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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
47/88

46話 ギルマスからの依頼

 魔力で水温を下げると、桶から白い(もや)が這い出るように溢れた。


「冷っ!」


 どうやら加減を誤ったらしい。薄らと氷がチラつく水で手ぬぐいを濯ぐと、瞬く間に手が赤くなってしまった。


 ベティさんをビックリさせないように、手ぬぐいを少しだけ温めてから額に乗せる。倒れた時に比べれば、彼女も幾分落ち着きを取り戻してきたようだ。


 はぁ……、遊び感覚で攻略に浮かれていた自分が情け無い。


 黄昏れながらベティさんを扇いでいると、辺りがにわかにザワつき始めた。騒動の元に目を向けると、手を挙げて周囲を制しながら小柄な人物が近づいてくる。


「やぁ、お帰り。その子は怪我したのかい?」


 オルシバさんと秘書さんだ。そういえば、彼と会う約束をしていたんだっけ。おそらく、ボクらが戻ったら連絡するように買取所に話を通しておいたのだろう。


「いえ、ボクが無理をさせちゃって……」

「君たちはまだ冒険を始めたばかりだ。自分達の力量を少しずつ知っていくしかないからね。多少の失敗なら、気に病まずに受け入れて、次に活かせばいいさ」

「はい……」


 後悔に苛まれるボクを見かねての助言。だけど、そんな簡単に割り切れる程ボクはまだ大人じゃないみたいだ。


「それじゃ、詰所の方に場所を移しても良いかな?」


 ボクは後ろ髪を引かれつつ、ベティさんをみんなに託した。


 入場ゲートに隣接した詰所に入ると、緑ランクの冒険者が二人待機していた。以前ハーシャさん達が救難信号に応えて駆けつけてくれたように、不測の事態に備えたスタッフという事らしい。


 オルシバさんはここでも手を上げて挨拶すると、ボクを奥の部屋へと案内した。広さは宿の一人部屋ぐらい。調度品は質素なテーブルと椅子だけだ。雰囲気からすると取調室なのだろう。ボクらはテーブルを挟んで向かい合い、腰を下ろした。


「まずは、謝罪を……」


 彼は深々と頭を下げると、事の子細を語り始めた。


「君が助けた小兎族の少女。あの子が病院から姿をくらませてしまったんだ。任せてくれと偉そうなことを言いながらこの体たらく。申し訳ない限りだよ」


 寝耳に水だった。あの子は未だ特別病棟で眠り続けていると思っていたから。


「えっ? いつ!?」

「三日前の夜になるかな。どうやら転移能力者だったらしくてね、目の前で突然消えてしまったらしい。連絡が事後になって済まないね」

「い、いえ……」

「一時的な誤解によるものと、内々で処理しようとしたんだ。何度か接触は出来たけど、意思疎通する間もなく逃げられてしまってね。そうして手をこまねいている内に保管所に忍び込んだり、少々見過ごせない事態になってきたんだ」

「あの子がそんな事を……」


 ボクは襲われている彼女を助けただけで、彼女の人となりは何も知らない。実は転移能力を悪用して盗みを働くような人物で、本当は襲撃した男の方に理があった可能性だってある……。


「でも、そんな能力があるなら、あの時なんで逃げなかったんだろう……」

「その辺りも本人に聞かない事には分からないね」


 ボクらが黙り込んだ瞬間を見逃さず、秘書のお姉さんはペコリと一礼すると、僕らの前に湯気の立つカップを並べた。ハーブの香りがダンジョン攻略で疲れた体に心地良い。


「転移能力者を追うのは凄く厄介なんだ。でも今回に限っては圧倒的に有利な状況にある事を思い出してね。だから、君に協力を請いたいってわけさ」

「ボクに? 協力って言われてもボクに出来る事なんて……」

「君のクエスト情報だよ、それであの子の居場所が掴める」


 だからあの時ボクのリストを確認したのか。


 あの子が無自覚に発注してしまった救助要請。その所為で、あの子の居場所はボクに筒抜けとなっている。その後、彼女は病院で眠り続けていた為、ボクはまだクエストの完了報告が出来ていない。


