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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
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57話 ウサ耳少女を追って・後編

 何かを失念しているような気がする……。


 ボクらはここまで枝を飛び移って移動してきた。それで視界が開けるって事は、つまり……。

 括約筋を弛緩させるあの浮遊感、体の芯を寒気のような震えが駆け抜ける。


 その直後、急降下が始まった――――。



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ぐぇっ……!」


 三階程の高さからの自由落下。

 着地の衝撃で体がマーロウの背中に押しつけられ、『当ててんのよ』なんて冗談でも言えないレベルで胸が圧迫された。その結果の「ぐぇっ」である。胸郭が押しつぶされ、肺に残る空気を無理矢理押し出されてしまった。


 だけど呼吸を整える間もなく、マーロウは即座に動き出す。

 その先に少女の姿が見えた。


 空高く逆さ吊りにされた格好で……


 目を凝らすと、足首をツタで絡め取られている。

 だが、事態はそれだけに留まらない。四方八方から伸びるおびただしい数のツタが、意思を持った触手のように少女に殺到していた。そいつらが巣に掛かった獲物を奪い合うように、次々と幼い肢体に絡みついていく。


 一刻の猶予もない、と本来なら慌てる状況なのだろう。

 だけど悔しい事に、この時には既にボクはマーロウの力を信頼しきっていた。何が起ころうと、この男はきっと何とかしてしまうだろうと。


 何かと癇にさわる男だけど、行動で結果を示してしまうその強さには、嫉妬で歯ぎしりするほどの憧れを感じてしまう。


「しっかり掴まれっ!」


 弾丸のように地を駆けながら発せられた警告。その言葉が耳に届いた瞬間、ボクは全力でマーロウに手足を絡ませる。

 何をしでかすつもりかは知らないが、コイツがわざわざ警告するんだ。そうしなければヤバイって直感した。


 それから起こった事を言葉で言い表せば、実に単純な事だった


 マーロウは少女の真下に潜り込むと、剣を抜き放ち、半回転しながら宙を一閃した。たったそれだけの事。


 だけど、今の一瞬で一体何Gの力が体にかかったのだろう。まるで瞬間移動したように、目の前の風景が一八〇度反対側の物へと入れ替わり、手足が引きちぎられるかと思う程の勢いで体が振り回された。


 ボクの目で捉える事が出来たのは、その剣が生み出した軌跡の残光だけ。それらの情報を総合して、マーロウが体を回転させながら剣を振るったのだと、事が終わってから理解したにすぎない。


 だけど、何かがおかしい……。周囲の空間が歪んで見える。


 急激な加速度の所為で、視覚に異常をきたしたのか? いや、コレって剣の軌跡だけが歪んでる? 


 確か光って、空気の密度で屈折率が変わるんだっけ。尋常ならざる剣圧で、その空間にある空気を弾き飛ばしてしまった、という事か!?


 次の瞬間、引き波が揺り戻すように、真空状態となった空間へと一気に空気が流れ込む。視界の歪みが消え去ると、ボクらを中心にして爆発したような風が吹き荒れ、周囲三六〇度の木々が、向こう一〇〇メートルに渡って放射状に薙ぎ倒された。


 しかし、その爆風はあくまで二次的な物。マーロウの剣圧は、爆風に先んじて周囲の全てを横一文字に断ち切っていた。少女に纏わり付く触手も、その大元の植物モンスターも、ことごとくが両断され、吹き飛ばされていく……。


 ボクは目を見開いて言葉を失ってしまった。

 ここにたどり着くまでも十分におかしな強さだったけど、今見せられた光景は度を超している……。


 人間て、ここまでの存在になれるものなのか!? それともマーロウだけが特別チート過ぎるのか!?

 余りに衝撃的な出来事で、思考が驚愕一色に塗りつぶされそうになる。



 ――――違うっ! 今気にすべきはソコじゃない!


 慌てて頭上を見上げると、拘束を解かれた少女の体が降ってくる。マーロウは投げ捨てるように剣を地面に突き立てると、彼女の体を受け止めた。


 ボクは急いでマーロウの背から飛び降りると、少女の側へと回り込む。


 薄桃色の頭髪、そこから伸びる兎のような長い耳。青い患者衣は病院で見た時と同じ物だが、随分と薄汚れていた。既に気力も、体力も、魔力までもが底を尽き、意識を失っている。


