49話 いざ砂漠の新層へ
午前は養成所で学び、午後はダンジョンで実戦を積む。そうやって学んだ知識を血肉へと昇華するのが、ボクらのライフスタイルとなっていた。
第十一層――――ボクらの新たな戦場は、砂で満ち溢れた広大なフィールドだ。
「ベティさん、体はホントに大丈夫?」
「ええ、問題ありませんわ」
「今日は早めに切り上げるからな。もう無理はすんなよ?」
病み上がりのベティさんに釘を刺しながら、シロさんはポーチから小瓶を取り出した。中に入っているのは青色の顆粒。それを少量手に取り、ボクらに振りかけていく。そして、おまじないの様に手をかざすと、みんなの体がおぼろげに発光した。
「魔法?」
「いや、マジックアイテムだ。起動に少し魔力を使うけどな」
気配や匂いを緩和するアイテムで、一度の使用で二時間ほど保つらしい。
「斥候が一人だけ隠密行動しても意味ないからな。その為の支援スキルだ」
「なんかイイねこういうの。パーティープレイって感じでワクワクする」
攻略前のバフタイムって感じで、ボクも弱めの【プロテクション】をみんなに掛けておいた。ここは砂漠ステージで風もそこそこ強い。目に砂が入って視界を奪われないようにする為だ。ボクらは意気揚々と準備を整えていく。
でも、そこに浴びせられる水を差す言葉……。
「だが、ようやく初級卒業レベルといったところだな」
――――――で、なんでお前が居るしっ!
五人で転送ゲートをくぐり十一層に降り立った時、何故か六人に増えていたのだ。そう、唯一人の紫ランク冒険者にして伝説の魔剣士。濃紺の鎧に、黒いマントを纏った黒髪の英雄、マーロウ様だ。
その存在に気がついた時、思いっきり「ギャァァァ――――!」って叫んじゃったよボク。あれは完全にパニックホラーだった。
しかし、砂漠でその格好は暑くないのか? 見てるだけでこっちの方が暑くなってくる。
「マーロウって暇なの? っていうか、他のパーティーも支援しなよ」
「午前中は別のパーティを支援していたとも。午後の仕事を始めようとしたタイミングで、たまたま君たちを見かけただけだ」
「たまたまね……」
ボクは半眼でマーロウに歩み寄ると、彼にだけ聞こえる声で毒づいた。
「ボクの事が嫌いって言ったくせに、なんで支援するのって話だよっ! ストーカー君ですか!?」
「ハハハ、まさか。たとえ嫌いな相手だろうと支援はするとも。それが仕事という物だ。もっとも、相手がどう思うかは私の与り知るところでは無いがね」
つまり、体のいい嫌がらせって事ですか。いい性格してるよホント。
悔しいけど実力差がありすぎて、こっそりストーカーされたとしても、ボクらでは気づきようがない。ならせめて報酬だけでもがめてやろうって事で、今日も渋々奴のクエストを受注することにした。
シッシと手で払い除けるようなジェスチャーを送ると、マーロウの姿がかき消えるように見えなくなってしまった。くそっ、腐っても英雄クラスか。
「ユウ君が呼び捨てって珍しいね」
「いいの! 向こうもボクの事嫌ってるんだから」
どこかに英雄様が潜んでいるけど、見かけ上は五人になった所で攻略を開始することにした。
「とりあえず十一層から二〇層のクエストは受けておいたよ」
「サンキュー、今日もナビ頼むな」
「うん! それじゃ、先ずはデザートリザード。ここから南東方向!」
マップを確認し、向かうべき方角をビシッっと指さした。
初めて体験する砂漠という環境。
地面には風紋の化粧が施され、まるで新雪を踏みしめるようにボクらの足跡が刻まれていく。子供っぽいとは思いながらも、乾いた砂が冠のようにパッと咲くのが楽しかった。
砂以外何も無いフィールドだけど、完全に平坦な地形というわけでもない。風食の影響で、荒波のようにエッジの効いた砂丘があり、それなりに起伏に富んでいた。
先頭を進むシロさんは、砂丘の稜線に身を隠しながら先の様子を探っていく。そんな彼女の後を、他のメンバーが少し遅れて追いかける。さながらカルガモの行進といった感じだ。
「つーか、砂漠の砂って熱っちぃな」
シロさんに倣って地面に伏せているボクらも、同じ感覚を味わっていた。太陽で焼かれた砂が、触れた皮膚をジリジリと焦がしてくる。滴り落ちた汗も、あっという間に染みこんで乾いてしまった。触れ続けていたら火傷してしまいそうだ。
「陽射しもヤバい。コレ、日焼けじゃ済まないかも」
「少々準備不足だったかもしれませんわね……」
「だな……。デザートリザード狩ったら一度戻るか?」
「「「「賛成~」」」」
開始早々に、砂漠に対する認識の甘さが露呈してしまった。
とにかく剥き出しの素肌がヤバイ。暑苦しいって思ったけど、ひょっとしたらマーロウの格好の方が正解なのか? 新しい環境に身を置くと、自分が何も知らないって事を痛感させられてしまう……。
知らない事って言えばもう一つ。マップには入り口と出口の他に、赤いマーカーがいくつも表示されているのだ。
「マップの赤い点って何だろうね。全部で……一〇個有るのかな」
「敵でしょ、動いてるし」
「一〇層分のフロアボス、という事かしら?」
「あ、全部倒したら次の層に行けるって事かな」
「かもな」
もちろん、これはボクらの推測に過ぎない。でも、おそらく正解だろう。
この辺りは親切設計過ぎだと思う。攻略しがいが無いって言うか、張り合いが無いって言うか。折角の冒険なのに、達成感って物が薄れてしまう。正直、ちょっと温すぎるかな……。
まぁ、三一層からは共有マップが使えなくなったりして、システム的にも難易度が上がるらしいし、少しずつ成長していけるように配慮されてるのかもね。
……いけない。余所事を考えてしまうのは、集中出来ていない所為だろう。
それというのも、探索を開始してからもう二〇分近く経つのだけど、ボクらはまだ一度も敵と遭遇していないのだ。
このフロアの敵が極端に少ないのか、それともシロさんの気配遮断スキルが、抜群の効果を発揮しているのか。まぁ、手早くクエストを終わらせたい状況だし、有難いけどさ……。
そんな風に退屈感を意識し始めた頃、ようやくシロさんの行動が変化した。手のひらを下に向けて抑えつけるようなハンドサイン。『伏せろ』の合図だ。
ボクは初戦闘の予感にワクワクしながら、小走りで彼女に駆け寄っていく。
――――だけど、微かな違和感……。
ソレに気がついたのは本当に偶然だった。砂丘の斜面がサラサラと崩れている、そんな些細な変化だったから。
でも次の瞬間、シロさんの傍の砂が不自然に盛り上がったのだ。だけど、シロさんは前方の敵に集中していて、それに気がついていない。
「シロさん! 左っ!」
ボクが声を発した瞬間、盛り上がった砂がパッと弾け散る。
砂を押しのけて現れたのは、節くれだった黒い枝のような物体。
シロさんも慌ててそちらに注意を向けたけど、爆ぜた砂に視界を奪われ状況を把握し切れていない。それでも危険を察知し、咄嗟に体を遠ざけようとした。
だけど、伏せた体勢で動けたのはほんの僅かな距離だった。
地面から突き出したその枝は、弧を描くように振り下ろされ、シロさんの左肩に深々と突き刺さった。