 つまり、彼女が依頼したクエストは、現在も進行中という事だ。これを利用してボクに協力して欲しいと……。


「分かりました。ボクが探して保護してきます」

「いや、君に頼みたいのはそういう事じゃないんだ」

「え?」

「明日は準備に時間を貰いたいから、明後日の朝一〇時前にギルドに来てもらえるかな? その日の内に少女を保護しよう」

「分かりました」


 残念ながら詳細は教えてもらえなかったけど、あの子を保護する為と言われれば協力せざるを得ない。ボクだってあの子に会う必要があるんだ。接点が無くなったら困ってしまう。


 いよいよ、あの子と向き合う日が来るのか……。そう思ったら少し怖かったけど、不思議と覚悟はブレなかった。


 ボクはオルシバさんに別れを告げると、みんなの下へと駆け戻った。


 残念ながらベティさんの意識はまだ戻っていなかったけど、今では穏やかに胸が上下している。


「おぅ、お帰り。何の話だったんだ?」

「詳しい話は宿でするよ」


 ボクも大した情報は持って無いけど、それでもわざわざ密室で交わした話を大っぴらには言えない。


 ボクはベティさんを背負うと、先頭に立って宿への道を歩き始めた。


 男子二人が何度も交代を申し出てくれたけど、正直ボクは意固地になっていた。ボクの手で彼女を背負って帰らなければ、気が済まなかったのだ。


 彼女の為に何かしたいって気持ちは勿論ある。だけど、ボクの中にあるのは多分それだけじゃなくて……。自分に罰を与える事で彼女の為に頑張ったという免罪符を得ようとしていたのかもしれない。罰を受けていると感じる事で、自分を慰めたかったのだろう。


 そんな風に思考がどんどん捻くれていく。



 だけど、ボクの細い四肢では彼女を支えるには力不足だったらしい。幾らも進まない内に手足が悲鳴を上げ、無様に震え始めてしまったのだ。


 帰り道の半分にも満たない所で、ボクはとうとうベティさんを背負ったまま脚をもつれさせてしまった。


 幸い、ハルちゃんが隣に居てくれていたおかげで、彼女に怪我は無かったけど、そこでドクターストップを宣告されてしまった。


「絶対に嫌ぁっ!」


 まるで駄々っ子だった。それでも、役目を譲りたくなくて、ボクは頑なに拒否し続けたんだ。だけど「ベティちゃんに怪我させたらどうするの!」と叱られては黙るしかなかった。


 カナさんがベティさんを、ハルちゃんが手足の震えるボクを、その背中に乗せて歩き出す。


 結局これだ……。ボクが無駄に我を張った所為で、余計な手間が増えてしまった。自分の不甲斐なさが悔しくて堪らない。


 自責の念に苛まれ、宿へ戻るまでの間ボクはベソをかき続ける事しか出来なかった。


 できる事なら彼女を家まで送り届けてあげたかったけど、残念ながらボクは彼女の家を知らなかった。


 事情を話し、女将さんに部屋を用意して貰おうとしたのだけど、生憎と空き部屋はないらしい。部屋のベッドは二人で寝ても十分な広さがあるので、今日はボクらの部屋でベティさんを休ませることになった。


「先にシロさん部屋に行ってるね、ユウ君のご飯も私が運んでおくから」

「ありがと」


 ベッドに寝かされたベティさんの服を脱がせる。それをハンガーに掛け、目に付き易い位置に吊しておく。


 静かに掛け布団で彼女を覆いながら、穏やかな寝息を立てるベティさんを見つめた。彼女の顔にかかるほつれ髪を指で整え、伝わるはずの無い謝罪を呟く。


「無理させてごめんね……」




 シロさんの部屋に入ると直ぐに、夕食&反省会が始まった。


「行けるところまで行くって目標がマズかったか……」

「倒れるまで頑張るなんてね」


 もう気持ちは落ち着いたと思っていたのに、いざベティさんの話題に触れると、倒れる瞬間の映像が脳裏を過ぎり、涙が頬を伝ってしまう。


「ユウ君一人の所為じゃないからね? 私も自分の事だけで手一杯だったし」

「うん……」


 ハルちゃんはボクの隣に座って、抱き寄せるように頭を撫でてくれた。恋人というよりも、親が娘をなだめているような優しさ。感情のコントロールが出来なくなっていたボクは、その手に安らぎを感じていた。


