60話 騒動の後
継承を終えた後、サクヤちゃんは糸が切れたようにへたり込んでしまった。
混線状態が解消されて全身の痛みは消えたはず。それを堪える為に体を強張らせていたのだから、そうなるのも当然だろう。でも、そんな理由は比率からすれば些細な物かもしれない。
これまで彼女が狂人のごとく身命を捧げ、艱難辛苦を乗り越えてこられたのも、新ジョブ作成という悲願があればこそ。
その道を理不尽に断たれたのだ。例え才能のある後進に譲るという名目があったとしても、内心は穏やかじゃないだろう。
心の屋台骨を失ってしまった今、彼女の中には虚無の風が吹き込んでしまったのかもしれない。
正直、彼女が今どんな気持ちなのか、ボクには想像が付かない。何と言葉を掛たらいいのかも……。
例え最適な激励を思いついたとしても、人生経験も何もかもが足りないボクに言われたらきっと逆効果だろう。
だけど、いつまでもこうしては居られない。彼女は傷の癒え切らない体で、五日も逃げ続けていたのだ。ろくに休息も取れていないはず。一刻も早く街に戻り休ませた方が良い。
ボクらは、彼女を取り巻く状況をかいつまんで説明していった。
彼女が病院を抜け出した事で起きた混乱。ジョブメダルを探してギルドへ侵入した事が、事態を悪化させてしまった事。そして、彼女の転移能力に対処する為、今回の大捕物となった事……。
今回の騒動の責任は、彼女一人に有るわけじゃない。ボクが引き金になっている部分も多分にある。威信に固執したギルドが、必要以上に事を大きくしてしまったのも問題だ。
でも、『誰が悪い』と言う責任を棚上げにしたとしても、事を収める為にはサクヤちゃんの確保という結末が必要になる。
彼女にだけ重い責任が向かわないよう、何とか掛け合ってみよう……。
ボクらの話を聞き、まだやる事が有るという状況が彼女の尻を叩いたらしい。
うつろな表情だった彼女の目に、少しだけ力が戻った気がする。
「サクヤはその娘を連れて先に戻ってくれ」
彼女はお尻に付いた土を払いながら、マーロウの指示に頷いた。
彼女が落ち着きを取り戻し、意思疎通が可能となったので、『魔封環』は既に取り外されている。なので、彼女は【転移魔法】が使える状態に戻っていた。
ただまぁ……、解除に必要なマスターキーはオルシバさんが持っているらしく、マーロウのヤツは『鍵が無くても物理的に開けちゃえば良いじゃない』と言わんばかりに、ブチッっと引き千切ってしまったのだ。
希少だったり、高価だったりする魔道具なんじゃないのか? とは思ったけど、マーロウのやる事に常識を求める方が間違いな気がしてきたので、ボクは見て見ぬ振りを決め込んだ。
「――――って、マーロウはここに残るの?」
「私には転移系の魔法が効かないのでな、ゲートを使って後から向かう。ギルドで何か聞かれても私が到着するまで黙秘していればいい。説明は私がしよう」
「分かった」
「それから……」
と、マーロウは顔を寄せて詰め寄ってくる。
「ここで話した内容は他言無用だ。勿論、お前の仲間にもな」
「え? どうして?」
確かにビックリする話だけど、話したって問題無さそうな気がするけどな。
転生や転移なんて、ボクらの世界の人間にとっては馴染みのある物だし。みんなも普通に受け入れてくれると思うんだけど……。
「とにかくリスクが高い。お前にも話すべきか迷った内容だ。結果的には良い方向に転んだのかもしれんが、それでも五分五分の賭けだった」
「う……うん? よく分からないけど、とりあえず他言はしないよ」
「必ず守れ!」
「う、うん……」
「復唱!」
「ぜ、絶対に言いませんっ!」
ち、近い……近いっ! 圧が凄いっ!