 呼吸音が聞こえないほど弱々しい……。

 下手をすればこのまま衰弱死すら有り得る状態だ。


 マーロウはボクの治療に先駆けて少女のうなじを確認し、安堵したように溜息を漏らした。


「間に合ったか……」


 そう呟くと、『魔封環』を彼女の首に巻き付ける。留め具が締まる時、ガチリと妙に大きな音が響いてロックされた。


 魔法封じという性質を考えれば、この魔道具が使われる相手は十中八九犯罪者だ。簡単に外せるような作りにはなっていないのだろう。


 こんなボロボロの少女を犯罪者扱い……か。


 哀れな少女に同情しながらも、ボクは急いで魔力と活力を注いでいく。 同時に彼女の全身を【診察】して、怪我や異常が無いかを確かめていった。


「ッ――――!?」


 突然襲ってきた脳髄を突き刺すような鋭い痛み。酩酊するように目眩を起こし体がフラついてしまう。だけど、その小さな体がマダラ模様の光に包まれている事だけは確認が出来た。


 前に病院で治療した時は他の人と同じ様に、揺らぎや抜けの無い発色をしていたのにどうして……。


 しかし……、ボクはこのマダラの状態を知っている。他でもない、ボク自身の身に起きていた現象だったから。頭痛が伴う原因は分からないけど、これは『変化した体が馴染んでいない』という状態だ。


 ボクの場合は神様に体を作り替えられたのが原因だけど、彼女の場合はボクが干渉した所為って事なのだろうか?


 まぁ、体を覆った色から、新たに怪我を負った形跡が無いと判り安心した。だけど【同調】を使ってみると、全身に電流が走るような痛みを感じる。傷や病気に起因しない原因不明の痛み……。こんな状態を放置していたら体が休まらない。対処した事のない症例で、少し迷ったけど【沈静化】で痛みを緩和し、冷えた体を【体温調整】で暖めてあげた。


「とりあえず、体力と魔力の回復だけは何とか……。今のボクに出来る治療は、全部やったよ」

「そうか……」


 治療が功を奏したのか、苦しそうな表情が落ち着き、死人を思わせるほど浅かった呼吸も、今ではしっかりと胸が上下している。

 これで一安心だろう。ボクの方も、ようやく胸をなで下ろす事が出来た。


 少女の髪や頬に付いた汚れを手で払いながら、術後の経過を観察していると、少女の目がうっすらと開かれた。焦点の合わない虚ろな目で、ボクや周囲の風景に視線を這わせている。


 だけど、自分の置かれた状況を思い出したのか、彼女はハッと目を見開くと、(かぶり)を振って朦朧(もうろう)とする頭を無理矢理たたき起こした。毛繕いしていたボクの手を払い除けると、飛び起きて距離を取ろうとする。


「待って! ボクは敵じゃ無い! 落ち着いて!」


 咄嗟に左手で彼女の手を掴んで説得するが、全く聞く耳を持たない。

 彼女は直ぐさまきつく目を閉じると体に魔力を纏わせ始める。



 ――――まずいっ、【転移魔法】!?


 また逃げられる! と思った瞬間、彼女の体を覆った魔力が弾けて霧散した。


 少女は驚愕し、二度三度と繰り返すが【転移】は発動しない。これが『魔封環』の効力か。


 ならばと、ボクの握った左手をつかみ返して拘束をはずそうと暴れるが、流石にこんな幼女に比べればボクの方が力が強い。


 そんな力比べの末、逃れられぬと悟ったのか、少女はとうとう膝を折った。

 これで全て解決……。そう思ったのも束の間、事態は別の方面へと悪化してしまった。


 ボクの左手首を視界に捉えた瞬間、少女の表情が一変する。



「痛っ――――!?」



 左腕に走る激痛!


 少女は一切の躊躇も容赦も無く、ボクの左腕に噛みついたのだ。

 歯が皮膚を食い破り、血が滲む。


 反射的に自分へ【プロテクション】を掛けたけど、少しでも遅れていたら腕の肉を食いちぎられていたかもしれない……。


 彼女の方は、ボクの腕を食いちぎれない事に苛立ちを感じたのか、今一度大きく口を開け、勢いをつけてボクの腕に食らい付こうとした。



「サクヤ、そこまでだ」


 ソレまで静観を決め込んでいたマーロウが、少女を後ろから抱き上げる。その所為で空振りした彼女の顎門(あぎと)が、ガチッと歯を打ち鳴らす音を響かせた。


「――――ッ!? ――――――ッ!」


 彼女は必死に何かを叫んでいるけど、ボクの耳には音となって届いてこない。でも、彼女が口に出そうとした言葉は、間違いなく怨嗟のこもった罵詈雑言だったのだろう……。


 少女の大きく見開かれた双眸(そうぼう)からは、滝のように大量の涙が流れ落ちていた。興奮しすぎて荒くなった吐息が、フーフーと喉を震わせ、唸りを上げている。


 ボクはこの世界へ来て色々な事を経験した。楽しい事、辛い事、仲間が居る喜び、戦う怖さ……。


 そして今日、この瞬間……、また一つ『生まれて初めての体験』をした。





 ――――人から殺したいほど憎まれるという経験を……。


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