「明日はベティちゃんを休ませて四人でいきます?」

「そだね……」

「ん? でもソレってクリアフラグがズレるんじゃね?」

「「「あ~……」」」


 一人でもゲートの起動権限を持っていればいいのだから、パーティとしてはさほど問題が無いのだけど、一人だけ起動キーを持ってないっていうのは気分的にスッキリしないよな。


「しかし、森の次は広大な砂漠って、ダンジョンは何でもありだな」

「ハルは今日戦ってみてどうだった? タンク行けそう?」


 森林ステージで培ってきたボクらの戦法は、奇襲を前提とした物だ。稚拙な連携かもしれないけど、それでもボクらの必勝パターンとして自信に繋がりつつあった。


 だけど次の砂漠ステージは見晴らしが良すぎて、その戦法が使えない場面も出てくるだろう。そうなると正面切って戦う事になり、タンクの有無で安定感が変わってくると思われた。


「何回か盾を試してみたけど、受け止めるのはまだちょっと怖いです……」

「そっか……。まぁ、先手をとれるように俺も索敵頑張るよ」

「ごめんね……」

「気にしない、今日のハルは超頑張ってた」


 ボクもシロさんも、その言葉に大きく頷いた。ハルちゃんは照れくさかったのか、頬を掻きながら口元を綻ばせていた。


「ご褒美にチューしてやろうか?」

「だ、大丈夫です……」


 なんて、シロさんは冗談っぽく両腕を伸ばし、唇を突き出してきた。相変わらずだなぁ、なんて苦笑しながらも、ボクは胸の奥にチクリとした刺激を感じていた。だからなのか、ほとんど無意識にハルちゃんの服を引っ張って、シロさんから遠ざけようとしていた。


「遠慮すんなって。んちゅ~…………んんっ!? ちょっ、カナっ!?」


 ソレを良しとしなかった人物がもう一人居たらしい。強引に迫るシロさんの唇は、カナさんの唇で見事にインターセプトされてしまった。


「ん……シロウ、ごちそうさま」

「ったく、軽い冗談だろ? 妬くなって……」


 ボクの方も、何故かハルちゃんに頭をポンと触れらた。「なに?」って思わず問い掛けたけど。無自覚に彼の服をギュッと握り締めていた事に気づいて赤面してしまった。知らず知らず嫉妬していたらしい……。


「そういえば、オルシバさんの話って何だったの?」

「あ、ごめん忘れてた」


 ボクはオルシバさんから聞いた話をかいつまんで説明した。


「という訳で、明後日は朝からギルドに行くことになったんだ」

「それって、ユウ一人だけなんだな?」

「うん、ボクのクエスト情報が必要らしくて」

「なら明後日はみんな自由行動って事でいいか?」

「「「オッケー」」」

「ごめんね、ギルドの依頼が早く終わったらメールで連絡するよ」


 程なくして反省会がお開きになると、夕食の食器を返却するついでに、女将さんに弁当を作ってもらった。ベティさんが起きた時にお腹をすかしていたらいけないからね。


 ボクは籠に入ったサンドイッチをテーブルの上に乗せ、『起きたら食べて下さい』とベティさんへのメッセージを添えておいた。




 ベティさん程では無いけど、初の長時間攻略で流石に疲労を感じる……。


 サッと湯船に浸かって体を解した後は、いつもの雑談もほどほどに、早めに休む事にした。


 だけど、この時ボクらは完全に失念していた。ボクらの中に芽生えた内なる野獣は、消え去ったのでは無く押さえ込まれていただけだという事を。


 後は寝るだけと気持ちを緩めた途端、そいつは鎌首をもたげたのだ。


 その夜、解き放たれた獣欲は、いとも容易くボクの理性を飲み込んでしまった。

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