鼻先が触れる程の距離でグイグイ顔を寄せられて、ボクはほとんど海老反り状態だった。
そんな遣り取りを最後にマーロウとの会話に区切りが付くと、サクヤちゃんが【転移魔法】を掛けるべくボクに手を伸ばしてきた。
だけど、その手がビクリと震えて途中で停止する。不思議に思っていると、彼女の視線がボクの左腕に注がれている事に気がついた。
「あ……」
血はもう止まっていたけど、そこにはクッキリと彼女の歯形が刻まれていた。
そういえば、噛みつかれたんだっけ。不思議とボクは、その傷を治そうって気にはならなくて、その所為ですっかり忘れていた。
一応の和解が成ったとはいえ、感情が直ぐに切り替わるはずもない。本当の意味で彼女と和解が出来るまでには、きっと長い時間が掛かるのだろう。
途中で止まってしまった彼女の手を、ボクの方から握り返すと、努めて笑顔を作った。
「冒険者ギルドまでお願いしてもいいかな?」
彼女は頷くと、ボクの体を魔力で包み込んできた。
「それじゃ、先に戻るね」
ボクがしばしの別れを口にすると、マーロウはキザっぽく手を上げて応える。
瞬きする間もなく、その姿が見慣れたギルドの外観へと入れ替わった。
「すごっ……、一瞬で戻って来ちゃった」
まるで映画の場面転換。余りに一瞬の事で、何が起きたのか全く実感が出来なかった。これが【転移魔法】か……。
「…………」
ギルドを目の前にして、繋いだままのサクヤちゃんの手が、少しだけ強さを増して握り返される。この世界の取り調べがどんな物かは知らないけど、渦中の人物となれば当然不安だろう。同席出来るなら支えにならなくちゃ。
ボクは隣に並ぶ少女の心が整うのを待って、一緒に一歩を踏み出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
諸々の報告を終え、宿に帰った時には既に日が傾いていた。
少し早いが夕飯時。
食堂で大っぴらに話すわけにもいかない話題なので、こんな時はいつも通りボクの部屋に集まることになる。
「疲れたぁぁぁぁ~~~……」
体よりも精神的に堪える一日だった。
椅子に腰を掛けた瞬間、軟体動物のようにグニャリとテーブルに突っ伏した。
「はい、ユウ君。ホットココア」
「ありがと~、ハルちゃん」
湯気の立つマグカップを受け取ると、心地よい香りが鼻腔をくすぐる。両手で持ってちびりちびりと喉を潤すと、小動物っぽいってクスリと笑われてしまった。
はふぅ……甘い物が美味しい。精神的に疲れた時は、糖分が最高のお薬だ。
「まる一日潰れちゃったなぁ」
「でもあの子……サクヤちゃんだっけ? 全部解決したんでしょ?」
「う~ん……。全部じゃないけど、とりあえずは一件落着?」
サクヤちゃんを連れ帰った事で、大捕物は無事に終結。彼女と落ち着いて意思疎通が図れる事を確認した後、オルシバさんは街に配備した冒険者を解散させた。
その後の混雑っぷりは凄かった……。
なにせ報酬の受け渡しや報告で、一五〇人を超える冒険者がギルドに押し寄せたのだ。作戦中、地図上に置かれたコマ一つにつき冒険者一人だと勝手に思い込んでいたのだけど、ランクの低い冒険者はパーティー単位で行動していたらしい。
そんな人数はさすがにキャパオーバー。建物の外まで人で溢れかえり、半ばお祭り状態となっていた。実際、エール片手にドンチャンやってる人も居たしね。
ちなみに報酬は一単位ごとに二,〇〇〇フラン。指令が飛んで行動した人には追加で一,〇〇〇フランが支払われた。決して高額な報酬ではないけど、こういうギルド発行のクエストは貢献ポイントが高い。ランクアップに繋がるって事で人が殺到するのだ。
肝心のボクらの方はというと。マスタールームが後片付けでごったついていたので、早々に別室へ。そこでマーロウの帰還を待って報告する運びとなった。
そうそう、今日の大捕物ではミーシェル先生にも依頼が出されていたらしく、しばらくすると先生も部屋へと案内されてきた。考えてみれば当然かもしれない。
だって、先生は元々サクヤちゃんの担当術士だからね。サクヤちゃんの状態次第では、病院に直行するケースも想定していたらしく、病院で受け入れ態勢を整えて待機していたのだそうだ。
で、サクヤちゃんが差し迫った状態にはないと言う事で、ギルドまで往診をお願いする形になったというわけ。
