその限りではない。
ボクは魔力を注ぎ続け、指定した円形領域を自分の魔力で満たしていく……。
他の四人が囮となって時間を稼いでくれている間に、全ての準備が整った。
展開された純粋な魔力は、ボクの命令により魔法として発現する瞬間を待っている。
「みんなっ、準備OK! ここに追い込んで!」
「マカセロッ!」
カナさんは吹き上がる砂煙の前に飛び出すと、足場の悪さを感じさせないほど高く飛び上がり、思いっきり地面を蹴りつけた!
ズドォォォォォンという、衝撃音と共に高々と砂煙が舞い上がる。
足下には小さなクレーターまで出来上がっていた。あれ程の威力なら、砂中に潜んでいたとしても、押しつぶしてダメージが通るだろう。
だけど今の彼は、直接的なダメージを狙ってはいない。二度三度と奴の鼻先を蹴り抜き、進行ルートを制限して敵の誘導に徹している。砂中に伝わる衝撃音に追い立てられ、ワニはカナさんの手の中で翻弄されていった。
「ハル、正面から来るぞ!」
「うん! 私も準備出来てる!」
ハルちゃんはボクの居る方角をチラリと確認すると、僅かに体を沈ませた。
そして、足下から食らい付かんと飛び出したワニを躱すと、空中で身動きが取れないワニに向かって体ごと盾を叩き込んだ!
それは、最近彼が師事するようになったドワーフの得意とする盾スキル。
「いっけぇぇぇー! シールドチャージ!」
盾に纏わせた魔力により、ノックバック性能を強化したその一撃。
まるで投石機にでも放り込まれたように、ワニの体が天高く打ち上げられた。
良いコースだ。ワニは無様にもがきながら、ボクの方へと飛ばされてくる。
ここからはボクの仕事だ!
魔法で砂の中を泳げるのなら、逆に魔法でそれを阻害する事だって出来るはず。この瞬間の為に地面へと注ぎ続けた魔力に、ボクは固く締まった大地のイメージを流し込んでいった。そして――――――。
「固まれっ!」
かけ声と共にボクの魔法が発動し、砂粒同士がギシリと強く引き付け合う。
そして、サラサラだった砂漠の砂はその在り方を一変させ、一枚岩のように固く引き締まったフィールドへと変化した。
――――さぁ、お前の潜行魔法とボクの魔法、どっちが上か勝負だ!
ワニの奴は今まで通り砂中へ潜り込めると高をくくっていたのだろう。
だけど、この魔法対決はボクに軍配が上がった。
ワニは無防備に鼻先から岩盤に叩き付けられ、鼻孔から血を流してよろめいている。砂に潜られると厄介な敵だが、陸に打ち上げてしまえば何の脅威も無い。
奴もそれを理解しているのか、ふらつく足で必死にボクの作ったフィールドから逃げ出そうとする。
「させませんわっ。シルフ!」
ベティさんの命令に応えるように、空気泡のような高密度の空気がぶつけられ、その度にワニがフィールド中央へと押し戻されて来る。固い鱗のせいで鎌鼬による斬撃は効果が薄いと、彼女なりに応用を利かせたサポートだった。
そして、彼女と精霊が足止めをする間に、仲間達がこの場へと集結する。
――――チェックメイトだ!
逃げる事も叶わぬとヤケクソになったワニの突撃は、ハルちゃんに全てが完封され、盾で押しつけるように地面に釘付けにされてしまった。
さすが『神盾』の特能持ち。
「カナちゃんっ!」
「オー!」
螺旋を描くように魔力を纏わせたカナさんの右拳。振り下ろされた渾身の一撃は、固くゴツゴツとした鱗を易々と貫き、ボクが固めた岩盤まで打ち砕いた。
「「「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
放射状にヒビが入って砕けるボクの砂岩フィールド。
ボク、シロさん、ベティさんの三人は、足下から突き上げる衝撃でバランスを崩し、尻餅をついてしまった。まぁ、咄嗟に魔法を解いたおかげで、砂岩はサラサラの砂に戻り痛みは無かったけど……。
「カナ……。お前、またオーバーキル……」
「フッフッフ~。でも、反省はしないっ!」
カッコ良く勝利を収めたはずが、最後の最後で何処か締まらないボク達。
勝利を喜びつつも、その場を笑い声が支配してしまった。
これで一〇匹全てのフロアボスを倒し終え、マップ上からは全てのマーカーが消失した。
――――世界樹ダンジョン第二〇層、攻略完了だ!
あの日の大敗でみんなの意識が変わったのだろう。
ボクらの成長は加速していた。




