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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
51/88

50話 ボクらの実力

「ぐあっ!?」


 左肩を穿たれ、シロさんが苦悶の声を上げる。


 先端に針の生えた節のある棒。あれは……、サソリの尻尾!?

 本体は砂中に埋まっていて見えないけど間違いない!


 そいつは砂中に潜んでいるというのに、急所を外したことが分かったのか、シロさんの肩から尻尾を引き抜くと、再び体の中心目掛けて尻尾を振りかぶる。



 しかし、二度目はもう許されなかった。


 シロさんに迫る尻尾をカナさんが怒りに任せて蹴り上げたのだ。その衝撃は尻尾を伝わり、砂中に埋もれた本体まで宙に引きずり出す。


 大きい……! 尻尾は千切れ飛んでしまったが、その先端まで入れたら一メートルを超える大サソリだ!


 空中に放り出されたそいつは、地面を求めて無様にもがいている。だが、どんなに哀れな姿を見せようとも慈悲はない。そいつは二度と地面を踏みしめる事はなく、カナさんの拳により粉微塵になってまき散らされる運命を辿った。


「ユウ、ベティ! 回復をっ!」


 ボクらがシロさんに駆け寄ると、近接の二人がそれを囲み周囲を警戒する。シロさんの治療が終わるまで、何としても守り抜く! そんな気迫がビリビリと伝わってきた。


 でも、ボクはまだ初級を卒業したばかり。傷の手当はポーション頼りというのが現実だ。もう何度目だろう……、毎度毎度こんな展開で情け無くなる。


「ベティさん、お願い……」

「え、ええ……」


 彼女がシロさんの左肩に手をかざすと、穿たれた孔がゆっくりと塞がっていく。くそっ、ボクも早く中級の魔法を覚えたい。



「馬鹿者が……」


 耳に届いたのは苛立ちと落胆の混じった声。その言葉と共に伸びてきた右手が、ベティさんの腕をねじり上げ、治療を妨げる。


「ヒッ!?」

「マーロウ! 何するんだっ!」


 ボクが非難の言葉を言い終えるより速く、カナさんが動いていた。


 激高に任せた渾身の右ストレート。魔力を纏って青白く輝く拳は、これまで数多のモンスター共を文字通りに粉砕してきた。


 キレたカナさんにそんなつもりは無かったのだと思う。だけど……、それは間違いなく『人を殺せる』攻撃だった。


 凄惨な未来が訪れる……そう危惧したボクをあざ笑うように、マーロウはカナさんの攻撃を易々と弾き飛ばす。蚊でも払うように無造作に振るった左手。たったそれだけの事で彼の渾身の一撃は無力化されてしまった。そして、素早く手を引き戻すと、返す拳がカナさんの右頬へと吸い込まれていく。


 ボクはその瞬間、瞬きなどしていない。だというのに、目の前にいたはずのカナさんを見失ってしまったのだ。慌てて彼の行方を探すと、まるでコマを縦回転させるように、カナさんの体が砂上を転がっていく。


「初級の実力ではこんな物か……。加減という物は存外難しいな」


 ボクは砂で煙るその場所に目を凝らし、急いでカナさんの体を【診察】する。頭部に黄色い光。おそらく深刻な怪我は無い。だけど、敵地で失神はマズい!


 マーロウが牙を剥いたことでハルちゃんも咄嗟に剣を構えて対峙したが、完全に呑まれてしまっている。


「ハルちゃん、ここは大丈夫! カナさんの護衛を!」


 ボクはマーロウを睨み付けたまま、ハルちゃんに行動を促した。


 マーロウはボクを一番意識している。なら、コイツと対峙するのはボクが一番適任だろう。マーロウもボクの敵愾心(てきがいしん)を真っ向から受け止めて見下ろしてくる。いや……、呆れ果てた目で見下し、疲れたように溜息を漏らした。


「平常心を欠いたにしても、お粗末すぎる。【解毒】はどうした? 傷を塞いで毒を体内に巻き込むなど、もはや殺人行為だぞ。ヒーラーが取り乱せば、回復魔法で仲間が死ぬ。そんな事も教わらなかったのか?」


