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僕らのTS冒険記  作者: 灰塵
第二章
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44話 彼の赤い腕輪

 第一〇層、ボスエリア。


 そこに佇む敵の姿に軽く息を呑んだ。


 ジャイアントベア――――レッサーベアの上位種である熊型のモンスターだ。


 ソイツを目にした時、ボクらを包む空気が僅かに張り詰め、みんなの体温が少し上昇した様に感じた。きっとボクと同じ様に、あの時の死と隣り合わせの一戦が脳裏をよぎったのだろう。


 特にハルちゃんの力み方が際立っていた。緊張を通り越し、硬直するように筋肉がガチガチに固まっている。怯えにも似た眼差しで睨め付ける表情、あの時の恐怖を思い出しているのかもしれない。彼の腕に触れると、しっとりと汗を滲ませていて、開戦目前だというのに酷くヒンヤリとしていた。


 ジャイアントベアに意識を奪われていた彼は、ボクの手が触れた感触に気がつき、ハッと表情を崩してこちらに振り返った。


 ボクは彼に安心して貰おうと笑顔を作って囁く。


「大丈夫だよ、ボク達はあんな奴には負けないから」


 あの時と比べ、新しく養成所で学んだ事もある。戦闘に向かう意識もずっと高い。間違いなく、ボクらはあの日よりも成長しているのだ。


「ハルちゃんは絶対に大丈夫!」


 ボクの鼓舞に応えるように、彼はフッと口元に笑みを浮かべる。すると、意識の変化に呼応するように、強張った体から無駄な力が抜け、触れた手に温かみを感じるようになっていった。



 改めて今回の敵を見据えると、ジャイアントと名を冠しているくせに、あの時の大熊よりもかなり小さい。体高は一八〇センチそこそこ、体格も幾分スリムだ。


 一〇層までの敵の強化具合を考えると、あの時の大熊は三〇層以上に居てもおかしくない。以前のボク達はそんなモノを相手に戦いを挑んだのか……。


 いけない、過去に思いを馳せている場合じゃなかった……。


 まだまだ低層故なのか、ボス戦では先手をとらせて貰える状況が続いている。ボクらは万全の準備を整えると、戦いの火蓋を切った!


 今回の開戦の合図は、ボクとベティさんの魔法だ。ボクらの撃ち出す魔法は、シロさんの矢速と比べると幾分見劣りする。その為シロさんはボクらの魔法の発動を確認してからでもファーストアタックを取る事が可能だった。


 ジャイアントベアに向けて風と雷、二種類の魔法が(ほとばし)る!


 今回のボクの魔法は、電撃をイメージしスタン効果を狙っていた。上手く行けば、近接のサポートが出来るはず。


 そして、シロさんの弦音を合図にハルちゃんとカナさんが木陰から飛び出した。


 延髄を狙ったシロさんの矢は、ボクらの魔法を追い越し、惜しくも肩の肉を抉るに留まった。


 振り返るジャイアントベア。その瞬間、鎌鼬により首筋を深々と断ち切られ、鮮血が吹き出す! 同時にボクの雷球を体に受けると、伸び上がるように体を硬直させ、奴の体の自由を数秒だけ奪い去った。



 たかが数秒――――。


 だけど戦闘において、生死を分かつには十分すぎる程の時間だった。

 硬直する敵の足下にカナさん潜り込む!


「爆裂……」


 ボソリと呟くその一言は、キャスター適正のない彼のイメージ補強ルーティン。言葉から想起された魔法が左拳に充填されると、パチパチと弾けるような音を立て始めた。


 膝を曲げ、地面すれすれを這わせるように振りかぶった左拳を、体ごと伸び上がるように敵の顎へと突き上げる。


 インパクトの瞬間、轟音と火花を撒き散らし奴の下顎が爆散した。打撃と爆破の相乗効果で、ジャイアントベアの体がのけぞるように跳ね上がる。だが、彼の攻撃は一撃では止まらない。


 伸び上がった体の勢いを回転に変え、ダンスのようにクルリと体をひねると、背中越しに雷光を纏った右肘を叩き込んだ!