とはいえ、サクヤちゃんは元々重傷患者。まだ完治していない上に、魔力欠乏症に追いやられた事で体調は思わしくない。彼女の聴取は後日改めてという事になり、ボク、サクヤちゃん、ギルドの三者が謝罪をした後、彼女は病院へと護送されていった。
その後は、マーロウが事の顛末を説明していったのだけど、ボクがうっかり禁止ワードを口にしそうになる度に、マーロウの見えない貫手が脇腹に突き刺さり、「うぎゅっ!」とか言葉にならない呻きを上げさせられた。
結局、最初にサクヤちゃんが襲われた件など、事件の本質的な部分がマーロウから明かされる事はなく、脱走劇に限定する範囲での調書がまとめられていった。
あ、そうそう、今回のボクの報酬なのだけど…………。
ボクがやった仕事は、腕に機材を取り付けて座っていた事と、マーロウに担いで運ばれた事だけ。それなのに、一応作戦の要であり、実力以上の階層へ出張したという危険手当も加わり、三万フランも貰ってしまった。
事件の発端に関わっているし、マッチポンプと言われても否定できないんだけどな……。でも、その辺りは禁止ワードに引っかかるので、変に遠慮しているとまたマーロウの手刀が脇腹に飛んでくる。
多少の罪悪感を感じながらも、有難く受け取ってしまった……。
まぁ、事の顛末はこんな感じ。
みんなにも大体同じ範囲で報告しておいた。
「そういえば、上層ってどんな感じだったの?」
上層かぁ……。正直、マーロウに必死でしがみついていた記憶しか無いです。
「熱帯雨林と坑道っぽい地形は見たけど、マーロウが余りにもチート過ぎて何が何だか分からなかった」
「規格外では物差しとして使えませんわね……」
それは言えてる。だけど、アイツの規格外の強さには、掛け値なしに憧れた。冒険者とはあんな領域にまで到達出来るのか……って。
「でも、ホントに凄かった……。ボクももっと頑張ろうって気持ちになったよ」
色々と嫌な想いもさせられた男だけど、四の五の言わずに行動で示してしまう姿は、男から見れば理想の在り方だった。
そう話す表情から、シロさんにはボクの気持ちが伝わったんだろう。
鼻から息を漏らし、軽く自虐を含むように笑った。
「まっ、俺らはまず十一層の攻略だな」
「それで、明日なんだけど――――……」
そんな感じで予定の確認と夕食を終えた後、程なくして報告会は終了。
夜も遅くなってしまったので、ハルちゃんとカナさんがベティさんを送っていってくれた。
必然的に部屋で一人残されるボク。
「ふわぁ~~……」
着替えもせずベッドに倒れ込み、溶けるように脱力する。
だけど、ふと思い出し、左腕を天井へと向けて伸ばした。
「綺麗に治っちゃったな……」
腕に刻まれた歯形は、ミーシェル先生が綺麗に治してくれていた。
だけどその時、ボクは治療を断ったんだ。なんて言ったらいいか……、自分への戒めとして証を残しておきたかったというか……。
まぁ結局は、女の子が目立つところに傷を残しちゃ駄目って、先生に押しきられちゃったけどね。それに、サクヤちゃんがボクの傷を見る度に、嫌な思いをするだろうからって……。
ボクにはそんな視点なんて無かったから、言われて初めて気がついた。
結局ボクは自分の事しか考えてなかったんだな。色々な体験をして成長したつもりだったけど、大人の前では簡単にメッキが剥がれてしまう。ボクはまだまだ子供なんだって、思い知らされてしまった。
左腕の変化と言えばもう一つ。
冒険証に嵌まったボクのジョブメダルの事だ。
三分の一程が黒く染まっていたが、その変化は外観だけに留まらなかった。
ジョブ名は相変わらず不明だけど、特能のブロックノイズが薄れて、文字の判別が可能になっていたのだ。目を凝らして読み取ったその文字は『調和』。
他人の魔力と同質の魔力に変換できた事を考えると、なるほどと思った。それともう一つ。
『調和』下に、新たに二つ目の特能が発現していたのだ。まぁ、これまでの例に漏れず、ブロックノイズだったけどね。今度の特能は、ボクにどんな変化をもたらしたのだろうか……。まぁ、いずれ分かる時が来るだろう。
――――――しかし。
「八〇年越しの願いか……。重いなぁ……」
託された物、自分が選んだ選択……。
果たして自分はそれに応えられるのだろうか……。