 治療を丸投げしたボクに何かを言う資格なんてない。だけど、相変わらずの物言いに、ボクはギリッと奥歯を噛みしめた。


「ベティさん、【解毒】っていけますか?」

「私も未習得ですわ……」


 ベティさんがオロオロと狼狽えている。


「なら、急いで戻りましょう!」


 そう捲し立て、立ち上がり掛けたボクの目の前に、透明な液体の入った小瓶がぶら下げられた。当然、マーロウの仕業だ。


「解毒薬だ。この辺りの毒にはよく効くだろう」


 いちいち行動がムカつくけど、今はそんなこと言っていられない。ボクは差し出された小瓶をかっ攫うように手を伸ばし、――――空振りした。


「お前! おちょくってるのか!?」

「まさかタダで持って行くつもりだったのか? 人のアイテムを?」

「ぐっ!」


 言いたい事は山のように有るが、今は堪えるしか無い。


「幾らだよ!」

「コレは一〇〇フランで売っている解毒薬だ――――」


 ボクは急いでコンソールを操作し、マーロウにトレードを申し込んだ。


「――――それを一万フランで売ってやろう。ふむ、我ながらなかなか良心的な勉強代だ」

「っ……このっ!」

「低層のモンスターとはいえ、毒は侮れんぞ? それ、ヒーラーでなくともそいつの顔色を見れば、悪化している事が一目で分かる」


 シロさんは呼吸が荒くなり、指先が痙攣し始めていた。こんな事をやっていたら、街に戻る前に命が危ない。それを尻目に、マーロウはボクの目の前で解毒薬をプラプラとちらつかせてくる。


「要らんのか?」


 ボクは激高しそうになる気持ちを無理矢理抑え込み、先のトレードを取り消すと、改めてマーロウに一万フランを提示した。


 マーロウは取引を成立させると、塞がり掛けた傷口を引き裂くように押し広げ、解毒薬を注ぎ込む。半分ほど傷口に注ぐと、残りをボクに投げて寄越した。


「既に毒が回っている、残りは尻から入れてやれ。口からでは吸収も遅く胃液で変質するからな」

「シロさんゴメン、言われた通りにするよ?」

「おぅ……ドンと来い……」


 ニヤリと笑って軽く言うけど、相当辛そうだ……。


 下着を下ろす前にマーロウを睨んだけど、さすがに女性が下半身を晒す場面では、背を向けて周囲を警戒していた。


 シロさんを四つん這いにして尻を高く持ち上げると、小瓶の先端を口に含んで唾液で濡らし、お尻にねじ込んだ。ボクがマーロウとの遣り取りでグズグズしていなければ、彼女もこんな辱めを受けずに済んだのだろうか……。


 解毒薬を腸内に注ぎ終えると、彼女の衣服を整える。最後にマーロウが肩に包帯を巻いて処置が完了した。


「戻ったら治療所に連れて行ってやれ」



 グッとこらえていたけど、ボクはもう限界だった。


「お前、ボクたちのサポートなんだろ!? なんで死にかけるような攻撃を放置したんだよ、英雄様ならそんなの軽く止められたんじゃないのか!?」


 こっちはこんなにも怒っているっていうのに、マーロウの方はさも面倒くさそうに溜息を吐く。それがまたボクの心をキリキリと引っ掻いてくる。


「確かに造作も無いな。だから何だ? 私はお前達の保護者でも、パーティメンバーでも無い。サポートなら一命を取り留めた事で十二分に果たしている」


 マーロウは自分の正当性を語りながら、ナイフを取り出すと手の中で弄んだ。


 目の前で光り物をチラつかされ、ボクは僅かに腰を落として身構えた。――が、ボク程度ではマーロウの動きを見切れるはずもない……。


 ボクに向けて放たれたナイフは、股の間を通り抜け足下に突き立つと、投擲とは思えぬ威力で地面を抉り砂煙を巻き上げた。


 股間を通り抜ける風圧に(おのの)き、蹈鞴(たたら)を踏んで後ずさると、だらしなく尻餅をついてしまった。


「このっ! 何するん…………」


 砂地に尻を打ち付けた衝撃を堪え、非難を口にしようとマーロウを睨むと、ナイフが突き立った地面からサソリが尾を伸ばして絶命しているのが見えた。あのサソリは……ボクを狙って?