 ボクのスタンから、再度スタンにつなぐ凶悪コンボ。こんなハメ技をゲームでやったら台パン物だが生憎とコレは実戦だ。有利に展開できる手段を遠慮する必要なんて何処にもない。


 コンボを決めたカナさんは、続く斬撃に巻き込まれぬよう、素早く右へと飛び退いた。


 カナさんの攻撃から僅かに遅れ、スタンが決まったその瞬間に、ハルちゃんもまた大熊の足下へと滑り込んだ。そして、渾身の袈裟斬りを叩き込む!


 奴の左肩から入った刃は、胸骨を易々と断ち切り、右脇腹へと抜けた。返す刀で右太ももを切りつけると、体をひねった勢いに任せて左へと飛び退く。


 ここまでの連携で、既に絶命しているだろう。だけど、ボクは無防備を晒すジャイアントベアに追い討ちを掛ける。


 近接の二人は既に退避済み。全力でぶちかましても巻き込む心配は無い!


 ハルちゃん達に続いて飛び出していたボクは、振り上げた右手に全力の火球を作り出す。そして、投げつけるようにジャイアントベアへと解き放った。


 今の体に馴染み、魔力量が跳ね上がったボクの一撃は、大熊戦の時を遙かに超える爆発と炎上をもたらし、奴の全身を焼き尽くした。


 先制時限定の辻斬りコンボだけど、今のボクらに出しうる瞬時最大火力だ。


 そして、近接の二人は直ぐに取って返し、反撃に備えて後衛を守る布陣を整える。倒れ伏した敵を油断なく見据える五人。


 遠目から黒焦げの物体に【診察】を行うと、そこにはもう生命の光は残されていなかった。間違いなく絶命している。


「大丈夫、完全に死んでるみたい」


 誰が最初に漏らしたのかは分からないけど、戦闘終了を実感し、みんな一斉に「ふぅ~」と気を緩めた。


 しかし、終わってみれば過剰なオーバーキルだったと思う。大きな熊という意識から、みんな無駄に力んで高火力の一撃を叩き込んでいたし。多分、あの時の八つ当たりが入っていたんだと思う。ごめんね、ジャイアントベア。


 ボクはコッソリと合掌した。



 肉の焼ける匂いが立ちこめる中、ハルちゃんは呆然とジャイアントベアの亡骸を見下ろしていた。


 単純に戦闘の余韻に浸っているという訳でもないのだろう。ハルちゃんは赤く染まった自分の冒険証を握りしめ、想いを噛みしめていた。


 今回のジャイアントベアは、あの時ボクらが戦った大熊とは別物だ。だけど、今回勝利を収めたことで、ハルちゃんは臆病風に吹かれた後悔をようやく(そそ)ぐ事ができたのかもしれない。


 そんな背中を見つめていたら、彼に共感するように温かな感情が胸の奥から溢れてきた。これは喜びを分かち合わねばなるまいっ!


「ハルちゃん!」


 呆然と振り返る彼に、ボクはハイタッチを求めて両手を高々と掲げた。


 彼は気持ちの切り替えが上手く出来ないのか、少し呆けた顔をしていたけど、直ぐに穏やかな笑顔を取り戻し、ボクの意図をくみ取ってくれた。


 パチンと手を打ち鳴らすべく、ボクはにこやかな笑みを浮かべたまま少し手を振りかぶり、対する彼も大きく手を広げて応える。


 そして、万歳するボクを逞しい両腕がギュッと抱きしめた(・・・・・)



「ほわぁぁぁぁっ!? 違っ、ハルちゃんっ、それ違ぁうっ!」


 どうやら汲み取られた意図は、ボクの考えていたモノとは違っていたらしい。


 ボクは抱きしめられたまま、為す術も無くつま先が宙に浮いていた。傍目に見たらアレだよ……。泣きぐずった女の子が、ぬいぐるみを抱きかかえているような、あんな感じのイメージ。


 でも、彼の感極まった顔を見ていたら、もう少しこのままでもいいか、なんて思ってしまった。



 ボクは宙に浮いたままの格好で、彼の頭をそっと抱きしめた……。

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