「コレで満足か? しかし、これではもはや介護だな……。お前がしたいのは冒険ではなく、安全な観光だったというわけか……。よく分からんのだが、それはお前の中で冒険者と言える物なのか?」


 ちくしょう……。分かってるよ、ボクがやってるのは子供染みが逆ギレだって。だからって、正しいからって、こいつのやり口は気に入らないんだっ。


「ヒーラーとして未熟な事には目をつぶろう。成長には時間を要する物だ。だが出来ない事があるのなら何故準備を怠った? 代用できるポーションはどうした? 忘れているのなら言ってやろう……、ここは『ダンジョン』だ。ピクニックなら余所でやれ」


 反論の余地もなく、ボクは唇を噛みしめて涙を流すことしかできなかった。


 全部マーロウが正しい。前回の攻略で、十一層は砂漠だと分かっていたのに、ボクらはその準備すらしていなかった。事前に情報を集めていれば、どんな敵がいるのか分かったかもしれない……。そうすれば、解毒薬の必要性にも気がついただろう。


 コレまで順調だったことで、ボクは……ボク達は駆け出しのくせに慢心していたのだ。


 それどころか、ボクは冒険をゲーム感覚で楽しみ、次は何が起きるのかってサプライズに期待さえしていた。こんなのピクニックと揶揄されても文句なんて言えない……。


「さて、ここまでだな。突入から三〇分足らずか……。まぁ、帰りの護衛ぐらいはサービスしてやる」


 負傷者の分担は、ボクとベティさんが交代でシロさんを、ハルちゃんがカナさんを背負うことに。


 先頭を行くのはマーロウ。時折素振りでもするように剣を振るうと、進行方向の砂が爆ぜて砂煙が上がった。その度に砂と一緒にサソリの死骸が宙を舞う。行きはろくに敵と遭遇しなかったっていうのに、その数は既に二〇を超えていた。


 あの時、シロさんを連れて戻る選択をしていたら、コレだけの数のサソリに囲まれていたのか……。


 そして、危なげも無く一〇分と経たぬ内に入り口へとたどり着いてしまった。



「おっと、忘れていた」


 マーロウは剣を鞘に収めて振り返ると、丁寧なお辞儀を披露する。


「本日は初心者支援サービスのご利用、誠にありがとうございました。確か締めの台詞はこうだったかな? うっかりしていたよ」

「ぐっ…………」


 丁寧な口調でぶつけられた皮肉に、強く噛みしめた唇から血が滲む。


「ボク、あんたが嫌いって言ったけど、訂正するよ……」


 マーロウを睨みながら、ボクは精一杯息を吸い込んだ。


「お前なんか大っ嫌いだっ!」

「ハハッ、ソレは何よりだ」


 マーロウは実に愉快そうに笑っていた。




 ダンジョンから出ると、急いで簡易治療所に駆け込む。


 ボク、ヒーラーのはずなのに、何でいつも人任せなんだろう……。治療を受ける二人を見ながら悔し涙が止まらなかった。


「おい、ユウキ」

「何だよっ!」


 乱暴に目元を拭って振り向くと、マーロウは親指で金貨を弾いて寄越した。


「クエストの報酬だ。今日はなかなか良い練習になった。また依頼させてもらう」


 一気に頭に血が上り、ボクは握りしめた金貨を振りかぶる!



 ――――――こんな物っ!


 そのまま感情にまかせて叩き返してやろうと思った……。だけどきっと『癇癪を起こす子供など冒険者失格』なんて嫌みが返ってくるだけだろう。


 その場限りの憂さ晴らしをするくらいなら、このお金で解毒薬でも準備した方が何万倍もマシだ。


 血を吐く想いで葛藤するボクを見透かすように、マーロウはチラリと振り返ると口元を吊り上げた。


「もうお前の出番なんて無いからなっ!」

「それは、次回分かる事だ」


 それだけ言い残すと、マーロウは詰所に帰っていった。



 バチィィィ――――ン!!


 治療所に頬を張る大きな音が響き渡る。自らの手で打ち据えた両頬がジンジンと熱い……。


 カッカしていても何も始まらない。目標を見据えて行動するしか無いんだ!


「ベティさん! この後【同調】の練習に付き合って貰えませんか!?」


 【同調】は中級の基礎になる魔法……。コレをマスターしないことには先に進めない。「まだ出来ない」なんて言葉、もう使うもんか!


 ボクは、ヒーラーになるんだっ!

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